時飛ばしの剣聖
竜が飛来する。
『力ある隣人たち』が、自分たちの世界へと移住した後、この世界に残ったのは、人間と『隣人たち』の眷属、あるいは、その力を継いだ者達ばかりだ。
基本的に、『隣人たち』とは比べるのもおこがましいほどの力の差があるとはいえ、強い生物は、強い。
人間が弱い方なら、竜は強い方だ。
生物としての竜は、周辺環境を自分に適した環境に作り変える力を持っている。
『力ある隣人たち』の竜族は、作り変えるどころか、新しく自分の領域を作り出すほどの力を持っていたが、さすがにこの世界に残った竜に、そこまでの力はない。
ただ、人間にとっては、脅威だ。
街の近くにでも巣を作られれば、街中の環境が変わってしまう。
火竜が住み着けば、気温が上がり、日照りや干ばつの危険がある。
水竜が住み着けば、洪水などの水害の危険がある。
他の竜たちでも、どれにせよ、竜の環境の中では、脆弱な人間は生活を営むことは難しい。
だから、竜が人里近くに現れた場合、それは最優先での討伐対象となる。
まずは、接近が確認された段階で、冒険者が派遣される。
大体は、この段階で竜は討伐される。
過去、『虹の飛島』が竜を討伐したのも、この段階だ。
ただ、冒険者にはあたり外れが多い。
隔絶した個人がいる一方で、強さはさほどではなくとも運だけで生き残ってきた冒険者もいる。
竜の討伐依頼は、リターンは大きいが、リスクも大きい。
時に、百人を超える冒険者を集めても、一蹴されることなど珍しくもない。
だからこそ、『虹の飛島』が、三人で竜を、しかも番を討伐したことが、有名になったのだ。
では、冒険者による討伐が失敗したらどうなるか。
人里への距離がまだあるなら、再度冒険者の討伐隊が組織されることもある。
ただ、帝国の場合は、一度冒険者が対応に出れば、その間に帝国軍が討伐準備に動く。
たとえ冒険者が討伐を成功させても、竜によって荒らされた土地の整備に帝国軍が当たるため、どちらにせよ帝国軍は出る。
冒険者の討伐の成否が関係するのは、その帝国軍に、帝国所属の隔絶した個人が同道するかどうか、だ。
帝国は、国家である。
人里を竜につぶされれば、それだけ税収に、ひいては国益に影響する。
そのため、帝国では、冒険者による討伐が失敗した場合は、竜の討伐を確実に成功しうる人材を送る。
それがたとえ、過剰戦力を派遣することになっても、だ。
*****
竜が飛来した。
帝国六大都市の一つ、『ベニオン』。
帝国首都『ラクリア』の南東に位置する都市だ。
その都市に、竜が近づいていた。
黒竜。
名の示す通り、黒色の竜だ。
竜の中では、人界に悪影響を与えることの多い竜である。
黒竜が近くに来ると、周辺の環境は荒れ、瘴気がまき散らされ、害獣や害虫が多く生まれ、飢饉や疫病が発生する。
時に、ただ存在するだけで国家を滅ぼしうる竜である。
その討伐は、最優先として実行されるものでなければならない。
『ベニオン』の冒険者協会は、都市所属の一等級冒険者を中心とし、上位冒険者で討伐隊を編成し、派遣した。
そして、全滅した。
戻ってきたのは、ごくわずかな冒険者のみ。
これから先の『ベニオン』で、冒険者界隈は荒れるだろう。
その前に、都市が滅びなければ、だが。
だから、帝国は、発見されたものが黒竜である、とわかった時点で、帝国の保有する最大戦力の一つの派遣を決定した。
*****
黒い竜の姿が見える。
ばさり、とマントを翻し、馬上で、その影を見る。
「団長」
「馬と、それからマントを頼んだ」
「は!」
その人物は、馬を下りると、傍に控えていた侍従へとマントを外して手渡す。
腰に長剣を差した、長身の男だ。
頭に白いものが混じり始めた初老。
だが、その体格はしっかりとしており、鍛えられた肉体がうかがえる。
その人物は、腰に差した剣の鞘に手を触れたまま、前へと歩く。
その身に、あふれるほどの武威を漲らせて。
その背を、男が連れて来た、百騎ばかりの騎士が見送る。
これから一人、黒竜に挑む男を見送るにしては、騎士たちの目に不安はない。
むしろ、期待に輝く目で、男の背を見送っていた。
やがて、黒竜は、眼下のちっぽけな存在から自分に向けられる、殺気を感知した。
黒竜にとっては、取るに足りない相手のはずだった。
先日蹴散らした、小さな者達と同じ種族だが、少し興味を惹かれた。
だから、黒竜は地へと降り立った。
前足を振るえば、軽く男を吹き飛ばせる距離。
男からすれば、十歩かニ十歩か、駆け寄らなければ剣も届かない距離である。
だが、男は剣を抜いた。
その姿を見る者達が、瞬きをしたときには、男は後ろへと振り返り、剣を鞘へと納めながら歩き出していた。
ただそれだけを見ていれば、まるで黒竜に恐れを抱いて逃げ出したようにも見える。
だが、そうではないことは、見えていた。
男の背後で、剣を抜いた男が、ゆったりとした仕草で走り出していた。
そのまま黒竜までの距離を詰めると、静かに長剣を横に一閃。
それが、地についていた竜の前足を切り飛ばす。
そのことにより、黒竜の体が前へと傾ぎ、首がちょうどいい高さに下げられた。
つまり、男の間合いだ。
横に一閃した剣が、振り上げられ、振り下ろされる。
切断の音は聞こえなかった。
ただ、長剣は竜の伸ばされた首をまっすぐに切り落とした。
そして、男は元の場所へと戻っていく。
先に振り返り鞘に剣を納めて戻ろうとしていた男と、竜を斬ってから剣を鞘に納めながら戻ってきた男の姿が重なる。
瞬間、男の背後で、首を切り落とされた黒竜が、命を終えて崩れ落ちた。
「お疲れさまでした」
「うむ。後始末を頼む」
「は!」
マントを羽織り、馬にまたがり、男は去っていく。
その背を、騎士たちは敬礼とともに見送った。
男の名は、オシア・レビエナス。
世界最強の一角、帝国最強のレベルの保有者。
『剣聖』と称えられる、帝国の最大戦力である。
・時飛ばしの剣聖
『剣聖』オシア・レビエナスに与えられた異名。
剣を抜いて、敵を斬って戻るときには、すでに斬り終えて、剣を鞘に納めている。
極めて最適化された最速の剣は、むしろ目には遅く見える。
故に、『剣聖』の戦いを見る者は、『剣聖』が剣を抜いて鞘に納めた後に、『剣聖』がいかにして敵を斬ったのか、を残像という形で見ることになる。
その様が、まるで剣を抜いてから敵を斬った後に、時を超えて移動したように見えることから、『時飛ばし』と称されるようになった。
『剣聖』と敵対した者は、自らが『剣聖』の剣に斬られて死ぬところまでを見た上で、自分の死を理解してから死ぬ。
オシアが、『剣聖』と呼ばれるようになってから、彼と『斬り合い』ができた剣士はいない。
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別のも書いてます
『竜殺しの国の異邦人』
https://ncode.syosetu.com/n0793he/




