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カイロスの祝福  作者: 沙雪


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これからの選択

「一応、確認したいのですが、ここは、シエナの町で間違いないでしょうか?」

 ユーニスの声に、カラムは頷く。

「はい。ここは丘の上にある神殿を起点につくられた街です」

「神殿と言うのは、あのオアシスにあった?」

 セシリオの問いにカラムは頷いた。

「この広大な砂漠で、あのオアシスは枯れることがなく絶えず、水が湧き出るのです。それは、神からの贈り物であると、私共の祖先は認識し、あの広大な神殿が建設されたと。これはカイロスの民、誰もが知ってる話だと思ったのですが?」

 ユーニスは、小さく首を横に振った。

「シエナの地――僕たちのいる世界線では、砂漠のどこかにある、泉が絶えないオアシスとともにある、神殿。夢物語の世界で描かれています」

「え?」

 流石にカラムは驚いたらしく、二人は目を見合わせた。

「でも、今、この世界には、存在している認識なんですよね?」

 セシリオは戸惑いながら、そう言った。カラムとユーニスは二人してセシリオを見たあと、再度二人で顔を見合わせどちらともなく頷きあう。

 レジナルドは、セシリオの腕を掴む。確かに、ちゃんと感触があるし、衣服の上からでも温かさがわかりセシリオが今ここに存在していることが伝わるのだが、現実世界に存在しない別のパラレルに自分たちが来てると言う感覚がいまいちつかみ取れない。ふわふわと得体の知れない世界に浮遊しているかのように思われた。

 カラムは腕を組み、

「となると、解決の糸口は、あの神殿に関することでしょうか」

「そういえば、神殿で何人かの女官と、毛色の違う神官と思われる人物の姿を見かけたが」

 レジナルドがこぼした言葉にカラムは凍りついた表情を見せる。

「ルトフ様です。恐らく……」

「ルトフ様? 神殿の管理をしている役職者か?」

 レジナルドはそう聞き返すも、カラムの顔は蒼白だった。それは隣にいるセシリオもそうで、目が合うと、彼は何かを察して、レジナルドに耳打ちする。

「絵画に描かれていた」

「あ」

 はっとして、頷き、ユーニスをみた。

 彼は自分が恋心を抱いた、絵画の中の人物と実際に出会ったことになる。だから、神殿にいた時、彼は一言も話さず、思い詰めた表情をしていた。

 もし、レジナルドのがその立場であれば、会えたことを嬉しく思っただろう。むしろ、どうしたら、この時間軸のパラレルに留まっていられるだろうかと、カイロス神に直談判をするかも知れない。しかし、今のユーニスの表情や様子からは、嬉しそうだとか、そう言った印象は受けない。

「カラムさん。僕らが神官を見たことで、何か気になることが?」

 セシリオの問いに、カラムは深刻そうな表情を見せる。

「ルトフ様――その名前は、このカイロス国の第七王子を指します」

 レジナルドの頭の中では、それを聞いてもただそうなのかと、思っただけだった。権力と宗教が結びつくのは、よくあることだ。だから、神殿に第七王子がいたところで特に不思議に思うことはなかった。もしあえて意見するなら、“第七“王子であれば、王位継承権から随分離れているため、早々に権力争いから離脱し、神殿と結びついたことは、悪い判断ではないと思われたため、カラムがどうして、それほどまでに深刻な表情を見せているのかが、わからない。しかし、次に彼が発した言葉で、空気は凍りつく。

「ルトフ第七王子は誘拐されたんです」

「誘拐?」

 テリオスが素っ頓狂な声を上げる。

「はい。このままでは恐らく命を落としてしまわれるでしょう」

「え?」

 レジナルドも冗談を言っているのかと思ったが、カラムの表情を見てそうでもないことがひしひしと伝わった。

「一体、何が起こったんだ?」

 レジナルドは自分でも思っても見ないほど低い声になった。

「昨日のことでした……城下にある孤児院の慰問に行かれたルトフ殿下が城に戻って来ないと騒ぎになりまして。昨夜未明に、王城に身代金を要求する手紙が投げ込まれたそうです」

「王家がそれをもう公表しているのですか? やけに情報を知っていらっしゃるというか」

 テリオスが、訝しげな表情を向ける。

 彼の指摘は至極正しい。もし王家で対応に当たっているのが、レジナルド自身であったなら、機密扱いを心がけなるべく情報が外に漏れないように心がけるだろう。

「私共は、商人ですから。やはりいち早く情報を知るように心がけています。情報のミスひとつで、命取りになることもありますからね」

 カラムは誤魔化すように笑う。確かに商人にとって、情報は命だという意味が理解できなくないが、一介の商人が第七王子の誘拐について知っていると言うのもどうも違和感がある。そんな、レジナルドの疑念を感じ取ってか、カラムは更に言い訳を続ける。

「仕事の関係上、王家と王城とも取引があります、ほぼ毎日のように商品の納品を行っております。その時などに、ちょっと袖の下を振ってみると、思いもかけない情報を受け取ることもあるのですから」

 カラムは必死にそう説明したが、確かに筋は通った言い分で、嘘をついているようには見えない。ただ、表情があまりにも深刻そうであるのは気になった。なぜ、そこまで必死なのかと。あくまでもそれは王家の問題であって、ザハラーン家にはある意味関係のない問題だ。

「それにしては、随分と深刻そうですが」

 レジナルドの心の内を代弁するようにテリオスがそう尋ねる。

「それがですね……どうもわざわざ親切丁寧に教えて下さったのはザハラーン家に融資を求めるのが目的だったようで」

「それは身代金の?」

 レジナルドの問いに、カラムは疲れたようにがくりと肩を落とす。

「そうです。おそらく様々な理由をつけて、お金が返って来ないのは明白です。それで、どうしたものかと……」

「神殿に第七王子を直接助けに行っては?」

 カイは最もな意見を出すが、

「王家がそうしろというなら話は早いですが、なかなか一筋縄ではいかないでしょう。その情報の信憑性を証明しろとか、なんとか言われて……こちらでも色々と思案はしているのですが」

「思案するとは言いますが、逆に断る選択肢はあるのですか?」

 レジナルドの容赦のない問いにカラムは、しょんぼりと項垂れた。

「正直これと言った案は浮かびません」

「王家からの要請を断ることは?」

「出来ないことはないでしょう。でもそれで、取引をやめるとか、規模を縮小するとか、そんな話になりかねません。そうなったら、うちの看板にも影響が出てくるでしょうし。ただ、ルトフ第七王子は、一言で申し上げると、後ろ盾の無い方なので」

 カラムは言葉を濁す。

「つまり、王子が誘拐されて、どうにか手立てを講じなければならない状況であるにも関わらず、王家は積極的ではなく、王家をケシかける後ろ盾の存在もない。しかし、そのままにしておく訳にも行かないので、適当な、ある程度の財力のある商家に押し付けようと言うことか」

 テリオスの言葉に誰もが納得したように頷く。レジナルドももちろん納得したが、彼の言葉を聞きながら、貴族や王家の事情に元々携わることがあったのだろう。慣れているなと思ってしまった。そのことについて、今はあえて指摘をする時ではないと思ったので、ただ頷いただけに留めた。

 隣にいるセシリオはテリオスの発言を受けて考え込んだ後、顔を上げた。

「第七王子は、一体どんな方なんです?」

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