本当のザハラーン
ちょうど枝分かれする道に差し掛かったところ。
左手の通路からこちらに向かってくる足早な足音が聞こえ、反射的にそれぞれが身構えた。ユーニスがカンテラのあかりを消そうとしたところに、走ってきた人物の姿が浮かび上がる。
三人の姿を見ると、ホッとした表情を見せ、ぜいぜいと息を整えてようやくその人は顔を上げた。なぜか、着太りしたようにお腹の辺りがぽっこりと突き出ている。
「メルリさん?」
ユーニスの呼びかけに、メルリはパッと表情を明るくした後、すぐに申し訳なさそうに表情を歪めた。
ほかに足音も人の気配もないので、メルリは一人でやって来たようだった。
「安心してください。僕は皆さんを苦しめたりするためにここに来た訳ではないのです。……食事にまぜものをした僕がこんなことを言える立場にはないのですが……」
「いや、信じるよ」
カイが言葉を続ける。
「確かに食事には薬が混入してあったけれど、飲み物には、薬の効果を中和する解毒剤が含まれていましたから。だから、食事に薬に混入したのは、メルリさんの本意ではないのだと思いました」
メルリはカイを見て、柔らかな表情を浮かべる。
「ハルン・ドゥニャには何らかの理由で、皆さんがまたタイムループをしたと思わせるように後ほど報告しようと思います。ですから、多少の時間は稼げるはずです」
「なぜそんなことを?」
「僕はこの永遠に繰り返されるタイムループを終わらせたいのです」
「ループを終わらせる? 貴方もカイロスの祝福を受けてここにいらっしゃるのですか?」
「いえ、僕は生まれてからずっとこのパラレルで生きています。なんですが、なぜか今日と言う日をもう百回以上繰り返しています」
「百回?」
途方もない数字に三人は口々に声をあげる。
「実は、今までもカイロス様の祝福でこのパラレルに来られた同族の方はおりました。しかしながら、ハルン・ドゥニャの奸計によって誰もが使命を達することができずに……」
「今までこのパラレルに送り込まれたザハラーン家の人々はどうなったのです? まさか、命を……?」
「わかりません。祝福でこちらに来た人のタイムループは三回までとなっています。それはご存知ですよね?」
ユーニスが頷いたのを見て、メルリは話を続ける。
「ですから、三回は同じ顔を見ても、四回目からは現れません。四回目以降は、今度、別の人がいらっしゃるわけですし。僕はこのパラレルにおいて、カラム・ザハラーンの従者ですので、表立って何かをできる状態ではありませんし」
「メルリさんは、もしかして、……ザハラーン家の血筋を?」
ユーニスの問いかけにメルリは目を大きく見開いて、彷徨わせる。少ししてから、ようやくこくりと頷いた。
「不甲斐なく申し訳のないことですが……仰る通りです。すみません、ザハラーン家の者として、家の掟を守ることができず」
ユーニスはメルリの肩に手をやって首を横に振る。
「いいえ。むしろ、今ここにメルリさんがいらっしゃると言うことは、むしろそれを果たそうとして、来てくださった訳ですよね?」
「……ありがとうございます。話を進めますが、このままだと、今日の夕方には神殿が襲撃され、ルトフ王子をはじめとした、多くの者が亡くなります」
「襲撃? 犯人は?」
「わかりません。その前に、また今朝に戻ってしまうので」
「他の人――ハルン・ドゥニャ本人はタイムループに気がついているのですか?」
「気がついていないと思います。それをはっきりと聞いたことはありませんが、彼は本当に毎日同じことを言って、同じ動きをするので」
「気がついているのは、現在はメルリさんだけなんですかね?」
メルリは恐る恐る頷く。
「確証はありませんけど。僕もふとした瞬間に気がついたんです。昨日と同じ日が続いていないかと? ですから、実際に今日のループはもっとあるのかもしれません。――それで、他の従業員にそれとなく聞いてみたんですけれど、誰も認識している人はいなくて、むしろ何を馬鹿げたことを言っているんだと一笑されてしまったくらいですから。それからは聞いていませんが」
メルリはそう話ながら、ローブの中に隠し持っていた、封書等を取り出すと、ユーニスの方に差し出した。
「これは?」
ユーニスはこわごわと両手で封書を受け取る。
「繰り返される毎日をただ漫然と過ごしていた訳ではなくてですね、自分なりにタイムループを繰り返す意味を考えていました。そこで、皆さんと同じように、”神殿”と”ルトフ第七王子”が関係しているのではないかと思いまして、自分なりに調べていました。これは繰り返す時間の中で、わずかですが調べられたことを書き留めたものです。先ほど質問されていた、神殿建設に関わった職人についても分かった範囲で書いています。あと、今後もしかしたら必要になるかもしれないと思われる書類もいくつか」
「こんなにたくさん」
ユーニスは封筒の中に折り畳まれた紙を見て声を上げた。
「僕も皆さんを待っていたんです」
「僕らを?」
「今まで、名前を覚えきれないほど、たくさんの方がカイロス様の祝福を受けて、ここに来られました。その中にはザハラーン家ではなかった者もいます。お顔を拝見し、お名前を伺う限り、それぞれ皆さんそれなりの地位と能力がある方だったと思われますが、誰もこの悪夢のようなタイムループを解決してくださる人はいませんでした。ですが、今回皆さんに会ったとき、皆さんであればこの悪夢を解決してくれるのではないかと直感的に思いました。どうか、お願いいたします」
メルリは何かに睨まれたかのように、一瞬後ろを振り返った後、再度こちらを見て、
「――申し訳ございません。僕もあまりここには長くいられません。怪しまれてはいけませんから。そろそろ行きます」
表情をさっと変えたメルリに対して、ユーニスは名残惜しいように手を伸ばすが、その手がもう彼に届くことはなかった。
メルリはもう一度だけこちらを振り返ると、
「この分かれ道を右に進むと、町の外れに出ます。私の父、カラム・ザハラーンはハルン・ドゥニャに毒殺されました。彼は本当の意味でのザハラーン家の末裔ではありませんので、この抜け道のことは知らないはずです。ですから、大丈夫でしょうけれど、町中では、ハルン・ドゥニャの手の者がどこに潜んでいるかわかりませんので、十分に気をつけてください。あと、それから……」
メルリは、ローブをめくりあげ、中に潜ませていた大きな麻袋を取り出す。
「その衣服だとさすがに目立つと思いますので、これを使ってください」
「ありがとうございます」
セシリオは麻袋を受け取った。
「メルリさんは本当に大丈夫ですか?」
ユーニスの声が響く。
「心配しないでください。これでもザハラーン家の末裔です。自分のことは自分でなんとかできますから」
「どうかご無事で」
メルリは笑顔を見せる。
「皆さんもくれぐれも気をつけてください。では」
そう言い残し、来た道をそのまま走って引き返していく。その姿が真っ暗な暗闇に消えて、足音が遠ざかり聞こえなくなるまで、見つめていた。




