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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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廃墟

レジナルド視点

 テリオスとレジナルドはどちらともなく目を合わせるとすぐに離し、薄暗い室内を横切る。

 足音だけが響き、人の気配は全くと言っていいほど感じられない。

 ヒューは真っ直ぐに建物の中を一つ、二つ、部屋を突き進む。

 外観からはわからなかったが、縦に長い作りらしい。

 三つ目の部屋に差し掛かったところで、入ってすぐの床に向かってかがみ込む。なんの変哲もない木目調の床なのだが、ヒューがかがみ込み、何かをすると、カチリ。音がして、どういった仕組みなのか、地下へと続く扉が開いた。

「こちらみたいです」

 ヒューはなんでもない様子で笑うのだが、明らかに雰囲気がおかしい。

「わざわざこんな地下へ行く、場所まで指定されているんですか?」

 テリオスはレジナルドの困惑をストレートな言葉で表してくれた。

「ええ。相手も相当に用心深い輩のようですね」

 テリオスの物言いに戸惑い、慌てるような仕草を見せるのだが、ヒューの目は座っている。

「そうですね」

 テリオスは頷いただけで、地下へと続く、階段を見つめた。

「すみません、先に中へ入ってもらえますか?」

 ヒューは例の頼りなさそうな口調をこちらに向ける。レジナルドはギョッとした。

「このような場合は、兵士の方がまず中に入って中を確認し、一般人を通すのが筋ではないのですか?」

 テリオスはそう主張するのだが、レジナルドははたから聞いて、笑いを堪えるのに必死だった。

 この中で、一番騎士らしいのはテリオスだったから。

「我々は後方からの襲撃に備えている。地下へ入り、もし襲撃を受けた場合のために、安全な退路を確保すべきであるから」

 眉唾ものの理論だとは思いながらも、それを暴いたところで、どうにかなる訳でもない。

「わかった」

 レジナルドは全てを飲み込んだ上で、そう言った。

 反論していた、テリオスもこちらを向いた。覚悟を決めた瞳だ。すぐに前に向き直ると、躊躇いなく地下へ続く階段に吸い込まれるように、下っていく。レジナルドもそれに続いた。

 階段は石造りのしっかりとした作りだ。

 ドラマンの話が本当であれば、この建物は巨万の富を築いた当時の商人が建設したものだとか。もしかしたら、遊び心か、当時は自身の商会で何かしら利用するために、この地下への道を築いたのかもしれないとふと思う。

 二人の足音だけが反響する。

 しばらく、行ったところで、後ろを振り返る。

「先に行ってください」

 ヒューの強い口調に押された、ドラマンが転びそうになる勢いで、階段を下りる足音がした。そのすぐ後に、ガタガタ音がすると、扉は閉まったようで、辺りは一気に暗闇に包まれる。

 驚きはない。

 こうなるだろうと、むしろわかっていたので、やはりかと思うと、ため息が出た。

「わああああああああ」

 ドラマンの悲鳴が聞こえた。

 三拍ほどあって、パッと前方に明かりがつく。

 テリオスがランプを持っていた。

「持っていたのか?」

「いや。ただ、どこかに隠しているだろうとは思って探していたら案の定」

 流石だなと感嘆のため息が漏れる。

「お二人と合流できてよかったです。私がこの階段に押し込められると、後ろの扉が閉まって。襲撃でもあったのでしょうか?」

 ドラマンがまくし立てて話す。

「それはないな」

 テリオスがバッサリと切り捨てた。

「え?」

 ドラマンは大きく目を見開く。

「我々は一杯食わされたのですよ」

「え?」

 レジナルドの言葉が飲み込めずにいるのか、ドラマンはオロオロとした。

「最初から王家の思う壺だったのです」

 容赦無く言葉を続けると、ドラマンはようやく事態が飲み込めてきたらしく、ふらふらと壁に寄りかかった。

「ともかく先に進もう。ここに居ても敵を誘き寄せて、手招きしているようなものだ」

 テリオスはくるりと、前方に向き直る。

 彼は代々騎士を輩出した由緒ある家柄の出だからか、周囲に張り巡らせた”気”はレジナルドにも肌で感じるほどピリピリとしていた。それはレジナルドの持つアルファとしてのオーラとも異なる。

 張り詰めた琴線に触れると、殺気がチリチリと痛みを帯びるようだ。ここまでのものはレジナルドにも真似できないものだ。

「騙されたというのは一体?」

 歩きならがドラマンが聞いてきた。

「そもそも王族の連中に第七王子を助ける気はさらさらないって話」

「じゃあ、我々は一体どうして今、ここに? 身代金の話は?」

「彼らの様子から言うと――それすらも嘘の可能性があると思う」

「そうなのか?」

 一番前を歩くテリオスが振り返る。

「君はわかっているものだと思っていたけど」

 逆にレジナルドの方が驚いてしまう。

「いや、なんとなく”罠”があるとは思った」

「なるほど。それは今までの経験から成せる直感という訳」

 テリオスは頷く。

「しかし、それがなぜだとか、どうしてと言われると、はっきりとした答えを導き出すのは難しい。そこはそちらの得意分野だからな」

 そう言われて悪い気はしない。

 ドラマンは強く説明を求めるので、レジナルドはさらに言葉を続ける。

「第七王子が誘拐されたことについての是非は一旦置いておく。そもそも身代金を要求する手紙を城壁の向こう側から投げ入れられて、それを偶然に発見したなんて、そんな都合の良い話など聞いたこともない」

 王族の周囲にまとわりつく近衛兵とは雰囲気は大きく異なり、城の警備を担う騎士たちは、良い意味でいい加減なものが多い。普段はそれでいいのだ。城壁の外、国民とどうしても関わりが多くなり、その場合、規律云々で頭の固い対応よりも柔軟に対応してくれた方が問題にならずに済むことが多い。

 ただ、その者たちが暗闇の中に投げ込まれた手紙をいち早く発見出来たかどうかについては、甚だ疑問である。

「王家が第七王子を蔑ろにしているのは、本当らしい。ただ、誘拐されたことをこれ幸いとして、言うことを聞くしか出来ない商会に押し付けて、金を奪い取ろうとしているのだろうと思うね」

「しかし、どうしてザハラーン商会が標的にされなければならないのでしょう? 全うな商売を心がけておりましたのに」

 ドラマンは大きなため息をついた。

「何か、王家に弱みを握られているのでは?」

「いえ、まさかそんなことは」

「本当ですか?」

「え?」

「ずっと疑問に思っていたのですけれど、あのカラム・ザハラーンは本当にザハラーン家の血を引いた人なんですか?」

 レジナルドの鋭い物言いにテリオスも振り返る。

 ドラマンはわかりやすく言葉を失い、視線が泳いだ。

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