出自
「では誘拐したルトフ王子を匿うには絶好の場所であることは間違いなさそうですね」
セシリオの言葉に頷きならがも、
「ですが、神殿内にいるということは、今回の誘拐事件には、神殿内部の人間が関係しているということでしょうか?」
自らそう疑問を提示した、カラムの様子を見て、本当に神殿がどのような経緯があって、この都市に建設されたのかについて、知らないのだろうと感じた。
「神殿に何があるのか、少し調べてみたほうが良さそうですね」
ユーニスがセシリオの方を見る。
「しかし、この町に長く住んでいらっしゃるのであろう、ザハラーン家の方が、わからないことを我々が少し調べたくらいでわかるものでしょうか?」
ユーニスの提案を否定するつもりではなかったのだが、結果的にそのような言い方になってしまい、セシリオは言葉にした瞬間、申し訳ない気持ちが溢れてしまう。セシリオ自身、様々な考えが浮かんでは消えていくのを繰り返しながら、話していたので、思っていた以上に冷たい口調になってしまったのも気になったが、思いの外、ユーニスは全くそんなこと、気にも止めないと言わんばかりに、彼は彼なりに考えるべきことがあるようで、腕を組んで考え込む仕草を見せただけだった。
「神殿に関しての経緯を知りたいと仰られるのであるなら、国の書庫で資料を探しかないでしょうね」
カラムの意見は至極まっとうだ。
「国の書庫は、一般人でも手に取ってみられるような場所に資料が置いてあるのでしょうか?」
セシリオもそもそも、国の書記官として仕事をしている身なので、なんとなく想像がつく。カラムは、首を横に傾げた。
「確かに王家に色々、理由をつけて資料を見せてもらうことはできなくはないでしょうけれど」
「ザハラーン家としても、その後の王家との関係性のことを考えると、色々大変でしょうし、難しいですかね」
「すみません」
ユーニスとカラムが同じタイミングで謝るのを見て。緊張していた状態であるのには変わらないが、口元からくすっと笑みが漏れるのを感じる。
「言葉が間違っていたら、すみませんが、神殿を建設した職人の方はこの町にまだいらっしゃるのでしょうか? 当時の職人の子孫の方だとか」
手を挙げたカイはたどたどしい言葉でありながらも、誰もがハッとなる。
「それでしたら、探せるかもしれません。実際に建設に携わった家の人間なら、もしかしたら、何か知っていることがあるかもしれませんしね」
カラムはそう言いながら、部屋の隅に垂れ下がったロープを引っ張ると、従者の少年がいそいそと部屋にやって来て、
「只今戻りました。何かございましたか」
丁寧な口調で聞いた。カラムが最初に呼ぼうとした従者ががこの少年なのだろう。しかし、彼のその仕草は、従者と言うよりも、いいところの子息のような、そんな雰囲気を感じてしまう。
「メルリ。至急あの神殿の建設業務に関わった、職人の末裔がこの町にいないかどうか調べてくるように」
「かしこまりました」
メルリは慇懃な礼を見せて、部屋を出ていく。
「すみません。なにから何まで」
セシリオが一礼する。
「そんな、謝らないで下さい。カイロス神の思し召しですし、時間との勝負だという理由もわかりますから――もし、私が、カイロス様の祝福にあって、皆さんのいるパラレルに行くことになったとしたなら、その時は頼りにさせていただきます」
「もちろんです」
セシリオは笑顔で応じるも、他の二人はなぜか曖昧に頷いただけだった。
「あの、メルリさんと言う従者の方は、この商会で長いのですか?」
ユーニスの問いかけに、一瞬だが、カラムの表情が凍りついた。
「ええ、そうですね……彼は長い間、このザハラーン商会に尽力してくれています」
「長い間?」
メリルはまだ十五歳にも満たないくらいの年齢だと見た目から思ったが、もっと年上だったのだろうか。もしくは、生まれた時から……? セシリオの疑問を言葉にする前に、カラムは慌てた様子で口を開く。
「話は変わりますが、神殿ではなく、第七王子のことについてでしたら、いくつかお話しできることがあります」
「教えていただけますか?」
ユーニスが喰らいつく。
「第七王子の名前はルトフと言います。王位継承権は第七位。ですが、正直なところ、彼の継承権はあってないようなものなのです」
「それはどうしてです? 第七位とはいえ、あまり良い言い方ではないですが、派閥争いや、クーデターなんかによって大きく変動する可能性も十分にあると思うのですが」
「その可能性がほぼないと言えるのです」
「それは一体どうしてです?」
カラムがいくら大きな商会を営む商人とは言えど、これからの未来に起こるかもしれないことを、ここまできっぱりと」言い切るのは逆に珍しいと思った。だからこそ、もしかすると他に理由があるのではないかと勘繰ってしまう。
「――――彼は、本当の意味で王家の血をひいていないのですよ」
「え?」
セシリオは色のない声をあげる。
「王家の血をひいていない?」
聞き返したユーニスの声は冷静だった。セシリオよりもかなり若いはずなのに、すでに当主としての片鱗が見え隠れしているのかと思うと、末恐ろしい。
「そのあたりの事情について、話すと長いのですが――もちろん、お伝えした方がいいですよね。かいつまんで説明しますと、このパラレルにおいて、カイロスの国では、数年前まで派閥争いがありました。そう話すとなんとなく想像がつきますか?」
カラムの言葉を咀嚼するようにセシリオは何度か頷き、
「派閥争いの決着に大きな役割を果たしたのが彼、ルトフ王子の生家だったのですね?」
と、考えを話すとカラムは満足そうに頷く。
「カイロスの国の方ではないと言え、流石侯爵家の方ですね。慧眼と言いますか、話の本質を見抜く力があらせられるようで、とても助かります」
「いえ、そんなことはありません。それで言うと、やはりディアス侯爵本人の方が、やはりアルファだからでしょうか。僕にはない考えを思いついたりですとか、行動力についても僕の比ではありませんので」
セシリオの言葉は本心だった。もともと、人よりも頭ひとつ分くらい飛び抜けている人だと思っていた。近づいてみると、時々、セシリオの理解の範疇を超えていることもしばしばあることが更にわかったのだ。
「慧眼であらせられることが、お二人の関係のネックになることもあるのですね。無用なおせっかいかもしれませんが、相手とのやり取りに置いて、言葉を交わさず気持ちを察したり、見抜いているだけでわかったフリをするのは、よくないと思います」
「……おっしゃる通りです」
セシリオはカラムから言われていることが、あまりにも的確すぎて、ぐうの音も言えなかった。
レジナルドとの対話は心がけるようにしている。以前よりも、自分の中でわかったふりをして、諦める癖も少なくなったが、それでも百パーセントとは言えない。
「私はアルファでもオメガでもありませんので、お二人の関係性を本当の意味で推しはかることはできません。それに、お二人にも今先ほど、会ったばかりですから。ですが、侯爵様は貴方が自然体でいることを望まれていると思いますよ」
「ありがとうございます」
セシリオは、なるべく最大限の笑顔を作って答えた。最初はセシリオのことを気遣ってくれているところ、なぜだか、だんだんカラムのその言葉と態度が怖く思われてきた。商人という種族の人間は皆、このようなじとりとした視線と心の中を覗くような言葉を浴びせてくるものかと。




