EP 17
死を呼ぶ四番の暴走
ギィィィッ!
逃げ遅れた子供へと、死蟷螂の大鎌が容赦なく振り下ろされる。
だが、その凶刃が子供の柔らかな肉を裂くことは、永遠になかった。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
戦場に、大砲のゼロ距離射撃のような爆音が轟いた。
直後。子供に迫っていた死蟷螂の上半身が、文字通り『消滅』した。
飛び散る体液すらなく、ただ凄まじい運動エネルギーによって原子の塵に還元されたかのように。
「……あ?」
子供を庇おうと走っていた優太の足が、止まる。
爆音の発生源。広場の中心に墜落したコンテナの前に、ひとつの『悪夢』が立っていた。
全身を覆う、漆黒の強化アーマー。
その右手に握られた大型リボルバー【Korth】の銃口から、チリチリと陽炎が立ち昇っている。
そして何より異常なのは、男の全身――龍魔呂の指輪から溢れ出している、泥のように粘り気のある『赤黒い闘気』だった。
ギギギギギギッ!!
仲間の唐突な死に反応し、周囲の死蟲たちが一斉に標的を龍魔呂へと変更する。
数十匹の鋼鉄の蟲が、全方位から彼目掛けて飛びかかった。
龍魔呂は、避けない。
感情の一切抜け落ちた虚無の瞳で、ただ前を見据えているだけだ。
死蟲の鋼鉄の鎌が、龍魔呂の頭部や胴体へと突き立てられる。
自警団が「危ない!」と叫んだ、その瞬間。
ボロボロ……ッ。
刃が龍魔呂の『赤黒い闘気』に触れた瞬間、死蟲たちの絶対的な防御力と攻撃力が、紙くずのように無効化された。
鋼鉄の鎌が、触れた端から錆びたブリキのように崩れ落ちていく。0
「……【排除】」
強化アーマーのサーボモーターが、低く唸る。
龍魔呂が、残像すら残さずに腕を振るった。
ズドンッ! ズドンッ! ズドォォンッ!!
Korthから放たれた弾丸が、赤黒い闘気を纏って死蟲たちを貫く。
無効化された装甲に、地球の最新鋭リボルバーの破壊力が、強化アーマーの膂力によって反動ゼロで叩き込まれる。
それは戦闘ですらなかった。
ただの、一方的な『作業』。
「ガ、ギィィィ……!?」
本能で恐怖を悟った死蟲の群れが、蜘蛛の子を散らすように上空へ逃げようとする。
だが、龍魔呂の左手がそれを許さなかった。
彼が虚空を掴むように手を握りしめると、赤黒い闘気が網のように広がり、空中の死蟲たちを空間ごと『拘束』した。
そして、無慈悲に銃口が向けられる。
装填、発射、装填、発射。
一切の無駄がない。完全にシステム化された殺人鬼のルーティン。
わずか数十秒。
空を覆い尽くしていた絶望の群れは、赤黒い闘気と銃弾の前に、ただの鉄屑の山へと変わっていた。
「……す、すげぇ……」
イグニスが、手にした斧を下ろし、震える声で呟いた。
村人たちも、リーザの歌声による高揚を忘れ、その圧倒的な暴力の前に言葉を失っている。
「……終わった、のか……?」
誰かが安堵の息を吐こうとした。
だが、優太の全身の毛穴は、総毛立っていた。
(違う。あの男の殺気は、少しも収まっていない)
ガキンッ。
龍魔呂が、Korthのシリンダーを振り出し、新たな弾丸を装填する。
そして、その首が、機械仕掛けのようにギギギとゆっくり振り返った。
赤く光る虚無の瞳。
その視線の先にいたのは、両手斧を持ったイグニスだった。
『――脅威、判定』
龍魔呂の脳裏で、トラウマのノイズが響く。
武器を持っている。弟を傷つける敵だ。殺さなければならない。
スッ、と。
赤黒い闘気を纏うKorthの銃口が、イグニスに向けられた。
「……え? お、おい、親父殿……? 終わったんだろ、冗談よせよ……」
イグニスが引き攣った笑いを浮かべるが、龍魔呂の指は、迷いなくトリガーに掛かっている。
ピピピッ!
優太の脳内で、戦術医療(TCCC)のプロトコルが最大音量の警告を発した。
『味方が極限の致死性兵器を持って暴走』。
それは戦場において『アクティブ・シューター(無差別銃撃犯)』の発生と同義。
マニュアルが告げる最適解は『即座の退避』。
あるいは『脅威の背後からの物理的排除(殺害)』。
優太は電子ボードを視界の隅で開く。
善行ポイントは『4p』。
あのアブノーマルな強化アーマーと無効化の闘気をぶち抜けるような兵器は、今のポイントでは絶対に出せない。
つまり、物理的な制圧は不可能。
残る生存ルートは、今すぐ踵を返して森へ逃走することだけだ。
(逃げろ。計算するまでもない。アレは俺の手には負えないバケモノだ)
優太の理性が、算盤が、必死にそう叫んでいる。
今ならまだ、死角から森へ走れば間に合う。俺一人なら生き残れる。
だが。
『――俺のメシも、悪くなかった』
ふと、ポポロ亭のカウンターで聞いた、不器用な男の低い声が蘇った。
血反吐を吐いて倒れたキャルル。泥だらけで歌い続けたリーザ。
そして、冷酷な殺人鬼の奥底で、泣き叫ぶ弟の手を握りしめたまま立ち止まっている、一人の兄の魂。
(……チッ)
優太は、舌打ちをした。
そして、戦場で常に握りしめていた薙刀(木の枝)を、無造作に地面へと投げ捨てた。
カラカラと、軽い音が響く。
「……ユウタ、さん……?」
遠くで、へたり込んだリーザが信じられないものを見るような目をした。
優太は、防弾チョッキも着ていない、パーカーにジーンズという全くの無防備な姿のまま。
両手を軽く上げ、イグニスに照準を合わせている龍魔呂とイグニスの『射線上のど真ん中』へと、静かに歩み出た。
自らの戦術ロジック(算盤)を、完全に叩き割って。




