求人
セシリオ視点
メルリが示してくれた通り、右の道を進んでいくと、壁に突き当たった。その壁の右側にドアノブのような取っ手が壁からにょんと突き出ており、その取っ手を押すと、眩しい光に包まれ一瞬目を細めたが、外に行き当たったのだとわかる。目が慣れてくると周囲を見回す。
ザハラーン商会に来た時のような廃屋の建物だった。もちろんそことは別の場所である。
三人は外に出て、扉を閉めた。すると、扉は壁と一体化し、引く取っ手もないので、こちら側からは開けることができない仕組みになっているようだ。
外に出てあまりの眩しさに三人は目を細めた。
「表通りに出る前に、資料の中身を一度確認してもいいですか?」
「もちろんです」
ユーニスの申し出に、セシリオは頷く。
メルリからもらった資料は、カイロスの言語で書いてあったのでセシリオにはよく理解できなかったが、ユーニスは、
「これは、メルリさんの今日の行動記録ですかね?」
なぜそれを入れたのかはわからなかったが、ユーニスはその用紙にさっと目を通してから次の紙を見た。
「これは……まず、ここに名前のある神殿の建築に関わった職人の一族の家に行ってみましょう」
ユーニスの提案にカイとセシリオは頷く。
二人はメルリが用意してくれた衣服に着替えようとしたが、カイは、
「初めて他人からもらったモノだから」
と、言って元々着ていた黒の着物の上から、生成りの白の大きなワンピース型の衣服をすっぽりと被るので、少々見てくれはアレなのだが、そう言われるとカイの意思を尊重すべきだと思った、もしかしたら、脱ぎ捨てた衣服は元の世界に戻らないかもしれないと、ユーニスは言いながら、衣服を被るので、セシリオもカイに習った。
「その職人の名前は?」
「アバルトと、言う者です。この町は中央に公衆の温泉浴場があってその向こうの……」
「温泉? カイロスの国にも温泉があるのですか?」
セシリオは年がいもなく目を輝かせる。
「ええ、まあ。源泉がある地域に限られるので、どこにでもあるって訳ではないんですけれど。ここにはあるみたいですね。ともかく行ってみましょう。地図も同封してくれていて……えっと、こっちの方角ですね」
ユーニスが指した方角に向かうため、三人は廃屋出た。出たところは大きな通りに面していた。
子供達が笑顔で走り去り、商人と思われる人々が、ある人は忙しそうに、別の人はラクダに荷物を乗せ運ぶためゆっくりと歩いていた。露天商を開く者もいて、第七王子が誘拐されたことなど、まるでなかったかのような賑わいである。
ユーニスは人混みをすり抜けて、まるで泳ぐように渡っていくので、セシリオもそれに遅れを取らないように早足に続く。
岩石を切り出して作った幾つもの建物を通りすぎて、
「ん?」
と、カイが目を細める。
セシリオは過ぎゆく景色ばかりに気を取られていて、気づけなかったが、カイの視線の先には、湯煙が立ち上っていた。
小走りに向かうと、道が突き当たり、柵で囲われた真ん中にプールのように開かれた、温泉浴場がある。
「なんと言うか……開放的ですね」
感嘆の声を漏らす、カイの感想は的を得ていた。
湯煙たちのぼる、その大きさから”池”とでも、表現できる浴槽の中には、薄手の布を体に巻いただけの老若男女が一緒くたに、湯につかっている。
「キレいなひと。よかったら一緒にどうです?」
きゃっきゃとした声がして、ふとそちらを見ると、幾人かの若い男女がセシリオたちの方をみていた。
苦笑いに視線を逸らす。タイミングよくユーニスが歩きだしたので、ほっとしてそちらに向かう。湯煙の隙間からは、談笑したり、気持ちよさそうに目を閉じる人の姿を横目にして、ともかく目的地に足を進めた。
「ここ……ですね」
ユーニスが足を止めたのは、大通りから路地に入った裏手にある、集合住宅と思われる建物の入り口だ。ユーニスが戸惑うのも無理はない。見た目からは、人がいる形跡が見られないためだ。ユーニスは手元にある資料と何度も見比べて、ここが、目的地であることを確かめていた。
「メルリさんの資料からは、神殿の建設と、現在は修繕を一手に引き受けて、出入りをしている業者であるようです」
ユーニスはそう話すと、意を決して中に入る。
扉と言っても、ぼろっきれの布がかかっているだけなので、その布を寄せて、
「@@@#$……」
と、声をかける。共通語ではなく、カイロスの母国の言葉で話すので、セシリオたちには、彼が今なんと言ったのか、聞き取ることはできないが、恐らく”すみません”と、いうような言葉をかけたのだと察する。
中に人はいるのだろうかと不安に思い、ユーニスが持ち上げた、布の隙間から中をのぞいてみるのだが、その様子に驚いた。
外観からはわからなかったが、中には何人もの従業員が行き交い、活気のある様子が伺えた。
「すみません」
ユーニスは今度は共通語で呼びかけると、一斉に中の人たちがこちらを見た。
その各々の顔つきを見ると、カイロスの国の出身では明らかに無い者もいるようで、様々な国籍や人種が働いている印象を受ける。セシリオやレジナルドの母国の者がいないだろうかと、キョロキョロと見回してみたが、同じルーツを持ちそうな人は確認することはできなかった。
「はい。えっと、お仕事の依頼ですか? それとも求人を見てのご希望ですか?」
「求人?」
「え、あ、はい。その表の壁に貼っておりますが……」
対応している従業員は共通語で話してくれたのでようやく理解ができた。しかし、その言葉に戸惑った様子で、セシリオがひょいと外の壁を見てみると、かなり昔に貼ったもののようで、ところどころ切れたり、破れたりしているが、同じ紙面が壁に二枚並んでいる。一方は共通語で、もう一方はカイロス語で書かれたものである。
「あ……違います。親方のアバルトさんにお話を伺いたいことがございまして」
冷静沈着なユーニスも、しどろもどろになりながらそう答える。
「はあ、えっと、そちらさんたちはどういった?」
求人ではないとわかった途端に従業員の目つきが不審なものを見る目に変わる。ユーニスは先ほどメルリから預かった封筒をとりだし、その中から一枚の紙を見せた。
「こちらを渡していただければわかるかと」
訝しげな表情を向けていた従業員の男だが、その紙を受け取るとさらに表情を一変させ、今度は慇懃な態度を見せる。
「こちらへどうぞ。ご案内いたします」




