剣聖と孫と
オシアとアランは、帝都にある屋敷に戻っていた。
オシアの屋敷は、『剣聖』として、七大軍団の軍団長として、それに見合うだけの大きさがある。
オシアの家族構成は、オシアと妻が一人。
それから、息子が一人と娘が二人。
オシアの両親は、地方役人であり、オシアが軍団長となった功績で賜った領地の管理を行っている。
アランは、娘二人のうちの、姉の方の三人の子の一人だ。
まだ十代の、若い剣士であるが、オシアの血族の中では、一番剣の才能がある。
「・・・・・・いやあ、楽しみですね!」
アランが嬉しそうにしている。
その様を見て、オシアはむう、とうなった。
「何をそんなに楽しみにしておるやら・・・・・・」
オシアとしては、少々気が重い。
正直なところ、オシアにとってアルノーは苦手な相手だ。
まだ若かったころから、妙に目をつけられていた。
その当時から宰相として辣腕を振るっていたアルノーは、オシアに対して期待の現れ、と嘯きながら、様々な高難度依頼を発行してきた。
おかげで鍛えられた、と言えなくもないが、何度も陥った命の危機は、アルノーに対する苦手意識を植え付けるには十分だった。
正直、今の妻と出会っていなかったら、アルノーの娘か孫娘かを妻に押し付けられていた可能性が高い。
それを回避してほっと息をついていたら、気が付けば娘婿にアルノーの孫が来ていた。
家族の顔合わせで満面の笑みのアルノーと対面したとき、思わず膝から崩れ落ちたほどである。
そして、今回の件である。
アランは、今はまだ若いため、公的な役職には就いておらず、外向きの身分は冒険者でしかない。
それでも、三等級という、上位冒険者になっている。
「おじい様は、私のアビロア行きには反対ですか?」
重苦しい顔をしていたためか、オシアの顔色を窺い、アランは恐る恐る、という口調で尋ねて来た。
それに対し、オシアは息を一つ吐いて、気持ちを切り替える。
「別に、アビロア行きに関しては、思うところはないとも。・・・・・・ただ、宰相閣下も同行する、というのが不安でなあ・・・・・・」
「それについては、私も気になります。ひいおじい様は、帝都を開けられるのですか?」
宰相位、という激務の中で、私用で帝都を離れる、というのは難しい。
本来なら、だが。
「あの方は、自分の肉体を切り離して分体を作って活動できる。ずっとは無理だろうが、一月や二月程度ならば問題あるまい」
「ははあ・・・・・・。すごいのですね」
人外の業をすごいで済ませることを、鈍いと嘆くべきか、器が大きいとほめるべきか。
半ばヤケクソにそんなことを考えつつ、オシアはアランへと向き直る。
「・・・・・・アラン。まあ、こうなっては仕方がない」
「は?」
「アビロアに向かうならば、心に入れておくといい」
「はい」
オシアは、三本、指を立てた。
「アビロアで会うべき人間は、三人」
「三人、ですか? 領主様などでしょうか?」
「いや、宰相閣下が動くなら、領主は向こうから挨拶に来る。失礼のないようにしておけばいい」
それよりも、とオシアは続ける。
「アビロアの三大ギルド。それぞれのギルドマスターには、会っておくといい」
「一人は、『金鎧』のジャン=ルイ様だ。継承権は返還なされたとはいえ、選帝侯であられる。必ず挨拶するように」
「はい! 楽しみです」
「まあ、悪い方ではない。失礼さえしなければ、学ぶことも多かろう」
なんだかんだと言ったところで、底が抜けているのではないかと思うほどに器の大きい人物である。
オシアは、ジャン=ルイに関しては、心配していない。
「次に、ジェイソン・ブラックモーア氏」
「『決戦』のブラックモーア、ですか」
「そうだ。彼の戦闘経験は、非常にためになる。いい機会だから、短い時間でも教えを請うといい」
魔獣やモンスターの討伐専門ギルド『紅炎遊撃隊』のギルドマスターである彼は、こと人外との戦闘経験については、おそらく帝国随一の古強者である。
主に対人戦闘の経験が多いアランには、いい刺激になるだろう。
「あと、『アドベンチャラーズ』のギルドマスターである、ルイーズ・ルイス女史」
「はい」
「掛け値なしに尊敬できる御仁だ。ぜひとも会っておけ」
もっとも、コネだの地位だの権力だのといったものに全く興味を示さない人物だ。
会えるかどうかは、人として礼儀を尽くすかどうかと、相手のスケジュールが空いているかどうか次第だろう。
ただ、もし会うことができたなら、あるいはアランの世間の狭さを正してくれるかもしれない。
「それから・・・・・・」
オシアはそこで、少し言い淀んだ。
三人の名は上げた。
この三人については、組織の上に立つ人物たちだ。
人格に不安はないし、後進の育成にも理解のある人物。
個人的な親交もあるし、事前に手紙でも送っておけば、悪いようにはならないだろう。
ただ、名を挙げた三人とは別に、あともう一人、思い当たる人物はあるのだが、
「どうされましたか?」
果たして、この生真面目な孫に合わせて、いい影響があるだろうか。
悪い友達は、あまり紹介したくない。
だが、アランの欠点を知り、何より祖父として、それを補うものは知っておいてほしい、という思いから、名を口にする。
「もし会えるなら、会ってもいい。なんだったら、手合わせの一つでもしてくるといい」
「誰ですか?」
「『百識』のルディランズ・マラハイト」
「二つ名持ちの冒険者ですか」
「そうだな。手合わせできるなら、してこい。相手になれば、だがな」
ふ、とオシアは笑う。
「強いのですか?」
仮にも二つ名持ち。弱いわけがない。
それよりも、魔術師としての厄介さの方を、アランには体感してもらいたいし、なんだったら本命で学んでもらいたいことは別にある。
ただ、とても心配である。
「アラン。お前の剣の才は優れている」
「は。恐縮です」
『剣聖』から言われても、嫌味にしかならないかもしれないが、アランはオシアの言葉を素直に受け取ったようだ。
この素直さは、まぎれもなく美徳である。
だからこそ、ルディランズと会わせることには、不安がある。
「だが、その才を磨く上で、『百識』と会うことは、穢れになるかもしれん」
ルディランズ・マラハイトは、魔術師だ。
剣の腕を磨く上で、対戦相手の経験値にはなっても、剣士として学ぶことは少ないかもしれない。
だが、
「アラン。お前は、『剣聖』の名を継ぎたいと思うか?」
「・・・・・・僕には、重すぎる称号です」
唐突な話のフリにも、アランは考えつつも、しっかりと答えを返す。
少しうつむき、だがそれから顔を上げて、決意を漲らせた目でオシアを見た。
「いずれは、その称号をもらい受けます」
「そうか。・・・・・・はあ」
やれやれ、とオシアは首を振った。
「ならば、やはり『百識』と会え。そして、立ち合って来い」
「はい!」
「・・・・・・ただ、悪い病気にはかかるなよ?」
「は?」
オシアの本気で心配そうな声に、アランはきょとん、と首を傾げた。
・血の宰相
アルノー・ビノシュ
帝国にこの人あり、と言われる人物。
帝国の歴史上、宰相位の在職期間が、累計で最長。
吸血種の貴種であり、実質寿命がないため、とても長命である。
生きている間は妻一筋で、寿命で死ぬと、次の妻を探すというようなことをやっている。
そのため、彼には子供も、孫も、ひ孫も、さらにその子もいる。
帝国の政治中枢には、彼の子孫が多数入り込んでおり、帝国を実質支配している、とも言われる。
ただ一方で、彼は決して皇帝の権威を汚すことはなく、帝国に対する忠誠には疑うところがない。
吸血種だから、というわけではないはずだが、自分の体の一部を切り離し、分体を作成して行動させることが可能。
分体が得た経験などは、すべて本体に共有される。
仕事がとても忙しいときなどは、それで仕事を分担することもあり、実際彼が定期的に宰相位に就かなかったら、帝国の政治は破綻する、などとも言われていたりする。
長所は、身内への愛情が深いこと。
短所は、身内への愛情が深すぎること。
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別のも書いてます
『竜殺しの国の異邦人』
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