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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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作戦

レジナルド視点

 兵士はヒューと名乗った。

 これから何の対応をさせられるのかと聞くと、犯人一味から身代金の受け渡し場所をすでに指定されているので、其場所へ一緒に行き、必要があれば交渉してほしいのだと無茶苦茶な話をする。

 「私達が目指すのはこちらです」

 色々なところに折り目や黒ずみが出来た、しわくちゃになった地図を一生懸命に手で広げてとある部分をさすのだが、それでもかなり見えにくい。

 大体の場所から推察して、町外れの神殿近くの建物かと思われた。

「この周囲には何があるのです?」

 テリオスの質問は的確で、今まさにレジナルドも聞こうと思っていた事項だった。

「特に何があるって訳じゃないんです。むしろ何もないと言いますか……」

「人は住んでいないのですか?」

 ヒューはなんと言葉を伝えたらいいのかとでもいうように、視線を彷徨わせた。

「つまり、その……国として居住実態を把握していないのです」

「スラム街ですか?」

 レジナルドのキッパリとした物言いにヒューは少し間があって、頷く。

「――家を持たない人々がたむろしているとでも言いましょうか。この辺りは一般市民ならほとんど近づこうと思わない地域なんですよ」

 遅れて部屋に入って来たドラマンが控え目に説明を付け加えた。

 驚くとか嫌とか言う印象はなく、それがこの国での共通認識なのだと、話ぶりから感じた。

「金を運ぶ荷物の手筈はどうなりました?」

 ドラマンが遅れて入ってきたのは、その理由からだった。

 あまり、芳しくないのだろう。

 不穏な表情を見せる。

「秘密裏に動くのであれば、馬車はやめたほうがいい」

 テリオスはそう言った。

「その理論はわからなくないが、じゃあ、金はどうやって運ぶ?」

「背負っていけるか?」

「背負ってか」

 レジナルドは、苦々しく頷く。

「しかし、今から背負えるものに金を移し替える時間なんてありませんよ」

 ヒューはアワアワとしてそう言った。

「荒縄があれば、木箱にくくりつけて、背負えるように輪っかをつくようにして、縛り付けたらいいのでは?」

 テリオスはそんな荒技を思いつき、なんでもないことのように言う。

 周囲の空気が一瞬白けたのは言うまでもない。彼は一体、どんな過去を持って今、ここにいるのか、レジナルドも時々不思議に思われてならない。

「逃げるには向いていない格好だが、まあ、大きな荷台で運ぶよりはマシか」

 それに、そんな苦行を強いられているような格好ならば、スラム街の住民達からも奇異な目で見られることは少ないだろう。


 

 近くまでは、荷馬車で運び、スラム街が近くなったところで、車は引き返す。

 レジナルド達は、背負うことができるよう、二つの輪っかを荒縄で縛りつけた木箱を背負う。歩くたびに縄と木箱の軋む音がした。

 ドラマンは渋々と言った様子だったが、本当に反対をしているのなら、辛辣な言葉を並べたてそうなものなのだが、そうではないところをみると、かねがねレジナルドとテリオスの提案に反論はないのだろう。

 この先、緊迫した状況が予想されるため、不要な仲間割れは避けたいと思っているところだった。

「地図で示されていた場所はこの先ですか?」

「はい、もう少し先です。ついて来てください」

 ヒューは頼りなさげに言った。

 彼の態度に対して急にレジナルドは不安を覚える。

 しかしそれを今、口に出したところでどうしようもないことをわかっている。周囲を気にしながら、ゆっくりと歩くヒューの後ろに続くことしか今は出来ないのだと。

 肩にかかる金の入った木箱の重さにため息を何度も漏らしながら、ヒューの後ろに続く。

 テリオスが不意にレジナルドの横について、耳打ちした。

「なんだかおかしいと思わないか?」

「ん」

 ヒューや、他の金入りの木箱を背負っている兵士たちに気づかれないように返事をする。

「ヒューってやつ。相当の手練だ」

 レジナルドは返事をしない代わりに、テリオスに鋭い視線を向ける。

「あの男、のらりくらりとしているが、気配の消し方がプロの領域だ」

 テリオスはさらに聞こえるか聞こえないぐらいかの小さな声で囁く。

「一体これから、何が始まると思う?」

 レジナルドはそう聞き返すが、テリオスは鼻で笑うだけだった。

「わからない。でも今、出来ることはここで自分の役目を全うするしかないということだ」

 テリオスの言葉は最もで、二人にはもう”行く”選択肢しか残されていない。

 この国のカイロス神が何を望んでいるのか、それを見極める必要がある。

「今のところ死の心配はなさそうだが、それでも全ての情報を鵜呑みにできる訳じゃない。君がいなくなってしまった時の責任を私は取ることが出来ないから」

 レジナルドは、はっきりと名前を出すことはしなかったが、カイのことを含めたつもりだった。効果は抜群だったようで、 テリオスは苦いものでも飲み込んだようななんとも言えない表情をみせた。しかし、それはレジナルドも一緒である。ここからは気を引き締めていかなければならないと、口を一文字に結んだ。

 ヒューは迷うことなく、真っ直ぐに進み、行き着いたのは、荒廃が進んだ一つの建物だった。ためらうことなく中へと足を踏み出している。

 レジナルドが立ち止まって、建物全体に目をやっていると、後ろに目でもついているのか、ヒューはすぐに振り返り、

「ここです。ここが指定された場所です」

 と、申し訳なさそうに、にへらと笑う。


――相当の手練だ。


 テリオスの言葉が頭の中で反芻され、一層気が引き締まる。

 狭い建物の空間の中で何かあった場合、対処に難儀しそうだと思って立ち止まったのだが、こうなっては進むしかない。

「すみません」

 こちらも差し障りの内容な気安い声で、急足に建物の中に入る。

 ずいぶん長い間、ここに放置されていたのだろう。床も壁も荒んだ様子だったが、なぜか床だけは妙に埃がない。

「この辺りは先ほども申し上げた通り、町の生活からあぶれた者たちが集落をなして住んでいるのです。この辺りには住居になりそうな巨石群はありませんので、建物を一から建設するしかなかったんですね」

 ドラマンは一人ごとのように呟く。

「この辺りの方が巨石の中に住居を築くのはやはりその堅牢さからですか?」

 彼の言葉にレジナルドは小声で応答する。

「そうですね。やはり自分の商会で取り扱っている商品や金銭を守ることが、お客様の信頼にもつながりますから。――よく押し込みに入られて、商品が盗まれているなんて噂の立つ商会と、わざわざ取引をしたいとは思わないでしょう?」

「まあ確かに」

「ですから巨石の、住居や店舗になりそうもないこの辺りは、元々なにもなかったんです。しかし、商売というものは先がみえません。巨万の富を得ることも、その翌日、一文無しになってしまうこともままあることのなのです」

「商売で失敗し行き場をなくした人が自然と何もないここに集まって集落を形成し、こういった建物を自主的に建てたのですか?」

「人はそうですけれど、この辺りの建物については違いますね。えっと――もうどのくらい前になるのかわかりませんが、当時、巨万の富を築きあげた商人が慈善事業の一環として、このあたりの区画を整備したらしいです。ですが、その商人が亡くなるか、事業が傾けば、こちらにお金は流せないですからね。そのまま放置されて現在に至るという訳ですね」

 ドラマンはぼそりと説明する。

「誘拐犯がわざわざこの場所を指定したのは、この辺りの地理に長けているからですかね?」

 なんとなしに言った、テリオスの言葉が鋭く響く。

「この辺りの住民は大金を積まれれば、自分の信条や理由に関係なく、それが犯罪であったとしても、行動しようとするものがほとんどです」

 振り返ったヒューはそう言って、この辺りの住民たちの危険性を説こう説こうとするのだが、ここまで金を詰めた木箱を背負ってきたレジナルド達に、襲いかかろうとする者はいなかった。

 そもそも、テリオスが提案しなければその危険を顧みず、荷車を押してここまで来ようとしていたのかとしていたのだろうか。そこも気になった。

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