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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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神殿の設計図

 ユーニスはじっとアバルトを見つめていたが、状況は変わらなかった。

 息を吐き、懐から封筒をもう一度取り出した。今度は別のものだった。アバルトに手渡した。見た目からして、かなり古めかしい書状のようだった。

「メルリさんから、困った時はさらにこれを見せるようにと書いてありましたので」

 その言葉に難攻不落の要塞が陥落したかのように、アバルトは張り詰めていた空気を解いて、声を立てて笑って見せた。

「これはまいったねぇ、こんな書類まで出された日には、こちらも対応しなければいけない。親父さんを亡くして、そればかりか不当な扱いを受けたままで生涯を終えてしまうのかと思っていたが、不要な心配だったらしい」

 アバルトはかったるそうに話すが、その表情はやけに明るいものだった。大切なものだからと、受け取った書状をユーニスに戻すとようやく口を開いた。

「あの神殿はカイロス様を祀った神殿だ」

 アバルトは口をすぼめ、再度キョロキョロと周囲を見回した。セシリオは話を促したかったが、辛抱強くアバルトの次の言葉を待ち続けた。

「――俺もはっきりと聞いたわけじゃあないし、確証があるわけでもない。あの神殿、入り口からエントランスの広場を抜け、建物に入ると、カイロス神の祭壇と祈りの間がある。割合広い建物で、回廊が張り巡らされ、中庭なんかもある。知っていると思うが普段は閉ざされているが、あの神殿を建設した当初は、市民の人々が祈りを捧げたりと、利用できるようにスペースが様々あった。つまり、身寄りのない人や戦争などで、行き場をなくしこの地にたどり着いた人を一時的に受け入れることができるような、そんな場所を兼ねていたのだと儂は思うね。ただ――」

 壁にそって並べられた大きな壺に丸められたいくつもの書類が突き刺さっている。アバルトは立ち上がり、その壺からあれでもないこれでもないと、書類を開いた。建物の図面であることは、素人のセシリオにもわかった。

「様々な建設に携わっているのですね」

 思わず口をついて言葉が出る。

「そうだ。時には不思議な依頼を受けたりもするんだ。俺ではないけれど……確か、先代かその前か。とある商会から、スラム街に建ててほしいと言って。しかもなぜか、何に使うんだか地下室も入り用だと。不思議な依頼をうちで請け負ったことがあると聞いたな――と、まあいいとして、これだな」

 その中からひとつ、書類を取り出すと三人の前に広げて見せた。

「これは?」

 ユーニスは一瞥して顔を上げる。セシリオは専門家ではないので、はっきりと断言はできないものの、建物の図面だと直感した。

「神殿の図面だ。それで、この部分」

 アバルトが指したのは、小さな四角の枠組みだけが描かれた部分だ。

 詳しい説明などは、カイロス語で書かれているので、セシリオには判別ができない。隣にいるカイも首を傾げていた。

「地下室ですか?」

 ユーニスが驚いた声で反応し、アバルトが神妙に頷く。

「これは、今から数百年前に神殿建設を請け負った際に使用した図面だ。俺たちの先祖が嘘を書くわけがない。それは保証できる」

「あの神殿には地下室があるのですか?」

「図面上ではな。しかし、少なくとも俺の代になってからは、一度も入ったことがない」

 三人はその言葉に顔を見合わせた。

「地下室には一体、何があるのでしょう?」

「現在は使われていないだけでは?」

 様々な憶測は飛び交うがはっきりとした答えは見つけられない。

「俺も最初、他の業務の関係であの図面を見て地下室があることを発見したのだが、神殿に地下室なんて少々不似合いだと思った。食品などの貯蔵庫として、最初の設計の段階で作ってはみたが、いざどうしようとした時、何らかの不具合が生じて、使えなくなってしまったのではないかとね」

「今では、地下室の修繕依頼というのは、なかったんですか?」

「ないね。だから俺は最初から地下室なんてそもそもないものだと思っていたんだ。だから、図面で見つけて驚いたわけだ」

「地下室の扉がどこにあるか、図面から分かりますか?」

 ユーニスは神殿の地下室に何か感じるものがあったらしく、身の乗り出すようにして聞いていた」

「図面上ではだが、ここになっている」

 アバルトは図面の一部を指した。

「ここは?」

「カイロス様の祭壇。真後ろだ」

「え?」

 意外な場所にセシリオは声を上げる。

「そこで、扉を見たことはありますか?」

「いや。そもそもカイロス様の像のあたりは、神聖な場所だからといって、俺たちでもそうそう近寄れないのでわからないな。それにこの図面、見てもらってわかると思うがかなり古いもので、現在とは異なっている可能性もあるかもしれない」

「じゃあ、ここ以外にも入口があると?」

「可能性はあるな。どこかはわからぬが」

 アバルトは肩をすくめる。

「単刀直入に伺いますが、今でもその地下室は使われているとお考えでしょうか?」

「その質問には間違いなく”イエス”だな」

 アバルトは迷いなく即答した。

「何か根拠が?」

 ユーニスが鋭い視線を投げかける。

「はっきりとした、根拠と言う程のことではないが、朝の早い時間に出入りをしているような話を聞いた」

「聞いた? つまり、女官か神官の話を聞いたのですか?」

「ああ」

「その時の会話を覚えている限りで構いませんので、教えていただけませんか?」

「確か『地下室の花が――』とか、『明日の地下室の――』とか。神殿で作業をしているときに、通りすがりにそんな会話を聞いたことがある。断片的にたまたま耳に入ってきたくらいだ」

「でも『花が』って言葉も不思議ですね。地下室で植物を育てるのもあまり考えがたいことですし」

 セシリオは疑問に思ったことをそのまま口にした。

「俺もそう思ったな。植物を育てるにしても――例えば、地下室に大きな採光窓があるなら、まあ、わからなくはない」

「そういった設備は特にないのですね」

「あれば、一階のどこかから、地下室の様子を見ることができるだろう? そんなのは見たことも聞いたこともない。だから、地下室が何のために使われているか、何のために作られたのか、皆目見当もつかない。」

 暗礁に乗り上げたのも同義であった。神殿の謎は深まるばかり。

 カイロス神の像の影に一体何があるのか。

 ユーニスもさすがにお手上げのようで、それ以上に聞くべき言葉が見当たらないようだった。

「失礼します」

 四人の沈黙を破ったのは、先ほどこの部屋まで案内をしてくれた、従業員である。慣れない手つきで盆に用意した飲み物を持っている。その盆を絨毯の真ん中に置こうとして、そこに広げてあった図面を見た。

「神殿ですか?」

 図面を少しずらして、お盆を絨毯の上に置く。

「ん、ああ」

 アバルトは返事をしながら、少々慌てふためいた様子を見せる。

「あの神殿。よく修繕などの依頼を受けて、仕事に行くじゃないですか? その度になんとなく怖いなって実は思っているんですよね」

 従業員の男は、アバルトのことなど気にも留めないような様子で、つらつらとそう話した。

「そうなんですか?」

 ユーニスは彼のことを見上げる。

「知りませんか? あの神殿、結構な曰く話しがあって――まあ、早い話が幽霊が出るって。有名ですけどね」

「ゆうれい?」

 カイが戦々恐々と身構える。

「夜になると啜り泣く声がするとか、神殿の中で足音がするとか――まあ、あくまでも尾ひれのついた噂なんでね。実際に見たことがあるかと聞かれるとそうではないですけど」

 従業員は笑い飛ばした。ユーニスの中では何か光明を感じ取ったようで、

「すみません。僕らは少々事情がありまして――このカイロスの国の事情にはうとくって」

「いや。皆まで言わなくともわかっている。親方は出身国なんて関係なく面倒見てくれるから気にしなさんなってこと。俺もその一人だから――エルマだ。よろしく」

 従業員のエルマは何を勘違いしたのか、ユーニスたちを他国からこの国に亡命してきたのだと思っているらしいとその話ぶりから思われた。ユーニスは勢いを削がれ、口を開けたままだったが、すぐに自分の調子を取り戻し、話を続ける。

 

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