16−18
「大丈夫ですか?」
颯爽と三人の前を歩くエルマが気遣うようにこちらを振り返る。
「大丈夫です……」
セシリオたちは、アバルト工房の見習い――つまり荷物持ちとして、同行していた。当初は持たなくてもいいと言われていたが、信憑性を持たせるため、実際に使用する道具が入った木箱を背負うと自ら申し出たのだが、思った以上に重かった。
カイとユーニスは慣れているのか、多少はつらそうな表情を見せるも(カイは全くなかった)問題なく歩く。
セシリオは基本的に頭を使う仕事がほとんどで、体を動かす作業はほとんどすることがなく、己の体力のなさを痛感し呪った。
エルマどころか、カイとユーニスの二人にも心配される始末で、足を引っ張っている感覚が否めない。
そもそもいつもの生活でこんな事態に遭遇したのなら、レジナルドの方で全て片付けてしまうので、どれだけ自分が普段から甘やかされているかと言うのがよくわかる。
「半分持ちましょうか?」
あまりにも見ていられない様子だったのか、カイから心配そうな表情と手を差し伸べられたのを笑顔で返した。
「大丈夫、ありがとう。ともかく行こう」
息をゼイゼイと切らせながら返しているので、説得力はない。カイはセシリオの手を掴んで、力強く歩き出し、エルマを追い越す勢いを見せる。
「本当にもう少しですから」
エルマの言う通り、神殿はもう目と鼻の先だった。
前に来た時は砂漠のオアシス側から神殿に向かったのだが、町側から行くと、入り口に並ぶ三本の立派な石柱が見え、壮観だった。
入り口には警備兵がおり、セシリオたちに気が付くと表情を曇らせたが、
「お疲れ様です」
エルマの明るい声に警戒していた表情が緩まる。
「ああ、あんたか。ご苦労さん。今日はどこをやるんだ?」
警備兵はエルマと顔見知りで、この様子だとエルマはよく神殿の修繕に訪れている様子だ。
「呼び出されただけで、まだ指示を聞いていなくってね。その……今日は神官長様はいらっしゃるか?」
エルマは神殿からの指示書と思われる書状を警備兵に見せる。警備兵は書状を一瞥すると、あまり興味がないのかすぐに書状を突き返し、
「今日はいらしてますよ。神官長様はおそらくこの時間であれば、カイロス様へお祈りをしているでしょう」
「ありがとうございます。そちらに向かってみますね。失礼致します」
警備兵に小さく会釈をして、神殿内に足を踏み入れる。
すぐに建物があるのかと思ったがそうではなく、建物はまだ百メートルほど先にあり、手前は石畳の広場になっている。
真ん中には噴水があり、その周辺には緑が広がる。ただ、噴水の水は止まっていた。
「神官長様はあまりいらっしゃらないの?」
セシリオの中でもふんわりと疑問に思っていたことを、カイが言葉にしてエルマに問いかけてくれた。
「忙しい方のようで。むしろ、いない時の方が多いのではないかと思う。今日はいらっしゃるようだ」
エルマは慣れているようで、広場を突っ切ると、そのまま神殿建物に向かう。セシリオはキョロキョロと初めて見る神殿の様相に心を奪われそうになっていたところ、咳払いをするエルマに自分の本分を取り戻し、遅れを取らないように真っ直ぐに歩みを進める。
厳かで煌びやか。その中に粛々とした神聖さがある。
建築的価値も歴史的価値もあるこの神殿がカイロスの民に解放されないままあるのは、惜しい気がしたが、価値を保護するためにはそれもやむを得ない選択なのかもしれないとも思う。
神殿の建物内に入ると、円形型の高い天井とその正面にはカイロス神の像と祭壇があり、セシリオが今立っている位置からその祭壇まで絨毯が一面に敷かれ、祭壇の近くに、ぺたんと座る女官たちの姿が見え、それぞれが熱心に祈りを捧げていた。
その中で一人、凛とした雰囲気を放つ人が、セシリオたちの気配を感じとり、衣擦れの音をさせ、立ち上がるとこちらを振り返る。
エルマはペコペコしながら、その人に近づいて行くと、
「すいません神官長さん。タイミングの悪い時に来てしまったようで」
この人が神官長のようだった。
はっきりとした面立ちに、一筆で書いたような切れ長な目元。カイロスの民は総じて褐色の肌をしているものが多いが、神官長は凍りつきそうな蒼雪のような肌の色をしている。エルマは笑顔は見せるものの、神官長が発する凄みのあるオーラに押されており、セシリオも体を一瞬強張らせた。
神官長はエルマの姿を認識すると、刺々しさがなくなり、
「いえ、こちらからお呼び立てをしましたのに申し訳ございません。どうぞこちらへ」
「すみません。よろしくお願いします」
神官長は足音を忍ばせ、入って来た入り口から見て右手の方に向かう。
エルムは赤い顔を更に高揚させ、そそくさと神官長の後に追従する。セシリオも顔を動かさず視線だけキョロキョロとせわしなくして、エルマの後ろに続く。気になったのは、アバルトが話していた、地下室への入り口があるかもしれないと指摘をしていた祭壇だ。なんとか目だけ一生懸命動かして、カイロス神の像の向こう側を探ろうとするが、像の奥には垂れ幕のような布がかかっているため、向こう側がどうなっているのか。壁なのか、何か空間があるか、地下へと続く階段が設けられているのか。見ただけでは判断がつきかねた。
あまりじっと見ていると、不審そうに思われては敵わないので、視線を正面に戻す。隣を歩くユーニスが妙に緊張していることに気が付いた。
――まさか、あの人が?
軽く首を横に振ってみるが、ルトフ第七王子の姿は見当たらない。
神官長はスタスタと歩みを進め、前回外から見た景色、回廊と中庭の方に抜ける。
あの時はルトフ第七王子の姿があったが、今は誰の姿も見当たらない。
怖いほどにしんと静まり返っているだけだった。
「この部分なんですけれど」
立ち止まった神官長が指したのは回廊に等間隔で建てられている石柱。白い石肌には似つかわしくない、緑色のインクで『16−18』と、走り書きされている。
「これは一体?」
エルマは落書きの部分に顔を近づけ、首をかしげる。
「それが、一体誰がいつ書いたものなのかわからないのです。神殿に居る者に、この悪戯書きについて知らないかと聞いてみたのですが、誰も一様に首を傾げて知らないと」
「えっと、これを消して欲しいというご依頼であってます?」
「はい。神聖な神殿にこのような落書きがいつまでもあってはなりませんので」
「一応確認ですが、これは神殿のどなたかが書いた記録だとか、何かの儀式に必要なものではないため消しても問題ない。その認識で間違いないですね?」
念を押して強く聞いたエルマの方を向き直る神官長は二度大きく頷いた。
「間違いございません。そもそもこの緑のインクは神殿で使っているものではありませんので」
「そうすると、誰かが外からインクを持ち込んでなどと――そんな話になってくるんですかね」
セシリオは目立たぬようにしようとしていたのだが、思わず口をついて言葉が出てしまった。
「もしかしたらそうかもしれません。神殿におりますのは、私の信頼に厚い者たちばかりでございますので、このような神殿を冒涜するような行動をするものはいないと信じております」
「最近神殿に新しく来たものはいませんか?」
ユーニスはやんわりと質問をする。つまり、誰か怪しい人物が入り込んだ可能性はないかと聞いていると取れるものだったが、時に第七王子がここに来ているのではないかと暗に聞いている質問ともとれた。
「いいえ。それに神殿内部への一般の方の出入りも制限しておりますから、勝手に知らない誰かが入ることはありません」
神官長は強い口調でキッパリと言い放つ。
動揺する様子は一切みられないため、逆にセシリオは首を傾げたくなる。
「先ほども申し上げた通り、神殿内部の者ではないとすると外部の誰かの仕業かと思うのですけれど、その可能性もキッパリ否定されるんですね」
ユーニスの言葉はもっともであったので、先ほどまで強気だった神官長もそう言われてしまえばさすがに怯み、
「それは、そうなんですけれども」
困った表情を見せる。その隙に一気にたたみかけて、情報を引き出したかったところエルマが、
「すいません。三人は新入りでして。今度、神殿の仕事も引き受けることが出来るようにと連れてきたんです」
そう言って頭を掻いた。
「そうでしたか。それは、頼もしいですね」
エルマのフォローに神官長は自分のペースを取り戻し、目を細める。このやり取りからだけでは、神官長がルトフ第七王子の誘拐事件に関わっているかどうかを判断するのは難しかった。
「ありがとうございます。ちなみに悪戯書きがされているのは、ここだけで?」
神官長は思案顔にキョロキョロと、神殿内を見回す。
「ええ、恐らく。そもそも昨日まではここにもなかったと思うのです。昨日も通りましたけど、いつもと変わりありませんでした。これだけ目立つ色でしたら、誰かが気づくと思うんです」
「この落書きを発見したのは?」
「今朝です。たまたま通りがかった女官の一人が発見したのです」
エルマは顎に手をやって、神官長と同じようにキョロキョロと視線を周囲にやった。
「もし、許可をいただけるのであれば、神殿内を少し調査してみて、もし同じような緑のインクで書かれたものがあれば消す作業をしたいと思いますがどうでしょう?」




