名工アバルト
最上階まで階段を駆け上がる。
案内されたのは、部屋には扉があるわけではなく、ざっくりと様々な色の毛糸で編まれた布が天井から下げられている。
「失礼します。親方……」
伺うような声で従業員が中に入っていくと、執務机と積み上げられた書類と、睨めっこをしながら今にも泣き出しそうな表情に書類を確認する、お人好しそうな顔の男と、その傍らに屈強な体つきの男が書類を持って立っている。
セシリオたちが、部屋の中に入ると必然的に視線はこちらに向けられ、
「何用か? 親方様は大変お忙しい方であらせられるため……」
「すみません、こちらを」
案内した従業員の男は、ユーニスから預かった書類を屈強な男に手渡し、ひと目見て書類は親方の執務机の上に届けられた。
「二人とも席を外してもらえるだろうか」
悲鳴でもあげそうな悲痛な表情を一変させ、親方は人を寄せ付けないオーラを解き放つ。
「御三方はこちらへ」
二人の従業員が姿勢を正して、部屋を出て行き、階段の音が遠くなる。親方は三人を部屋の真ん中にある絨毯の方に呼び寄せた。
「すみません、お忙しい時に」
ユーニスは前置きをして、絨毯の上に腰を下ろすので、カイとセシリオも斜め後ろに二人して続いた。
「それは、お互い様です。皆さんも急なことで大変だったでしょうに」
「……僕たちのことをご存知でいらっしゃるのですか?」
ユーニスは目を大きく見開く。
「これはザハラーン家のメルリ君からのものだ。彼がこの文書を渡してくると、言うことはよっぽどの事態なのだろうと理解できる。つまり、カイロスの祝福が関係している時だとね。現当主のカラム・ザハラーンがこんな気の利いた手紙をよこしてくることはまずないからな。――挨拶が遅れてすまない。私は、アバルトだ」
「初めまして、アバルトさん。おっしゃる通りです。僕らはカイロス様の祝福を受けて別のパラレルからきました。私はザハラーン家の直系一族の末裔でして、ユーニスと申します。二人は――こちらが、セシリオさんとカイさん」
ユーニスの紹介を受けて、セシリオとカイはアバルトと視線を交えてそれぞれ小さく会釈をした。
「ご存知かと思いますが、他のパラレルに迷いこんだ時、まずは自分の一族がいるなら、そこに頼ると言う掟に則って、ザハラーン家を頼ったのですが、どうも異様な雰囲気だと思いまして。不躾な質問で申し訳ないのですが、ザハラーン家はどうしてこんなことになってしまったのでしょうか?」
「ユーニス君のパラレルでは、聞くまでもないかもしれないが、ザハラーン家は安泰であるのだね?」
「はい。ですから、同じ一族の者として、このパラレルのザハラーン家を見ているとやり切れない気持ちで一杯になってしまって……」
これまで何でも無いように振る舞って来たユーニスだったが、やはり内心、自分の一族についてそれなりの気持ちを抱えていたのだろうと知る。アバルトは気まずいように視線を逸らして、頬を引っ掻いた。
「なんと説明したらいいだろうか。俺も当事者って訳では無いから、ほとんどが又聞きした話なんだが――メルリが五歳のときに、親父さんが亡くなった。表むきには食あたりだと言われたが、本当は”毒殺”だとまことしやかに言われていた」
「犯人は?」
アバルトは首を横にふる。
「メルリの両親の遺体はもちろん、検死も行われたが、とくに不審な点はなかったと言われている。ただ、両親が亡くなって、家督が唯一の子息であるメルリのところに行くのかと思われたが当時、亡くなった当主の秘書をしていたハルン・ドゥニャが引き継いだので、それで殺人だったのではと憶測が飛び交ったんだ。ただ、その時の本人の釈明として、メルリがまだ成人していないから、一旦は自分が引き継ぐが、時が来れば正統な後継者に戻すと四方八方に触れ回ったので、確かに言われてみるとそうかと、言う形で収まったんだが。当時はメルリもまだ五歳の少年でその通り家督を継ぐと言っても現実問題としては無理だからな」
「でも今のメルリ様でしたら家督を継げるのでは? まだ大人とは呼べないかもしれませんが、カイロスの国では――私が居るパラレルではそのくらいの年齢で、立派に商いをしている者もおります」
親方は腕を組んで表情を暗くした。
「彼に会ったのならわかるだろうが、メルリがまともに商人としての教育を受けているように見えたか?」
「いいえ」
ユーニスの言葉に、部屋の空気が凍りつく。
「俺も同意見だ。メルリが受けているのは、下僕としての教育のみ。たぶん、今度は程なくして、当主としての資格がないとかそんな発表をあいつはするのだろう。誰もそんな指摘はしないけれど、みんながそう思っている」
「だからこそ、メルリの両親はやはり何らかの方法で殺害されたのだろうと、そんな噂があるのですね」
「おっしゃる通りです」
セシリオの言葉にアバルトは頷く。話を聞けば聞くほど居た堪れない気持ちになる。
ユーニスは俯いたまま、深く何かを考え込んでいるように見えた。しかし、所詮は他人。しかも他国のことで、その事についてひどいとか、悪質だとか言葉をかけることはもちろんできるが、ただ本当にそれだけで、何の解決にも前進にもならないと思い、セシリオはあえて言葉をかけることはできなかった。
ユーニスはその心配をよそに自らの意思で顔を上げる。
「現当主である、ハルン・ドゥニャが、ザハラーン家の当主を殺害して、次期当主を目指していると思うのなら、現当主ではなく、子息のメルリを殺害する方が容易いのではないかと思うのですが……つまり、嫌疑をかけられてまで、当時の当主を殺害する必要性があったのか。殺害したのは、別に理由があったのではないかと?」
アバルトは周囲を警戒するように、キョロキョロとみやって何もないことを確認すると、顔を近づけ、
「みなさんは、以前にこの国で現国と王弟派の争いがあったことは? ――すでにご存知でしたか。いや、亡くなったザハラーン家の当主は現国派だったんです。ですが、ハルン・ドゥニャになった途端にザハラーン家は王弟派に鞍替えして。後から聞いた話ですがね、どうもそのあたりで揉めていたことがあったようだ。ハルン・ドゥニャがこれからは王弟の時代になるでしょうから、そちらにつくべきだとと何度も進言をしたようだ。ただ、当主は聞く耳を持たずだったようでね。結果をみるとそうだった訳だから、家としては良い選択をしたとみるべきだろうが。まあ、それが直接的な原因かどうかはわからないが、当主が亡くなった矢先に、かなり噂になった出来事だったからな。亡くなってすぐに王弟派と宣言をだしおって。――この辺りで疑問の答えにはなったかな?」
アバルトの説明は的を得て、わかりやすいものだった。
「ありがとうございます。僕たちが聞きたいのはザハラーン家のことと――もう一つ、神殿のことです」
アバルトの顔つきが険しくなり、口を閉ざすので、ユーニスはさらに言葉を連ねる。
「あの神殿を建設したのは、アバルトさんの先祖の方だと伺いました。あの神殿がどうして建設されたのか、何のためのしんでんなのか。ご存知のことがあれば教えて欲しいのですけれど」
「それは……取引先との守秘義務があるから、あんまり答えられないね」
アバルトのその言い方は、セシリオでも声を発することをためらう程、レジナルドのようなアルファとはまた異なる凄みが感じられた。
「私たちはカイロス神の祝福でこちらに来ました。僕らがこのパラレルに来た、一番の要因にあの神殿の何かが関係しているのではないと思われるのです。守秘義務があるのは、重々承知していますが、そこをなんとか教えていただけないでしょうか」
ユーニスは下手に出て、そう問いかけたが、よっぽど話しにくいのか簡単には首を縦に振らない。




