襲撃
レジナルド視点
「その現場を見られた。のではないか?」
レジナルドのその言葉は、的を射たようだった。
「仰る通りでございます。その――当主専用の執務室があるのですけれど、その部屋の奥に小部屋がありまして、いつもハルン・ドゥニャ様とカラム様は二人でそちらにいらっしゃったのです。ですが、その日に限って、奥様が部屋に入られて……その様子をご覧になってしまったのですね。それで、精神がおかしくなって、発狂されてしまって、カラム様が飲んだ薬を飲んでしまった。それが全ての顛末です」
「もしかして、ハルン・ドゥニャは奥方の相手をしていたこともあったのではないか?」
ドラマンはもうどうしようもないとばかりに、大きく息を吐いて、頷く。
「どうしてわかったんだ?」
テリオスがそう聞いた。
「部屋に乗り込んで行ったぐらいでは発狂することはないだろう。そうさせるだけの理由が他にあったのではないかと思って」
「なるほど。どちらにしろ何とも皮肉なものだ」
しばらく進むと、行き止まりになってしまった。
「あっちゃ……」
と、テリオスが頼りなさげに声をあげ周囲を見回す。
レジナルドも他に抜け道がないかと探して見たが、ちょっと一見しただけでは見つからなかった。
間の悪いことに、こちらに向かってくる足音が鳴り響く。
三人の間に、緊張が走った。
小さなこの部屋の奥には、祭壇と奥にカイロス神を形どったと思われる石像があった。
レジナルドは、カイロス神の像に走り寄ると、台座を両手で押した。
なぜそうしようと思ったのか、大きな理由はない。ただ、もし突破口があるとするなら、そこだろうと思っただけである。
レジナルドが思った通りに、台座はゆっくりと、ここに存在していた分だけ、みしみしと軋んだ音を立てながら動き、その下に更に地下へと続く、階段が現れた。
「ドラマンさん、行ってください」
ドラマンが中に逃げ込んだところで、こちらを振り向く。
「皆さんも」
「いや、誰かがここに残って台座を戻さなければならない」
「え」
ドラマンの声には驚きと恐怖と少しの悲しみが入り混じっていた。
「だからこれも一緒に」
テリオスはレジナルドの言葉をすぐに察して、背負っていた金の詰まった木箱を地下の階段に置いた。
「無事に危機を脱せられることを願っている」
レジナルドも、同じようにドラマンへ木箱を渡し、言葉を残した。それからすぐに台座を閉じようとした時、
「持っていきな」
テリオスは持っていたランタンをドラマンに渡す。
「お二人の無事を、カイロス神の祝福を祈っております」
台座はゆっくりと入り口を閉じ、彼の姿はそのまま見えなくなった。
「彼はこのまま逃げ切れると思うか?」
「五分五分だろうな。しかし今は、彼のことよりこれからの心配をしなければならないな」
真っ暗な闇の中、息を殺して近づく足音を待つ。
「ん」
「うん?」
テリオスがレジナルドの手を探り当て、小さな刃物が渡される。
「丸腰じゃあ、どうしようもないだろう。侯爵様のことだ。一通りの扱いには慣れているんだろう?」
「ありがとう」
レジナルドは有難く受け取った。以前に武器がない場合でも使える東洋の護身術を習っていたので、その型を必死に思い出していたのだが、テリオスのおかげで多少は時間稼ぎができそうだった。
「相手の人数がわからないのと視覚が不確かである状況でどこまで対応できるかわからないけれど」
「まあ、できる限りやるしかない。逆に言うと向こうだって我々の居場所がわからないのだから。先手を取ることができればこちらに利がある」
「やれるだけ、やるだけだ」
足音がこの部屋に踏み込む。
その音から人数は二人だとわかる。気配を感じ取るや否や、隣のテリオスは音もなく動いた。
「……ぅ」
「……ぁ」
二人の男の呻き声がかすかに聞こえた後、どさりと倒れ込む音が響く。
「これで終わりか?」
「いや、おそらくまだいる」
「あ、おふたりさん」
気配もなく周囲が明るくなり振り返ると、ヒューが立っていた。
「すみません。遅くなってしまって。背後から襲撃に遭ってしまって、御三方の安全を考えて、咄嗟に扉を閉じてしまたんです。ご無事ですか?」
白々しい物言いにテリオスの警戒心が高まるのを感じたが、しかし今その対応は得策ではないことを知っている。
「そうでしたか。ご無事で何よりです。僕たちも襲撃に遭いました。背負っていた金を奪われてしまって、ドラマンともはぐれてしまいました。なんとか、ここに逃げ込んだのですけれど」
「ほう」
ヒューは周囲に倒れる、二人の兵士を見て相槌を打つ。
「すみません。暗闇の中で味方かどうかわからなかったものですから」
テリオスはレジナルドに合わせるようにそう言った。
「第七王子はどこにいるのでしょう?」
レジナルドはなるべく緊迫した雰囲気を自身にまとわせながら、そう言ったのだが、ヒューの表情から笑顔がなくなる。
「金が無くなってしまったのなら、もう行っても無駄なことかと」
「でも、ザハラーン家の威信にかけても、行かなければ」
レジナルドの必死さが伝わったようで、ヒューは再度笑みを漏らす。
「では参りましょう」
テリオスが入った脇道を戻り、最初の地下道に出た。
「この辺りには地下道が多いのでしょうか?」
沈黙の中、足音だけが異様に響き渡る様子が妙に思われてしまい、ヒューに何となく問いかけた。
「わかりません。この建物をつくった商家は、事業に失敗し取り潰しとなっているとは聞いていますけれど」
「商人の世は一寸先は闇か」
テリオスが何の気なしに言った言葉が響く。
ディアス侯爵家はレジナルドが望んでも望まなくとも、よっぽどのことがない限り、続いていく家柄だ。しかし、商家はそうではない。そう考えると、数多の歴史を乗り越え存在するザハラーン家は商家としての格が異なるのだと。
でもそれもこの時間軸では過去の話となるのだろうか。
受け継いだハルン・ドゥニャには残念ながら、そのような才覚を感じることができなかった。
「ここです」
「ここは?」
大きな広間に出た。
円形の大きな広間で、ぐるりと神々なのか石像が並んでいる。
その部屋の向こう側で、何やら人の話し声がした。そばだてて聞いていると、どうもセシリオたちの声のようで、ギョッとした。隣に居た、テリオスも同じような反応を見せる。
「もう来ていらっしゃるようですね」
ヒューはセシリオたちの方に視線をやった。
見慣れない銀髪が目に入り、彼だ。と、大きく目を見開いた。
レジナルドたちがいる反対側に、地上へ続く階段があり、その階段から金属音を伴った大勢の足音が聞こえる。
万事休す。
セシリオ達を庇いながら、どうにかしてこの局面を乗り切ることはできないかと、一通り考えるのだが、どれも……
ともかく動こうとした時、ヒューが手で制した。
その殺気だった動きに、レジナルドは一瞬怯んでしまった。その一瞬しかなかったというのに。
「絶対に、君をここから助け出すから」
ユーニスの声が聞こえたとき、またあの時のような大きな光に飲み込まれる。




