00102 終わりへの狼煙
「そんなつもりじゃなかった、そんな筈は無かった、なんて言うのは聞き飽きたから、その、もっと具体的な対策と言うか、今後の指針というか、こちらが達成すべき目標というか、何かしら現状の打開策になりそうな事は言えないのでしょうか」
……。
「更にお窺いさせてもらうと、軍務省はソメリト合衆国の反攻作戦を来年度になると予測されていた筈です。こちらもそのつもりで準備してきたのですが、全部無駄だったと言う事で、宜しいのでしょうか。いえ、本当は宜しいのでしょうか、なんて言い方では済まされないのですが、現実問題として、敵の大艦隊がこちらに向かってきていて、しかも我が軍にはこれを迎え撃てる艦隊は存在しません」
……。
「だから、当方としては、基地守備隊司令官として、今後のアイスベータ島の防衛計画について、軍務省から何かしらの指示が欲しいのです。それも、希望的観測や現実逃避の類では無くて、今後に必要な作戦計画をですな」
……そんなものはない。今、調整中だ。こちらの作戦士官や佐官も、混乱している。自分達の見通しが甘すぎた現実を知って、今正にその「具体的な対策」と「作戦計画」について議論しているのだ。
「つまり、このアイスベータ島の防衛計画について、何も策が無いと?」
本当は、それまでに艦隊の再建計画を済ませているはずであったが、今は主力艦艇が装甲空母2隻しかない。敵の艦隊に対抗できる規模では無いだろう。ダロス皇国やクァンタム共和国からの援軍を届けるのにも、制海権や制空権が無い中で行うのは無謀すぎる。
「それでは、いずれは本土決戦になると言う認識でも宜しいですか。アイスベータ島の戦略的価値は、そこまで大きいのです。そこを過小評価していたとでも言うのですか」
……では、具体的にどの様な援軍が欲しいのだ。
「今現在の基地の戦力では、10回程の空襲で、いえ、4,5回の空襲で航空戦力を完全に失い、地上戦となったら10日程度の抵抗しか出来ずに降伏する羽目になります」
航空支援が欲しいと言うことか。
「出来れば、最新鋭のエンジンを積み込んだソウルブリザード戦闘機を、パイロット付きで派遣させて貰えないでしょうか。制空権とは即ち、戦闘機のことです。爆撃機が幾らあっても、制空権が無ければデカい的です」
どれだけ欲しいのか。言ってみろ。
「定期的に、そうですね、1週間で20機程度」
そこまで厳しい戦いになると?
「恐らく、この戦争の帰趨を占う戦いになります。そうでなければ、ダロス皇国の戦闘機隊も、例のジェット戦闘機隊よりも、レシプロ最高峰の名高いベルト・ダンク戦闘機を週に15機程度、これもパイロット付きで派遣して下さい」
そのペースで派遣していたら、ヴィクター大陸の列強から戦闘機という戦闘機が無くなってしまうぞ。
「なければ、次戦う時は本土上空になります。アイスベータ島は、その本土防衛最後の要です。此処をとられたら、あのビーイング32爆撃機の爆撃で、女子供に至るまで焼き殺されます」
……分かった。可能な限り運んでやる。だから、降伏しないで戦い続けろ。
それが本音か。基地司令官であるデリケッド・ファンド少将は、軍務省の幹部の本性を見抜いていた。島が持ち堪えられるかどうかは、本土からの補給線頼みだ。あの約束だって、守られるかどうかは分からない。制海権は取られている。制空権だってセットで取られている。先程の戦闘機が毎週届くとは限らない。いや、この際、あれは全部口約束だと思った方が良い。
軍務省の連中は、今後展開される本土防衛作戦の議論で忙しいのだ。負けると分かりきっているアイスベータ島の防衛作戦なんぞに戦闘機を、それもパイロット付きで使うわけにはいかない。恐らく、形式張った僅かな援軍だけが送られて、後から「死守命令」、実質上の「自殺」を意味する命令が出されるだろう。そうなった時の言い訳として、援軍は送られてくるだろう。
但し、そこまでだ。もし「死守命令」が出たら、その時点でこちらの戦争も終わりだ。第一、「死守命令」が出た時点で、勝ち目なんて決まっているのだ。だからこそ、先程の会話は勿論、その事実の確認に過ぎない。「死守命令」が出るまでは抵抗しろ。それが出たら、その時点で降伏しろ。と言う暗黙の了解である。
その頃、ソメリト合衆国西海洋艦隊の旗艦空母「ソネック」の会議室にて、今後の計画について「修正」か「忠実」かについて大議論が交わされていた。偵察に出した戦姫の撮影したカメラ映像に写された情報が、こちらの想定とは違う状況を知らせていたからだ。
戦闘機が、諜報部門の知らせてきた数よりも1.5倍、いや、場合によっては2倍近くは揃えられている。レーダー設備も其処彼処に設置されており、地上部隊もこれに合わせて増派されているに違いない。
場合によっては、かなりの激戦になる。その間に、背後から敵艦隊に奇襲を受けたら、その時はどうなるのか。下手をすれば、折角の反攻作戦は出鼻を挫かれる羽目になる。
しかして、積極派は返す。これは想定の範囲内だ。幾ら敵が守備戦力を増派したとしても、制海権を握っている今、結果は変わらない。敵の海軍が自爆同然の絶望的な抵抗を見せたとしても、こちらの制海権を覆す程の力は無い。それよりも、今後予測される本土決戦となる航空戦に勝ち抜く為に、敵は戦力を温存するだろう。そうなれば、報告の2倍程度の戦力だったとしても、こちらの勝ちは揺るがない。このまま「忠実」に作戦を実行するべきだ。
幾ら従軍記者だとしても、そう言う重要な意志決定の場面には入り込めない。メリー・マテウスとフェルニナ・ケールの2人組は、その作戦室のドアの外にて、他の記者と共に指揮官が出てくるのを待っていた。これもまた世の中にありがちな「理不尽」であるが、これは理解が出来るので「理不尽」と言う程では無い。
メリー姉さんは、それでも今回の作戦について、「大勢死ぬ」とだけ予測は立てていた。作戦室から従軍記者を示しだしたと言う事は、作戦遂行について何かしらの問題が発生したからだ。上手くいっていれば、記者を閉め出すような真似はしない。しかも、もう敵にも見つかっている今になって、激論を交わすと言うのは、つまり作戦が上手くいっていない証拠である。
こんな冷たい場所で、不味い飯と不自由な環境に耐え抜いて、殺し合う必要が、この世界の何処にあるのか。ソメリト合衆国の軍人は勿論、同盟軍の軍人だって同じだ。「大勢死ぬ」のは、どちらも同じだ。アイスベータ島の戦いが終わったら、次はレイド・サム公国海軍と今一度、似た様な戦いが起きる。そして、その段階にてようやく「終戦」が見えてくる。と言う話だが、本当にそれですむのだろうか。それこそ、「希望的観測」ではないのか。
国防省では、レイド・サム公国の領土の一部を占領下に置いた上で、本土への空襲作戦や機雷散布による海上封鎖にて戦争を終わらせると言うのだが、その為にはまだまだ「金」も「犠牲」も必要だろう。メリー姉さんは、エンターテイメントとしてのジャーナリズムを標榜して、この場に居た筈であった。
そこまで考えた所で、指揮官が作戦室から出てくる。記者の前にて、指揮官は宣言する。
「予定通り、これから一撃目を加える。敵の航空戦力を奪い、続けて地上部隊を上陸させて、あの島を我が国の物にする」
また大勢死ぬ。メリー姉さんは、胸の内にて呟く。




