EP 13
ざまぁ② 執事の宣告(社会的な死)
「金だけでなく……貴方たちの『社会的な命』も、ここで完全に終わらせて差し上げましょう」
リバロンの声は、春のそよ風のように穏やかで、氷山のように冷徹だった。
彼は白手袋をはめた手で、分厚い書類の束を三等分に分け、膝から崩れ落ちている三人の役人の顔面へバサリと放り投げた。
「な、なんだこれは……」
泥の上に散らばった書類を拾い上げたルナミスの役人が、目を見開く。
そこに記されていたのは、彼らが過去五年間に行ってきた裏金工作、賄賂の授受、さらには違法な魔獣密輸の取引記録だった。日付、金額、関与した業者の名前まで、寸分の狂いもなく記載されている。
「で、デタラメだ! こんなもの、ただの捏造書類――」
「捏造かどうかは、貴方の上司が判断することです」
リバロンは懐中時計をパチンと閉じ、胸ポケットにしまった。
「ルナミス帝国の内務卿オルウェル様は、非効率な不正を何よりも嫌う。……彼が構築した『T-ネットワーク』の監視網を欺き、国庫に入るべき金を着服していたと知れば、貴方は間違いなく『再教育施設』送りですね。まあ、生きて出られた者は一人もいないそうですが」
「ひっ……!」
ルナミスの役人の喉から、カエルが潰れたような悲鳴が漏れた。
「レオンハート王国の将校殿。貴方の不正の証拠は、すでに内務官サイラス様の元へ『速達』で届いております。誇り高き群れの掟を汚した裏切り者として、貴方は獣人族全土から『狩りの標的』に指定されたことでしょう」
「あ、あぁ……ッ」
獣人の将校が、自分の毛皮を掻き毟りながら震え始める。
「そしてアバロンの官僚殿。ルーベンス様は皮肉屋ですが、国庫を食い物にする寄生虫には容赦がない。……お三方とも、すでに本国からの『逮捕状』、あるいは『暗殺指令』が出ている頃合いかと」
「嘘だ! 貴様のような辺境の執事風情が、本国の中枢に直接情報を送れるはずが――」
ジリリリリリリリッ!!!
アバロンの官僚の叫びを遮るように、三人の懐で『魔導通信石』が一斉に狂ったような着信音を鳴らし始めた。
通常連絡の青い光ではない。
国家の最重要緊急事態、あるいは『反逆者』に対してのみ発せられる、血のような真紅の点滅。
「あ……ぁ……」
三人は、震える手で通信石を握りしめたまま、誰一人として通話ボタンを押すことができなかった。
出るまでもない。それが『死刑宣告』からの着信であることは、彼ら自身が一番よく理解していた。
「ニャングル殿が口座を凍結させたのが三分前。……私が各国の情報機関に『極秘の直通回線』で証拠データを一斉送信したのも、同じく三分前です」
リバロンは、泥だらけの役人たちを見下ろし、完璧な角度でお辞儀をした。
「おめでとうございます。貴方たちは今この瞬間をもって、大国の権力を傘に着た『特命役人』から、全世界から命を狙われる『無一文の国際指名手配犯』へと昇格なさいました」
「あ、あああぁぁぁぁぁっ!!」
ルナミスの役人が、頭を抱えて絶叫した。
帰る場所はない。金もない。地位もない。
彼らが今まで絶対の盾としてきた『大国の権力』が、今度は最大の矛となって彼ら自身の喉元に突きつけられたのだ。
「お、おい! お前ら!」
レオンハートの将校が、背後に控えていた傭兵や護衛の兵士たちに向かって叫んだ。
「こ、この村を制圧しろ! この執事と兎を殺せ! こいつらを人質にすれば、まだ交渉の余地は――」
だが、兵士たちは冷ややかな目で将校を見下ろしていた。
彼らはチャキ、と武器を鞘に収め、一歩、また一歩と後退りしていく。
「ふざけるな。誰が無一文の犯罪者の命令を聞くか」
「傭兵ギルドの規約に基づき、契約は破棄させてもらう。……あんたらの首、本国に持ち帰ればいい懸賞金になりそうだがな」
兵士たちの視線が、主を守る護衛のそれから、獲物を狙う『賞金稼ぎ』のそれに変わる。
「裏切り者ォォォォッ!!」
完全に退路を断たれ、社会的にも経済的にも殺された役人たち。
極限の絶望と恐怖は、やがて彼らの理性を完全に焼き切り、純粋な『狂気』へと反転した。
「こうなったら……道連れだ! 貴様ら全員、ここで殺してやるゥゥッ!!」
ルナミスの役人が、血走った目で剣を引き抜いた。
残る二人も狂声を上げながら武器を構え、無防備なキャルルとリバロンに向けて、獣のように飛びかかってきた。
一切の法的保護を失った、ただの武装強盗の誕生である。
「キャルル様、危ない!」
イグニスが斧を構えようとするが、距離が遠い。
役人の凶刃が、キャルルの細い首へと迫る。
だが、リバロンは逃げも隠れもしなかった。
彼は迫り来る凶刃を前にしても、優雅な微笑みを崩さず、ただ一歩だけ後ろへ下がった。
「おや、強盗殺人の現行犯ですか。……野蛮ですね」
リバロンは、背後に立つ『一人の男』に向かって、恭しく道を譲った。
「我々は非武装の商人であり、法を重んじるただの執事。……ここから先の『物理的なお掃除(ゴミ捨て)』は――お任せしますよ、ドクター優太」
「――ああ。任された」
地を這うような、恐ろしく冷たい声。
リバロンの影から、静かに前に出た優太の右手には、見慣れない『黒い異形の魔導具』が握られていた。
静かなるリアリストによる、圧倒的な暴力の時間が始まる。




