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EP 16

悲鳴とトラウマスイッチ

リーザの放つ『戦神の凱歌』の蒼い波紋が、戦場を支配していた。

身体能力を極限まで引き上げられた村人や自警団が、農具と剣を手に死蟲の群れを次々と叩き落としていく。

「押し返せる……!」

優太は薙刀(木の枝)を振るいながら、血路を開いていた。

このまま死蟲の数を減らし、ポポロ亭の前に倒れ伏しているキャルルの元へ辿り着ければ、戦術医療で彼女の命を繋ぎ止められる。

優太の算盤ロジックが、生存の勝機を弾き出した、その時だった。

「いやぁぁぁぁっ! 助けて、おかあさぁぁんッ!!」

戦線の後方、焼け落ちた家屋の瓦礫の中から、逃げ遅れた幼い子供の悲鳴が響き渡った。

「ッ!」

優太が弾かれたように振り返る。

一匹の死蟲が、泣き叫ぶ子供に向かって大鎌を振り上げていた。

距離がありすぎる。イグニスも村人たちも、他の死蟲との交戦で手一杯だ。

「やめろォォォッ!!」

誰かの絶叫が空回りする。

だが、その子供の悲鳴は、戦場の『もう一人の男』の鼓膜を、何よりも鋭く貫いていた。

ポポロ亭の入り口。

倒れたキャルルの傍らで、フライパンを握りしめたまま立ち尽くしていた龍魔呂の顔面から、一瞬にして血の気が引いた。

カラン……。

手から滑り落ちたフライパンが、虚しい音を立てて転がる。

龍魔呂の視界が、明滅した。

燃え盛る村の光景が、泥と血の匂いが、ノイズにまみれて歪んでいく。

そして、彼の脳の奥底に厳重に封印されていた『扉』が、子供の悲鳴をトリガーにして、無惨にこじ開けられた。

『――たっ……ちゃん……』

フラッシュバック。

息の詰まるような、地下格闘場の悪臭。

十五の歳。対戦相手の少年兵の姿に剣を置き、刃を浴びて倒れ込んだ自分。

笑い狂う観客たちの声。

そして、冷たい雨の降るゴミ捨て場。

自分と一緒に捨てられていた、愛する弟、ユウ。

「助けて」と泣き叫ぶこともできず、病と衰弱で小さく、ただ冷たくなっていったその手を握りしめた時の、あの絶対的な絶望と無力感。

「あ……ぁ……」

龍魔呂の喉から、声にならない嗚咽が漏れた。

瞳から理性の光が急速に失われ、漆黒の虚無へと染まっていく。

(なぜ、笑う)

(なぜ、奪う)

(なぜ、理不尽に命を散らす)

ならば。

俺が、お前らのその『理不尽』ごと、全てを殺してやる。

ドクンッ!!

龍魔呂の右手中指にはめられていた、無骨な銀色の指輪――天才発明家『ガジェット』によって作られた【鬼殺の指輪】が、心臓の鼓動に合わせるように赤黒く脈動を始めた。

「……おい、嘘だろ」

遠く離れた場所からその異変に気づいた優太は、背筋を凍らせた。

指輪から溢れ出した赤黒い闘気が、龍魔呂の全身を包み込む。

それは魔法でも、獣人の闘気でもない。この世界を司る絶対的な調停者・聖獣機神ガオガオンのシステムすらもバグらせ、あらゆる物理・魔法の法則を『無効化』する、純度百パーセントの呪いと殺意の結晶。

「ゥゥゥゥ……ルルォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」

龍魔呂の口から、人の形を捨てた獣のような、世界を呪う絶叫が天を衝いた。

ピキィィィィンッ!!

その咆哮に呼応するように、ポポロ村の上空百メートル――空間そのものにヒビが入り、ガラスのように砕け散った。

「な、なんだ! 空が割れたぞ!?」

「何が落ちてくるんだァ!?」

次元の壁を突き破り、アナステシア世界に落ちてきたのは、巨大な漆黒の『コンテナ』だった。

それは隕石のような速度で落下し、龍魔呂の目の前の広場へと轟音と共に突き刺さった。

プシュゥゥゥゥッ……!

圧縮された冷却ガスを吹き出しながら、コンテナのハッチが四方へ展開される。

中から現れたのは、ファンタジー世界には絶対にあるはずのない、重厚で無機質な『強化アーマー(タクティカル・エグゾスケルトン)』。

そして、中央のガンラックに鎮座する、冷たい光を放つ漆黒の大型リボルバー――愛銃【Korth (NXS/Ranger)】。

赤黒い闘気を纏った龍魔呂が、無意識のまま前へ歩み出る。

コンテナの機械アームが自動的に起動し、彼の体に強化アーマーを次々と装着していく。

最後に、彼はガンラックからKorthを引き抜き、ガチャンとシリンダーを振り入れた。

マルボロの匂いも、角砂糖をかじる優しいバーテンダーの面影も、そこにはもうない。

「……【排除キル】」

低く、ひび割れた声。

かつて地下格闘場で観客を皆殺しにし、全てを血の海に沈めた『死を呼ぶ四番』。

冷酷なる殺人鬼、【DEATH4】が、この世界に顕現した瞬間だった。

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