真名
「ルトフ第七王子がどのような経緯で王家の一員になったのか、教えていただけますか?」
今までの話の流れを完全に切り捨てた、ユーニスの冷静な声が部屋の中に響く。
「簡単に申し上げますと当時、現国王派と王弟派の二つの派閥がありまして、その派閥間の争いで、王弟派が現国王派を打ち破って政権を勝ち取り、派閥争いが終結した経緯がありまして」
「それで、ルトフ第七王子の家はどのように関係していたのですか?」
鷹揚に話すカラムに対して、ユーニスの鋭い声が響く。
「もともと、第七王子の生家は、当時の現国王派の柱のひとつの家柄でした。しかし、彼の家の財政が事業の失敗によって傾いたことが大きな要因の一つでありまして」
カラムは作った笑顔を見せるのだが、その瞳は鋭く、全く持って笑っていないのだということに気がつく。
「王弟派の一部が、金銭をちらつかせ、寝返らせ、情報を暴露させた。しかし、その方法はルトフ王子の家にも大きなリスクが伴う。そこで、子息を養子として王家に出させたと言うわけですね」
ユーニスは全ての感情を消し去った様子で、淡々とそう言葉を述べた。カラムは先ほどからの奇怪な笑みを浮かべたまま、
「仰る通りです。本来であれば、女性かオメガの方がいらっしゃれば、よかったのですが、生憎いらっしゃらなかった。それでも簡単に寝返ることはできない。商人は信用が命です。寝返ったことで、後ろ指を刺され家自体が没落する可能性もありますからね。ですから、彼の家としては保証が欲しいわけです。それで半ば無理矢理、王家へ養子に入れたのですね」
「ルトフの生家の資金援助を申し出たのは誰です?」
「ザハラーン家です」
そんな気がどこかでしていた。
やはりかとセシリオは思う。
「僕は時間軸は違えど、ザハラーン家の歴史につ置いてはそれなりに学んできたつもりです。ですが、王家に肩入れした歴史なんて聞いたことがありません」
「ただ、君が知らないだけじゃない?」
ユーニスの言葉に物ともせず、カラムは否定も肯定の言葉も言わない代わりに、ただ口元に笑みを湛え、ユーニスの質問に本心から答える気はさらさらないようだった。ユーニスはしばらくカラムの言葉を待っていたが、息を吐くと、カラムに改めて向き直り、
「私はユーニス・ザハラーン。貴方の本当の名前を教えてください」
と、強い口調で言った。カラムはハッとした表情を見せたが、
「ハルン・ドゥニャ」
そうはっきりと言った。
「ザハラーンじゃない?」
セシリオは思わず叫び、ユーニスは大きく目を見開く。
「ザハラーン家の本当の継承者に出会うことが出来るとは思っても見ませんでした」
カラム。いや、ハルン・ドゥニャはこの時初めて、自分の心の感情を表情にして表したと思う。彼が見せたのは、意地の汚い暗い微笑みだった。
「ザハラーン家の、僕の先祖は一体どうなったんですか?」
ユーニスは悲痛な声を上げる。
「さあ、どうなったんでしょうね」
無慈悲なハルン・ドゥニャの言葉にユーニスは顔を真っ青にした。セシリオはそんな彼を見ているのが、居た堪れなくなって、彼の肩に手をやり、ハルン・ドゥニャを思いっきり睨みつける。
「ともかく、貴方がどの血筋を引いていて、何があってザハラーン家の当主の座についたのかを議論するつもりはありません。今考えるべきことは、僕たちがここに来て何を成すべきなのかですから。それにザハラーン家の合言葉を知っているなら、血筋がどうあれ、ザハラーン家を引き継いだのと同義であるとこちらは理解しますので、相応の対応を求めます」
きっぱりと言い放つ。
ハルン・ドゥニャは、また気持ちの悪い笑みを見せたが、彼なりにセシリオの言葉を汲み取ったのか、次の瞬間には最初に見せていた、貼り付けたような笑みに表情が変わる。
「ありがとうございます」
ユーニスはセシリオを見た。彼の表情にもう迷いは感じられない。その表情を見て、彼に聞こうとしてたことを思い出し、言葉を切り出そうとした時、カラムがちょうど立ち上がった。
「失礼。一度、執務室に戻って至急対応しなければならない仕事があることを思い出しましたので、一度席を外します。私がいると食事も取りにくいでしょうから、これ以上の話は後ほど」
そう言ってゆ部屋を出て行った。
部屋に残された三人から同時にふうとため息が漏れる。
「あのハルン・ドゥニャと言う人。黙っていましたが、かなり胡散臭そうな人ですね」
むしゃむしゃ食事をとりながらそう言葉にするカイが沈黙を破る。内容に似合わず、声は明るいものだった。
「すみません。ザハラーン家の一族を訪ねれば、なんとかなると思っていましたが、今は考えが浅はかだったと思います。どの時間軸やパラレルでもザハラーン家が存続しているなんて、わからない訳です。そこまで、自分の中で、考えが及んでいなくて、すみません」
ユーニスは、セシリオとカイに向かって深々と頭を下げた。
レジナルドと最初に彼の自室を訪ねた時には、線が細く儚げなユーニスが、絵の中の人物に懸想していた状況を見て、かなり内向的な人物なのだろうかとそんな印象を持っていたが、話してみると見た目とは違い、しっかりとした筋が通った人物なのだとわかる。先ほどのハルン・ドゥニャも同じザハラーン家で一応あるようだが、このパラレルでの当主と比べても、セシリオとしてはユーニスの人柄に好感が持てるし、いざ、自分が取引をするとなった場合には、ユーニスにお願いしたいと思う。
「理不尽なことには慣れているので、問題はありません」
人懐っこい笑みを浮かべるカイから彼の心に巣食った闇は非常に深いと感じる反面、どうしてそんなにやわらかな、くったいのない笑みを浮かべられるのか、不思議に思われて仕方がない。
ただ、カイのあっさりとした返答にユーニスの表情が歪む。彼なりに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、押しつぶされそうになっているのだなと思ったが、何と声をかけるべきかと思い悩んでいると、再度カイから、
「お二人はこの食事には手をつけない方がいいと思います。あの――僕が全部一人で食べたいからと言う訳ではなくって、親切心で申し上げているのですけれど」
カイはところどころ語尾が怪しくなりながらも、嘘をついているような言い方ではない。セシリオ達を彼なりに気遣っているのだと思う。つまり、彼がどうしてそんなことを言うのか……
「用意された食事に良くないものが入っていると?」
ユーニスの表情は真剣だった。カイは迷いなく頷く。
「毒?」
「おそらく。それが何か、まではわからないのですけれど」
食事を用意していたのは、あの従者の少年だ。
「あの少年が、まさか……」
「それはちょっと違うと思います。毒を入れたのはそうかもしれませんが、違うと思います」
カイは何の確信があるのか、はっきりとそう言った。その時のセシリオには彼が何を言わんとしているのかが、わからなかった。
「えっと……カイさんは大丈夫なんですか?」
ユーニスの問いに、カイは頭を掻きながら笑顔を見せる。
「生い立ちが、話したように色々と複雑なので、まともな食事なんてほとんど食べたことがありませんでしたので。逆にそうじゃない食事だと食べても大丈夫かどうか何となくわかるんですよね。一種の防衛本能と言いますか。体調には全く問題ないですから」
あっけらかんと二人には食事に手をつけないように勧めるが当の本人は手を休めることなくず食事と飲み物とを交互にとり続けている。
「ご親切はありがたいけれど、君は本当に大丈夫なの?」
セシリオがおそるおそるそう聞くとカイは満面の笑みを浮かべ、
「このくらいの量でしたら問題ありません。耐性があるので大丈夫です――が」
言いかけて急に何かを思いついたように、しゅんとした表情を浮かべる。
「すみません。先生からも注意されているのですが、僕はどうも突拍子もないことを言ったり、行動してしまったりすることがあるようで。人とは少しズレたところがあるみたいです。不快に思われたらすみません」
カイは食べていた手を止め、ショボンと風船がしぼんだように縮こまった。
セシリオは確かに変わらない様子で、なかなかの内容を話すカイに対して、不快に思ったとかそうではなく、ただ、彼のことを心配しただけで。
「いや、ただ君の体調がそんなに食べて大丈夫かどうかが心配になっただけだから。僕やユーニスさんの表情から、不快に思っていると感じたなら、逆に申し訳ない。だから、そんなに落ち込まないで。君に何かあったら、テリオスさんに僕が怒られてしまいそうだし」
セシリオの言葉にカイはようやく笑顔を取り戻し顔をあげた。ちょうどその時、廊下の方からドン。と、大きな音がして、三人は反射的にドアの方を向いた。




