EP 2
三大国、戦慄の極秘任務
三大国の首脳陣は、かつてない恐怖に直面していた。
ルナミス帝国の帝都、その地下深くにある戦略会議室。
冷徹で知られる内務卿オルウェルは、報告書を握りしめたまま、微かに指先を震わせていた。
「……役人三名の口座が、わずか三分で完全に掌握・凍結。さらに各国の金融ネットワークの深層までアクセスされ、不正の証拠を『バラ撒かれた』だと?」
「は、はい。我が国の最高位ハッカー部隊が防壁を再構築しようとしましたが……相手の『算盤』は、まるで次元が違うと。システムが完全に掌握され、手も足も出ない状態です」
オルウェルの前に傅く情報将校が、青ざめた顔で報告する。
たった一つの辺境の村が、大国であるルナミス帝国の経済の根幹に『いついかなる時でも刃を突き立てられる』という事実。
それは、何万の大軍を差し向けられるよりも恐ろしい事態だった。
「経済だけではない」
レオンハート王国の王城、軍議室。
内務官サイラスは、観測部隊が持ち帰った『水晶の映像』を凝視していた。
そこに映っていたのは、ポポロ村の中心から夜空に向かって放たれた『蒼い閃光』。そして、大軍の進行すら食い止めるはずの死王蟻型が一瞬で蒸発する光景だ。
「……あれだけの超高火力を、無詠唱かつ長距離から正確に放てる兵器など、我が国の歴史にも存在しない。しかも、あの閃光の軌道……村の周辺に展開していた三大国の偵察部隊の『死角』を完璧に縫って放たれている」
偶然ではない。
ポポロ村の指導者は、「我々はお前たち(大国)の配置など完全に把握している。いつでもその首を消し飛ばせるぞ」と、無言の警告を発しているのだ。
アバロン皇国でも、同じように戦慄が走っていた。
『経済を支配する見えざる手』。
『国すら消し飛ばす未知の超兵器』。
そして、『死を呼ぶ四番』と呼ばれる最狂の殺人鬼を、言葉一つで従える男。
すべての報告書は、一人の男の名を指し示していた。
ポポロ村の真の支配者。表向きは『医官』を名乗る男――ナカムラ・ユウタ。
「……すぐに、我が国最高の『眼』を呼べ」
三大国の首脳は、全く同じタイミングで、全く同じ決断を下した。
その夜。
ルナミス帝国最強の隠密である暗殺者『シャドウ』。
レオンハート王国最速の斥候である獣人『ガロ』。
アバロン皇国随一の変装と幻術の使い手、魔族『メフィスト』。
各国の歴史の裏で暗躍してきた、絶対に尻尾を掴まれない超エリートスパイ三名が、それぞれの首脳から直々に『極秘任務』を言い渡されていた。
『標的は、ポポロ村。指導者ナカムラ・ユウタの真の目的と、隠された軍事施設・経済中枢を特定せよ』
「……閣下。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
ルナミス帝国の暗殺者シャドウが、冷や汗を流しながらオルウェルに問うた。
「あの村には、伝説の殺人鬼【DEATH4】が潜伏しているという情報があります。万が一、接触した場合は……」
オルウェルは、鉛のように重い声で答えた。
「――交戦は絶対に避けろ。自決用の毒は持っているな?」
「……は?」
「もし捕縛されそうになった場合は、即座に自決しろ。お前たちが生け捕りにされ、あの『算盤の男』に情報を抜かれれば、我が帝国は翌日には経済崩壊で滅亡する。……生きて帰れると思うな」
シャドウは息を呑んだ。
数多の死線を潜り抜けてきた彼らでさえ、「生還率0%」を前提とした任務は初めてだった。
レオンハートのガロも、アバロンのメフィストも、同じように「死の宣告」を受けていた。
ポポロ村。それは、魔界の深淵よりも恐ろしい、絶対不可侵の魔境。
出立の前。
彼ら最強のスパイたちは、薄暗い部屋で一人、ペンを握っていた。
書いているのは、故郷に残した家族への『遺書』だ。
『愛する妻よ。俺はこれから、世界で最も恐ろしい悪魔の巣窟へ潜入する。もし俺の帰りが一ヶ月遅れたら、どうか新しい男を見つけて幸せになってくれ……』
涙でインクを滲ませながら、最高のエリートたちが悲壮な決意を固める。
彼らは自らの命を捨てて、国家を守る盾となる覚悟だった。
「……行くぞ」
「あア。我らの誇りにかけて、あの村の闇を暴き出す」
深夜の森の中。
奇しくもポポロ村の境界線で鉢合わせした三人のスパイは、互いの素性を瞬時に察し、この時ばかりは国境を越えた『決死隊』として無言の結託を交わした。
彼らは息を殺し、最高レベルの隠密スキルを発動させながら、魔境・ポポロ村へとその足を踏み入れた。
――だが。
翌朝、彼らが決死の覚悟で目撃した「ポポロ村の真実」は、彼らの想像を遥かに超える、別の意味で『恐ろしい光景』だったのだ。




