金鎧と剣の子
「やあやあ。久しぶりだなあ。閣下」
「ははは。貴方に閣下、と言われると、背中がむず痒くなりますな。殿下」
「おいおい。殿下はやめてくれ。余はそう呼ばれるような男ではないとも」
「おっと、失礼。ジャン=ルイ殿」
『金鎧』ジャン=ルイとアルノーの会話を、緊張を浮かべて、アランは眺めていた。
*****
『金鎧』ジャン=ルイ・アルベルト・マルティネス。
アビロアにいる、一等級冒険者。
帝国の現皇帝の長子であり、第一位の継承権保持者であったが、現在は継承権を返上して一介の冒険者となっている。
理由は、呪われたからだ。
本来のジャン=ルイの魂現は、ジャン=ルイが持っている権利の範囲内でできることを、集中させる能力だった。
現在の魂現と似ているように思えるが、本来のジャン=ルイの魂現では、力を行使しても力の元が消失することはなかった。
だが、現在のジャン=ルイの魂現では、魂現によってなした現象の分、ジャン=ルイの資産が減る。
とある呪いによって変質した魂現は、さらに解除を不可能にした。
ジャン=ルイは、すべての攻撃、防御、行動において、すべからく魂現の影響を受ける。
日常生活を送るだけでも、ジャン=ルイは、その資産を目減りさせているのである。
仮に、今も皇帝の長子としての権限を保有していた場合、魂現の発動による影響で何が失われるかわかったものではない。
だからこそ、ジャン=ルイは自ら継承権を返上し、ただの冒険者となった。
残ったのは、皇帝から渡された財産。
そして、選帝侯、という次代の皇帝選出に影響力を持つ立場だ。
もっとも、その権利は皇帝の指名、任命に勝るものではなく、名前だけの役職ともいえる。
基本的に、ジャン=ルイには、帝国の政府そのものに対しての権利はない。
ただ、もともと優秀だった男だ。
皇帝から渡された財産と、皇子時代に培った人脈を利用して始めた商売で、あっさりと大商会を立ち上げた。
*****
アルノー達がアビロアへと到着した翌日、アルノーとアランは、ジャン=ルイを訪ねて、『天意の旅団』ギルドのギルドホームへと向かった。
「しかし、閣下が帝都を離れるとは。天変地異の前触れかね」
「ははは。小生は、今も帝都で仕事中だとも」
「む・・・・・・? ああ、分け身か」
ジャン=ルイは、さすがに詳しい。
それこそ、呪われる前は、帝都の城で、アルノーから政治について教わっていたこともある。
「では、何の用で?」
「いくつか理由はあるが、最大の理由は、血族の一人を訪ねての観光だよ」
「それが最大なのか」
ギルドホームの応接室で、ジャン=ルイとアルノーは談笑している。
応接室には、他に『天意の旅団』所属冒険者の中でも、それなりに上位貴族の出身者のうち、幹部級の人間が数人、壁際に立っている。
反対側には、アルノーの私兵が並んでいる。
にこやかなのは、部屋の中央で談笑しているジャン=ルイとアルノーだけで、残りは緊張に顔をしかめ、冷や汗を流していた。
仮に、今この部屋にいる人間が死ねば、それだけで帝国は向こう数十年混乱に陥るだろう。
「あとは、アラン君の見分を広めるのと、視察かね」
「アラン君か。・・・・・・『剣の子』だったね」
ジャン=ルイの視線が、アランへと向いた。
それで、アランは、ぐ、と背筋を伸ばした。
緊張に、顔が引き締まる。
「そこまで緊張しなくてもよいよ」
そんなアランの様子を見て、ジャン=ルイは、苦笑した。
「は・・・・・・」
「ついでだ。ジャン=ルイ殿。よければ、胸を貸してもらえないかな?」
「アラン君に?」
「うむ。どうせなら、強いのと戦った方が、いい経験になるだろう?」
「なるほど。そういうことなら」
うむ、と立ち上がろうとしたジャン=ルイだったが、
「お待ちください! マスター!」
「うん? どうした? ナタリー」
制止の声を上げたのは、ジャン=ルイの副官である、ナタリー・エラヌーニだ。
彼女は、
「マスター。模擬戦ならば、我が『天意の旅団』には、他にも強者が・・・・・・」
「いいじゃないか。減るものでもなし」
「いや、あなたは減るでしょう・・・・・・」
たとえ模擬戦でも、戦えば資産が減る。
それがジャン=ルイである。
「ふむ。それならば・・・・・・」
ジャン=ルイのその制約を知っているアルノーは、懐からペンと紙を取り出し、さらさら、と何事かを書いて、サインを入れた。
「これでどうかね?」
「・・・・・・おお。これならば問題ないな。どうだ? ナタリー」
「・・・・・・・・・・・・」
アルノーが書いたのは、
「借用書?」
「余の魂現は、余の資産を使う。借用書も、資産の一部として使えるのだよ」
ジャン=ルイからアルノーに貸し付けた、というていで、資産価値が発生するのだ。
「金額は?」
「ほうほう・・・・・・。なるほど」
アルノーが書いた金額は、それなりだ。
ジャン=ルイは、それを見て、にやり、と笑った。
「なんですか?」
アランは、その笑みを見て、首を傾げる。
「まあ、要するに、だ」
ふ、とジャン=ルイは笑って、説明する。
「ここに書かれている金額分、アラン君が余に攻撃を放たせるなり、攻撃を受けさせるなりすれば、この借用書は消える、というわけだ。それができない場合、閣下に余からの負債が生まれるな」
「ははは。まあ、酒一本分程度だ。気楽にやり給え」
アルノーのいう、酒一本が、いくらのものになるのか。
アランは、ぶるり、と背を震わせるのだった。
・選帝侯
次代の皇帝を選ぶ際に、参考意見を皇帝に直接上奏できる立場。
爵位ではないし、実質的な権限は何もない。
これは、皇帝の相談役としてジャン=ルイの立場を確保しつつも、ジャン=ルイの魂現が帝国に無用な影響を及ぼさないようにするための処置。
ただ、皇帝に直接意見を上奏できる立場、というのは、かなり限られた人物しか持っていない。
たとえ、皇帝の子であろうとも、謁見にはいくつかの手続きが必要となるため、重要な権利である。
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別のも書いてます
『竜殺しの国の異邦人』
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