カイの過去
「ちなみに皆さんはここに別のパラレルから来ているため、この世界で”死”という概念に晒されることはありません」
「じゃあ万が一、命を落とす様な事態に遭遇しても、不死身のように立ち上がれるってことですか?」
テリオスは面白半分に言葉を返す。
「と、言うよりも最初に戻る。つまりタイムループすると言ったらわかりやすいですか?」
カラムの言葉を聞いて、カイがふるふると手を挙げる。
「どうした?」
テリオスは気遣う様に彼の肩に手をやる。
「実は、最初にあの神殿の辺りで合流した時、後ろから衛兵か暗殺者か、誰かの足音がして。それを皆さんに伝える前に、またバラバラに元居た場所に戻ってしまったので」
「じゃあ、タイムループした理由はあの神殿がと言うよりも死に戻った可能性が高いと言う訳でしょうか?」
神殿に暗殺者? と、疑問を感じながらもセシリオがそう言ったのでレジナルドも頷く。
「それもあるし、私達が失敗を犯してしまった可能性も。そのどちらも視野に入れる必要がありますね。話を聞いていて、ここに来てすぐにタイムループするって、なかなかない話なのかとも思ったので」
レジナルドの説明に、深く納得したように腕を組んだテリオスは、
「確かに。ザハラーン家の皆さんが最初に立ち戻る地点が関係が深いとも話されていたので。それを加味しても、あの神殿がなかなか関係があるのではないかと思いますね」
「あと――余談ですが、カイさんは、非常に周囲の気配を察知する能力に長けているように見受けられるのですが、どういったご職業でいらっしゃったのですか? もしかして、盗賊かなにかをされていたのでしょうか」
レジナルドは軽い口調で言葉にしたのだが、カイは明らかに動揺した表情を見せた。
テリオスとカイの二人の事についてきちんと把握が出来ない限り、特にこの不可思議な状況の中でこの二人と行動するのは、非常に危険であると強く本能で感じていた。つまり、特にセシリオがいるので、レジナルドは見極めなければならないと思ったのだ。
カイはテリオスに視線をやって、彼が頷いたのを見て、こわごわとしながらも口を開く。
「盗賊団に居たことがあるのは、本当です」
しゅんとした様子のカイに対して、
「話せる部分だけでいいから」
隣のテリオスは肩にやった手をポンポンとする。
「僕は隣国の小さな農村に生まれたのですが、幼い頃に村ごと、盗賊の被害にあって、それで……」
セシリオはカイの身の上話を聞いて、同情しているようだった。彼の話し方と風貌から言っても、ずる賢く嘘で固めた話ではないことはわかったが、不安はまだぬぐえないレジナルド自身がいた。
「君の状況はわかった。それと聞きたいのは、君とそちらにいる御仁の関係だが」
二人の様子を見る限り、二人して盗賊団の出身で、手と手を取りあって逃げて来たと言うのは少し違うとレジナルドは感じる。もしそうならテリオスのことを先生ではなく、団長とかお頭とか、もっと別の呼称で呼ぶだろうと思った。わざわざ先生と呼ぶのは、どうも不自然に思えて仕方ないのだ。
「先生は、――僕に言葉や一般常識を含めて教えてくださったので先生と呼んでいます。僕は、物心ついた時にはもう既に盗賊団にいたから、右も左もわからない状況で――――そんな時に先生と出会いました」
カイは一生懸命にそう話す。
でも、レジナルドが確かめたいのはそこではない。
大きなため息を吐いて、ようやくテリオスは口を開く。
「侯爵様に隠し立てをするのは、やはり難しいようだ。別に私も彼も皆さんに危害を加えようと思っているとか、そんな意図は一切ないのだということをまずわかって欲しい。ただ、我々は元の世界に戻って、私を支持してくれている他の仲間たちのためにも、早く自分の仕事を全うしなければならない。その使命を持っているだけなのだ」
「もちろん元の世界に戻りたいと思っているのはこちらも一緒だ。山積みになっている仕事もあるので理解できる。ただ、私も今回は伴侶が一緒におりますので、信頼ならない相手と一緒に行動を共にすることは出来ません」
レジナルドがきっぱりと言った時、セシリオがレジナルドの服の裾を軽く引っ張った感覚があった。何と言われようとも、アルファの宿命と言うか、本能で感じるこの感覚を押し殺すことはできない。
その言葉だけで、レジナルドの心情もセシリオとの関係性も何もかも理解したと言わんばかりのテリオスの表情を見て、やはり彼はアルファなのかと。レジナルドと同じアルファである部分が共鳴しているのだろうかと思ったが、確信に至ることはない。彼にはアルファ特有のオーラと言うか、匂いが全く感じられないのだ。それ以外については、アルファである特徴しか見当たらないのだが。
「それよりも先生。貴方は白銀の雪に包まれた国の、ネファタ家に名を連ねるも方だと話されてしましたね」
「ネファタ家と言えば、名だたる武神を輩出する、名家の家柄だと認識しているが……」
カラムが口をはさみ、目を見開いていた。このパラレルでもカラムが知っているのだから、ネファタ家と言うのは、影響力を持った家柄なのが分かるだろう。
あまりにも遠く離れた異国の地の貴族のため家同士の付き合いはほとんどない。ただ、ネファタ家があるということだけは知っている。そう思った時、このパラレルの世界の何処かにもディアス侯爵家やセシリオの先祖にあたる人々がいるのかと思うと不思議な気持ちになる。
「私も、自身の家柄についてそう思っていました。誇りにも思っていた。しかし、父の死によって全てが変わったのです。兄が実権を握った途端に王家や他の貴族たちと結託し、まるで王を傀儡の様に扱って……政治が荒れて、真っ先に被害を受けるのはなんの罪もない国民たちだ。兄は――自分の血族のことをこんな風に申し上げるのは本位ではないのだが、剣の腕はからきしなのに、頭だけがくるくるとよく回る人で、上手い事他国からの圧力を回避して自分たちに利益が回って来る事しか考えない。そう言った人なんだ。その政策が悪か善か。私にはそこまでの学はないので、明言は避けるが、現に、被害を受けている一般市民たちがいるのは明らかだ。だから、今のままではいけないと思い、仲間を募ってクーデターを起こしたんだが、上手くいかなくてね。どうしても頭脳は向こうの方が何枚も上手だったらしくて。それで、監獄に収容された。カイと出会ったのはその時だ」
俯いていたカイだったが、テリオスの言葉に励まされたのか、今度はセシリオやレジナルド達の目を見て口を開く。
「僕はあの体の芯まで冷え切ってしまいそうな監獄で、先生の志に感銘を受けました。先ほども話しました通り、幼いころから、人生のほとんどを奪われ”普通に生きる”事がわからなくて、悩んでいた時に、先生の話を聞いて、先生の力になりたいと思って、それで一緒にここまで来ました。ですから、僕や先生は侯爵様や伴侶の方にご迷惑をかけるようなことは考えていません」
カイの声は心痛な叫びとなっていた。レジナルドさえ、その物言いから訴えるなにかを感じたのだから、セシリオはそれ以上だろうと顔を見なくともわかった。




