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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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神官長

 重々しい雰囲気を感じながら五人はさらに歩き続ける。

「見事に誰にも会いませんね」

 カイが重い沈黙を破った。

「侯爵の案が功を奏したのだろう。王家を、あんな情報をばら撒かれては、下手に手を出せなくなったわけだ」

 テリオスが付け加える。

「運が良かった」

 それでも、もし王家が強行突破を働いたなら、レジナルドはセシリオを守りながら、この五人で神殿にたどり着けたかどうか、怪しいものだった。下手をすると、ドラマンの姿がここにあったかもしれないのだ。そうならずに、良かったと胸を撫で下ろすばかりである。

 道が行き着いた先、大きな空間につながる。

「ここが?」

「この先が神殿」

 レジナルドはそう答え、セシリオはユーニスに続いて、足を踏み出そうとしたところ、後方に不穏な何かを感じ取ったのか、急いで振り返ったあと、レジナルドにすがるように腕を絡ませる。

「大丈夫。ともかく行こう」

 その言葉に安心した様子で、二人は神殿の中に足を踏み入れる。

 レジナルドはふと後ろに視線をやりながらも、気づかぬふりで、そのままでいた。

 大きな円形の部屋は物静かで、目抜き通りで感じた喧騒とは一切無縁の世界。

「あ」

 ユーニスは小さく声を上げる。

 何かと思ってみると、彼の視線の先には白のローブをたっぷりと体に巻きつけた人の姿があった。

「神官長さん」

 カイが小さくそう言った。そのローブには見覚えがある。

 初めてこのパラレルに来た際に、庭に集まっていた女官たちと同じような出立ちをしている。違うところがあるとすれば、少し中性的に見えるところだろうか。

 神官長が何をしているのかというと、像のところに花を供え、手を合わせると祈りの言葉を唱えている。唱えているのはカイロス語の古語のようなので、さすがのレジナルドもはっきりとは聞き取れない。

「あの人が?」

 彼が墓守だとすると、つまり第七王子になるのだが。でも神官長が墓守とは少し違う気がする。それに、ユーニスの部屋にかかっていた肖像画の人物とは随分見た目が異なる。

 セシリオを含め、彼らは、神殿でルトフ第七王子に会ったと言っていた。ユーニスの釈然としない反応から察するに彼ではないのか。

 そういえば、このパラレルに来て、第七王子がどんな容姿の人物であるのかを確かめたことはなかったのを思い出す。

「ルトフさん」

 大きな声に、五人は後ろを振り返る。叫んだのはメルリだった。

 勢いよく走り出し、像の前で手を合わせていた神官長の元へと駆け出す。

「メルリさん」

 像の前で手を合わせてた神官長も顔を上げ、立ち上がる。駆け寄るメルリの姿を見て、戸惑いながらも嬉しそうで、懐かしそうな声を上げる。レジナルド達はただ、呆然とその様子を見ていることしか出来なかった。

「なぜここに?」

 その反応を見るに、二人は顔見知りのようだ。

 メルリに向かい合って、両手を取りながら、不思議そうにメルリとレジナルドたちに交互に目を向ける。そんなルトフに気がついたメルリは手を離し、こちらを向くと、深々と頭を下げた。

「すみません。勝手にコソコソ後ろをついて行く真似をして。それでもルトフさんのことがずっと気になっていて。本当はもっと早くに行動できる自分だったら良かったんですけれど。ザハラーン家での今の自分の立ち位置だとかを考えると、勇気が出せなかったんです。でも、今回皆さんが来てくれて、カイロス様の祝福で来られただけなのに、失敗すると帰れなくなってしまうかもしれないのに、それでも必死にどうすればいいのかを考えて、行動してくれて。確かに運命が変わったような気がしたんです。そう思うと、僕もこのままじゃ、ダメだ。変わらなきゃと思って」

 実はあの廃墟から地下の階段を降りたあたりから、後方で誰かの気配がするのは感じていた。

 多分、察知能力の高いテリオスはその前から知っていたかもしれない。途中で言葉には出さず、ちょっとした仕草からレジナルドにもその事実を伝えてくれていた。

 ルトフは深々と頭を下げる、ユーニスを見て、何が起こっているのかわからないと言わんばかりにあわわとしていた。

「外では、第七王子の誘拐事件が起きていまして。王家からザハラーン家に身代金を用意するようにとか、色々と騒動が起こっているんですよ」

 ユーニスがそこまで話すと、ルトフは顔色を変えた。

「あの、ここで一応確認なんですけど、貴方がルトフ第七王子なんですか?」

 レジナルドは鋭く聞いた。

 ルトフは頷く。

「はい」

 その返答にレジナルドは、ユーニスを振り返る。彼は驚いたようにルトフを見つめ返していた。

 第七王子は彼が求めていた人物ではなかったのか。

 確かに、あの肖像画の人物がルトフ第七王子だと言ったのはユーニスだった。だから、そうなのだと思い込んでいた。

 しかしよく考えると、その言葉も、曖昧な歴史の中で、恐らくそうではないかというだけで。

 目の前にいる人物が本物のルトフ第七王子だとすると、あの肖像画に描かれた銀髪の少年は誰なのか。

 存在はするのだ。確実に。だって、最初に来た時にこの神殿で彼を見かけた。そして、セシリオたちもこの神殿で”肖像画の人物”に会ったと話した。

「すみません。まさかそんなことが起こっているとは思いもよらず……」

「ルトフ第七王子は誘拐されて、ここにいる訳ではなく、ご自身の意思でこちらに?

 ルトフの言葉にレジナルドは現実に引き戻され、間髪入れずに尋ねると、ルトフは恐る恐る頷く。

「なぜ神殿に?」

「僕はラシッドに来たらいいと言われて」

「ラシッド?」

 レジナルドは聞き慣れない名前に何の気なしに聞き返したのだが、セシリオやユーニスたちはギョッとした表情でルトフの方を見ていた。

「はい。ラシッドはこの神殿を取り仕切っている、前王の末裔で、僕の友人です」

「前王の一族は皆、葬られたと聞いていましたが……」

 上の階から、降りてくる足音が聞こえる。

「ルトフ?」

 その声と共に顔を覗かせたのは、ルトフと同じローブを着た、銀髪の青年である。その青年の見目には見覚えがある。ユーニスの部屋で見た、肖像画の、その人だった。

 ラシッドと呼ばれた銀髪の青年は訝しげにレジナルド達に視線を這わせる。

「その人たちは?」

「神殿の外では、僕が誘拐された騒ぎになっているようなんだ。それで心配してきてくれて。確かにここ数日王宮には帰っていないけれど、それはいつものことだし。君にお願いして、王宮にも伝達は行っているはずだし。ラシッドの言葉に甘えて、ここにいるだけなんだけど」

 ルトフの言葉を聞いて、ラシッドの視線はさらに鋭いものとなるが、ルトフを見ると再度、和らいだラシッドに対して、ルトフは話しながら、彼の中で疑惑が芽生えたのが傍目にしていたレジナルドにもわかった。

 ラシッドは痛いくらいにルトフの気持ちが感じられただろう。そのルトフに対して、どう答えるのか視線が集まる。

「君が誘拐されたのは本当のことだ」

「え?」

「僕が王家へと第七王子を誘拐したと声明文を送った」

「そんな……」

 ルトフはその言葉を聞くと、自身の支えが無くなってしまったかのように、ヘナヘナと力が抜け、その場に崩れ落ちた。

「僕としてはただ、君がこのまま王宮に居ても君のためにならない。何かのタイミングで王家、王宮から抜け出してほしいと思っていた」

「だからと誘拐を? なぜそんなことを? 君は、そんな犯罪に手を染めるような人物ではないと。身代金も要求したって……」

「僕はただ君が王宮から抜け出せるように手助けをしたくて」

「誰がそれを望んだって? 僕が? いつ? 君にそんなことを言った?」

 ルトフは感情を荒げた。

 ラシッドは何も言えなくなってしまたのかただ、黙ってルトフを見守る。

 それがよくなかったのかルトフは更に声を張り上げた。

「僕は昔、次期国王に一番近い存在だと言われていた君のことをずっと憧れていた。僕の祖父は君の父出会った前国王を裏切って、現国王側についた。今の自分が、前の君と同じ僕が立場になって、でも僕は君のように全くなれなかった、君からたくさんのアドバイスをもらったのにそれを出来なかったことを君は怒っているの?」

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