EP 14
最後の1ピース(物理のトドメ)
「ぶっ殺してやるゥゥッ!!」
完全に理性を失い、泡を吹きながら突進してくる三人の元・特命役人たち。
白昼堂々の武装強盗。もはや彼らを守る大国の盾(法律)は存在しない。
リバロンの影から進み出た優太の瞳は、凪いだ水面のように静まり返っていた。
(相手は三名。全員が刃物を所持。だが、統制された軍隊ではなく、ただのパニックを起こした素人だ)
優太の視界に、半透明のUIが展開される。
『検索:法執行機関用・非致死性制圧セット(X26テーザー銃、OCスプレー、伸縮式特殊警棒)』
『消費ポイント:12p。確定しますか?』
(確定だ)
優太の両手と腰に、漆黒の『地球の戦術装備』が音もなく顕現した。
「死ねェェェッ、執事風情がァ!」
真っ先に斬りかかってきたのは、ルナミスの役人だ。
大上段から振り下ろされる剣。優太は一歩も下がらず、右手に持った黄色と黒の拳銃型の魔導具――『テーザー銃』の引き金を引いた。
パーンッ! という破裂音。
二発の小さな針が射出され、役人の胸に突き刺さる。
「あ……?」
ジジジジジジジッ!!
次の瞬間、五万ボルトの高電圧が役人の全身を駆け抜けた。
『神経筋無力化(NMI)』。現代の科学が生み出した、人間の運動神経を強制的に乗っ取る絶対の制圧兵器。
「あ、が、ががががががががッ!?」
剣を振り上げた姿勢のまま、役人の全身の筋肉が硬直する。彼は木偶の坊のように前方のめりに倒れ込み、泥の上で痙攣しながら白目を剥いた。
「な、なんだ!? 魔法か!?」
隣で走っていたアバロンの官僚が、未知の攻撃に怯んで足を止める。
だが、レオンハートの獣人将校は止まらない。
「ええい、小細工を! 獣人の身体能力を舐めるなァッ!」
自慢の闘気を脚に込め、獣人特有の爆発的なスピードで優太の死角へと回り込もうとする。通常の人間であれば、目で追うことすら不可能な速度だ。
だが、優太の『算盤』は、獣人族の生態特性を冷酷に弾き出していた。
(獣人。身体能力は高いが、その分『五感』が異常に鋭敏だ)
優太は左腰から小さなスプレー缶を引き抜くと、迫り来る獣人将校の顔面――特にその発達した『鼻』に向けて、容赦なく赤い液体を噴射した。
プシュゥゥゥゥッ!
「グワァァァァァァァァァァァァッッ!!?」
広場に、獣が引き裂かれるような絶叫が轟いた。
優太が放ったのは『熊撃退用OCスプレー』。
人間の数万倍とも言われる嗅覚と粘膜を持つ獣人にとって、地球の唐辛子成分を極限まで濃縮した化学兵器は、致死性の毒ガスにも等しい激痛をもたらす。
「目が! 鼻がァァッ! 焼けるゥゥゥッ!!」
将校は剣を投げ捨て、泥の中で顔を掻き毟りのたうち回った。
「ば、化物……っ!」
残された最後の一人。アバロンの官僚が、ガチガチと歯の根を鳴らしながら後退りする。
逃がすつもりはない。
チャキッ。
優太が右手に持った黒い筒(特殊警棒)を振り下ろすと、金属の摩擦音と共に、強靭な鋼鉄の警棒が瞬時に伸長した。
「ヒィッ! く、来るな!」
官僚がデタラメに剣を振り回す。
優太は薙刀の歩法(すり足)で、その刃を紙一重で躱しながら、一瞬で懐へと侵入した。
戦術的制圧。打撃目標は、骨ではなく『神経叢』。
ガツンッ!
「アギャッ!?」
特殊警棒の先端が、官僚の右手首(橈骨神経)を的確に打ち据える。剣が力なく手からこぼれ落ちる。
さらに手首を返し、膝裏(腓骨神経)へ追撃のフルスイング。
「ごぶっ……!」
官僚はカエルのような声を上げて両膝を突き、そのまま泥へ顔から倒れ込んで完全に沈黙した。
静寂。
戦闘開始から、わずか『十秒』。
広場の中心には、五万ボルトで痙攣する男、顔面を抑えて絶叫する獣人、そして神経を打たれて気絶した官僚が転がっている。
一滴の血も流させず、大国の元エリートたちを完全に無力化(ポンコツ化)した光景に、村人たちは息をするのも忘れて立ち尽くしていた。
「……トリアージ終了。三名とも制圧完了、致命傷なし」
優太は特殊警棒をカチャリと縮めて腰に戻し、乱れた呼吸を一つ整えた。
「お見事です、ドクター優太」
リバロンが、完璧な姿勢のまま拍手を送る。
その後ろで、ニャングルが「えげつないモン使いよるで、ほんま」と苦笑しながら煙管を吹かしていた。
優太は振り返り、まだ状況が呑み込めずに呆然としているキャルルを見た。
「キャルル村長。言ったはずだ」
優太は、泥に汚れたキャルルの前に歩み寄ると、彼女の肩に軽く手を置いた。
「あんたが血反吐を吐く前に、俺が止めるとな」
「ユウタ、さん……」
キャルルの大きな赤い瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
トラウマと責任感で押し潰されそうになっていた小さな肩の震えが、優太の手の温もりによって、ゆっくりと止まっていく。
法と経済で相手の『社会的な命』を絶つ、冷酷無比な執事と商人。
そして、彼らが手を出せない『物理的な暴力』を、現代の戦術医療と地球兵器で完全に粉砕する、静かなる医官。
この瞬間。
ポポロ村というイビツな防衛網に、最後の1ピース(絶対的な暴力)が完璧に嵌まった。
「……さて。ゴミの処理が終わったら、次はあの裏切り者の傭兵どもから『身包み』を剥がす時間やな」
ニャングルが、逃げようとしていた護衛の傭兵たちに、悪魔のような笑みを向ける。
村に、ようやくいつもの賑やかで狂った日常が戻ってくる。
誰もがそう確信した、その時だった。
『――ギィ……チチチチチ……』
空が、急に暗くなった。
優太が上空を見上げた瞬間、彼の背筋を、今日一番の『死の悪寒』が駆け抜けた。
「……な、なんだアレは……?」
広場の全員が、絶望に顔を歪める。
そこにあったのは、太陽の光を遮るほどの黒雲。
いや、雲ではない。
鋼鉄の顎を持ち、不気味な羽音を立てる『機械と蟲の融合体(死蟲機)』の群れが、ポポロ村の上空を完全に覆い尽くしていた。
「アッハッハッハッハ!!」
泥の中で気絶していたはずのルナミスの役人が、口から血を流しながら狂ったように笑っていた。彼の手には、アバロンの闇ルートで取引される禁忌の魔導具『封印カプセル』の空箱が握られている。
「道連れだァァッ!! 全部喰われろ! 喰われてしまえェェッ!!」
最悪の悪夢が、村に解き放たれた。




