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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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脱出

セシリオ視点

「カイロス様の像が倒れたかな?」

 カイが声を上げる。

 先ほどここまで、歩いてきた廊下や向こうにあったカイロス神像のある広間の様子を思い出したが、何かそれほど音をたてそうなものは無かったように思われた。

「いや、そうではないと思う。もしそうだとしたら、もっとバラバラと崩れ落ちる音がするのではないかと思いますから。でも、ここに長居するのも良くなさそうですね」

 ユーニスは立ち上がり、冷静にキョロキョロと部屋の中を見遣って壁をトントンと軽く叩いた後、耳を当てて何かを聞き取っていた。

「ここだ」

 耳を押し当てていたユーニスが飛び上がり、そのあたりの壁を両手で押し始める。

 側からみると、一体何をしているのだろうかと思っていたが、壁がぐんとユーニスの押しこめられてくぼむのをみて、セシリオは驚きのあまり声を失った。

「手伝います」

 ポカンとしているセシリオを残して、カイは状況を察知し、すぐにユーニスの隣に行くと、同じように壁を両手で押し出す。

 二人が力一杯押すと、みるみるうちに壁は扉のように斜めに折れて開き、その奥に真っ暗な闇――いや、通路が現れた。

「僕らはカイロス様の期待に応えることが、何よりの急務です。ここを抜け出しましょう」

 ユーニスは、肩で息を切らしながらも、表情は晴れやかだった。

「もちろんそれは賛成ですけれど、レジナルド達には……」

 セシリオが心配したところで、さらに廊下に響く音は大きくなり、少しして部屋の扉にノック音がする。さんにんは顔を見合わせるや否や、カイはユーニスとセシリオの手を引いて、素早く、現れた暗闇の通路に二人を連れ込むと、すぐに岩石でできた壁の扉を一人で何とか閉める。

 しんと静まり返り、目の前が真っ暗になった。

 反射的に息を潜めたが、閉じた岩石の扉の向こう側の音はもう何も聞こえない。

 シュッと紙を擦る音がして、ふっと周囲が明るくなる。

「ふう」

 ゆらめくあかりと、マッチを持つカイの表情が見える。彼は黒いローブの中から蝋燭を取り出して、マッチの火をつける。

 物音がしてそちらを見ると、ちゃんとユーニスの姿が会って、ほっとした。

「ありがとう。カイさんの判断と行動が早くて助かる。僕は体で動くよりもまず、頭で考えてしまうタイプなので」

 ユーニスはそう言いながら、しゃがみ込み手探りに何かを探しているようだ。

 彼が立ち上がった時には、片手に明かりの灯ったカンテラを持っていたので、カイはふっと息を吐いて蝋燭の火を消した。

「行きましょう」

 ユーニスが歩き出す。セシリオはもう一度、後ろの壁を振り返ってみたが、再び開く気配は無かった。

「大丈夫です。さっき、向こう側からは開かないように鍵をかけましたので。もしこの通路を見つけたとしてもいよっぽどのことをしないと、こちら側には来れないと思います。ですが、悠長なことを言っていて、通路の出口に先回りされないとも限りませんので、ともかく急ぎましょう」

 セシリオ達は小走りに暗闇の中をカンテラとユーニスの勘を頼りに並んで進む。ふと、一番後ろのカイのことが気になった。列の一番後ろが重要であると同時に危険だと、何かの話で聞いた記憶があるので、年長者の威厳として、セシリオはカイに三人の真ん中になるように促したが、

「大丈夫です。セシリオさんが先に行ってください」

 カイは笑顔を見せる。ともかくセシリオ自身も小走りになっていることもあって、それ以上は強く言うこともできず、仕方なしに再度、前へ向き直る。ともかくここから移動すること念頭において、足を早める。

 進み出して大分経ったと思うのだが、この秘密の道がどのくらい続いているのか、行けども行けども出口が見えない、状況が続いている。他の二人は文句も言わずに必死に前を目指しているのだから、――一体どこまで続いているのか。なんて、セシリオがそんな態度を見せてはいけないと、ため息をこぼしそうになるのを堪える。

 セシリオは不満ではなく別のことに意識を向けようと、道の先を一心にみる。つまり、自然とユーニスの背中を追って進んでいくことになる訳で、モヤモヤと彼に対しての疑問が湧き上がる。

「神殿で見たルトフ第七王子と、ユーニスさんの部屋にあった絵画に描かれていた人物はうり二つでした」

 ボソリと口にすると、ユーニスは歩んでいた速度を緩める。

 咄嗟にまずいことを言ってしまったかのように思われたセシリオは、申し訳ないと謝ろうとしたが、その前にユーニスの方が振り返ると、侘しそうな、淋しそうな表情を見せる。

「僕もそれをずっと考えていました。なぜ、あの人がここにいるのだろうと――――あの、絵画を部屋で座って見つめている時には、あの人がもし現実にいてくれたならなんて夢に見ていたのに、いざ目の前に、現実になるとどうしたらいいのかわからなくなってしまって。格好悪いですよね」

 ユーニスは表情を歪める。

「そんなことないです」

 カイは一生懸命な言葉を投げかけ、ユーニスの手を引き、ゆっくりと前に歩こうと促す。

「ありがとう」

 ポツリと溢れたその言葉がユーニスの本心からのものだと聞かずともわかる。

「いえ、辛い時はお互い様です。僕もどうしようもなく、暗闇の中をぐるぐるとしていたときに先生と出会いました。先生にどれだけ気持ちを救われたか計り知れないので」

「カイさんとテリオスさんの関係も不思議な繋がりですね」

「不思議ですか?」

 カイはキョトンとした表情を見せた。

 セシリオは何も言わず、二人の様子を見ながら、不思議な縁で言うなら、アルファとオメガの出会いも不思議なだと感じる。運命があるかと聞かれたとして、セシリオは”ある”と、答えるだろう。しかし、それが誰しも当てはまることかと聞かれると、そうではないことも知っている。

 オメガであっても運命の番に出会えない場合もある。そして、出会えたとしてもそれが本当に幸せなことになるのかどうか。セシリオには、簡単に頷くことはできない。

「僕には、普通の出会いが何かとか、普通の人との縁が何かがよくわからないから」

 さらりとそんな風に話すカイだが、どうしたらそんな傷を背負うことになったのだろうかと思われるほど、痛々しい傷跡が彼にあることを感じ、胸に重いものがのしかかる。

 テリオスがあれだけ、わかりやすくカイに対して気遣いをして見せるのは、彼のこういった気質を思いやってのことなのかもしれない。

「君と先生は、深い関係性があるのだと思ったけれど、そうではないのかな?」

 聞いているセシリオの方が赤面してしまいそうな質問をユーニスはあけすけもなくするので、前言撤回。彼は内向的とかではなく、あえてそうしていたのではないかと思う。

「深い関係性?」

 真っ白で純粋な表情で首を傾げるので、ユーニスは流石に決まりが悪そうに、視線を逸らしながらも、彼の問いに応える。

「つまり――話を聞く限り、先生は色々と事情を抱えている。僕も商人って肩書き上、仕事の取引を通じて、様々な人と会うことがあるのでなんとなくその人と会うと、直感的にその人についてわかるのですけれど、先生のようなタイプの方は、割合一人で行動されている場合が多いかなと思いまして。二人以上でも同志の仲間だったりとか、何か目的があってと言う場合がほとんどかと。ですから、先生と君の二人の関係性を見て、どちらにも当てはまらないと思ったからつい、そう聞いてみたんだが。不快な気分にさせてしまったのなら申し訳ない」

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