EP 12
ざまぁ① 商人の経済封鎖
泥にまみれた羊皮紙。
震える手で羽根ペンを握りしめたキャルルが、自らの名にサインしようとした、その時だった。
「――お時間です」
リバロンの懐中時計が、静かに時を告げる音を鳴らした。
「そこまでやで、大国のアホ共」
広場に、飄々とした関西弁が響き渡った。
物陰からゆっくりと歩み出てきたのは、口に煙管を咥え、片手に木製の算盤を持った猫耳の男、ニャングルだ。
「なんだ貴様は。薄汚い獣人の商人が、我々の神聖な契約の邪魔をする気か?」
ルナミスの役人が、不快げに鼻を鳴らす。
「神聖な契約ゥ? 腹抱えて笑わすなや」
ニャングルは煙管の灰をコンッと靴底で叩き落とし、ニヤリと肉食獣の牙を剥き出しにした。
「こちとらゴルド商会所属、シルバーランク商人のニャングル様や。……お前らがキャルル様にグダグダと寝言を垂れ流しとるこの『三分間』。ワイの算盤には、十分すぎる時間やったわ」
「……何を寝言を言っている。護衛、そいつを斬れ!」
役人が背後の兵士たちに命じた。
だが、兵士たちは剣を抜いたまま、ピタリと動きを止めている。
彼らの視線は、自分たちの腰に下げられた『魔導通信石(端末)』の画面に釘付けになっていた。
「おい、どうした! 斬れと言っているだろう!」
「そ、それが……我々の傭兵ギルドの口座に振り込まれるはずの『前金』が、たった今、全額キャンセルされまして……」
「はぁ!?」
役人が声を荒げた瞬間。
彼自身の胸ポケットに入っていた最新型の魔導通信石から、けたたましい警告音が鳴り響いた。
『ピーッ! エラー。ユーザー認証に失敗しました』
「な、なんだこれは……!?」
ルナミスの役人が慌てて端末を取り出す。
画面に表示されていたのは、ルナミス帝国全土で使われているQR決済システム『L-Pay』の残高画面だった。
だが、そこにあったはずの『金貨五十万枚』という莫大な数字は、跡形もなく消え去っている。
表示されているのは、残酷なまでの『0(ゼロ)』。
「ゼロ……!? ば、馬鹿な! 俺の裏口座の資金が、なぜ!」
「アバロンの魔導銀行もだ! アクセスが拒否されている!」
「俺のレオンハートの軍用資金枠も……凍結だと!? どういうことだ!」
三人の役人たちが、顔面を土気色にして自分たちの端末を必死に叩き始めた。
だが、何度再起動しても、表示されるのは『残高不足』か『口座凍結』の冷酷な赤い文字だけだ。
「ど、どういうことだ貴様ァ!! 俺の金に何をした!!」
ルナミスの役人が、血走った目でニャングルを睨みつける。
ニャングルは、カラカラと算盤を弾きながら、心底愉快そうに肩を揺らした。
「簡単なこっちゃ。あんさんら、村を脅して『月光薬の独占』なんていう非合法な取引を持ちかけとったやろ? しかも、その裏取引の利益を、国庫やのうて自分らの『ダミー口座』に流すための細工までご丁寧に用意して」
ニャングルの猫耳が、ピクリと動く。
彼の『神眼の動体視力』は、役人たちが村に乗り込んできた瞬間から、彼らの端末の操作ログ、視線の動き、微細な筋肉の強張りから『暗証番号』と『金の流れ』を完全に読み取っていたのだ。
「あんさんらのダミー口座の資金洗浄ルート、全部ワイの算盤で逆算させてもうたわ。ほんで、ゴルド商会の特権ネットワークを使こて、あんさんらの不正資金の証拠ごと、各国の金融監査局のシステムに『自動通報』して凍結ロック(スキル・アウト)かけたったんや」
「な……っ!?」
「ちなみに、あんさんらの本口座の金も、違約金名目でワイの商会で全部差し押さえさせてもうたで。……おお、怖い怖い。大国の役人様の手口、真っ黒けっけやないか」
広場に、絶望的な沈黙が落ちた。
数分前までポポロ村を脅し、リーザの五円チョコを踏みにじって哄笑していた権力者たちは、たった三分で『一文無しの債務者』へと転落したのだ。
「あ、ありえない……俺の、俺の金が……!」
「う、嘘だろ……これでは、国に帰るための馬車の通行税すら払えない……っ」
膝から崩れ落ち、端末を握りしめてガタガタと震える役人たち。
「キャルル様」
リバロンが、泥に汚れたキャルルのそばに静かに歩み寄り、純白のハンカチを差し出した。
キャルルは呆然としながら、そのハンカチを受け取る。
「お立ちください。……そのようなゴミ(無一文)の前に、貴女のような気高き方が跪く必要はありません」
リバロンはキャルルを優しく立たせると、冷酷な眼差しを、這いつくばる三人の役人へと向けた。
「さて。ニャングル殿による『経済のお掃除』は終わりました。次は私の番ですね」
燕尾服の執事が、白手袋をはめた手で、バサッと分厚い書類の束を取り出した。
「金だけでなく……貴方たちの『社会的な命』も、ここで完全に終わらせて差し上げましょう」
――極上のざまぁ劇は、まだ終わらない。
経済的死を与えられた役人たちに、執事リバロンによる『社会的な死の宣告』が突きつけられようとしていた。




