雪原
「違うの?」
不思議そうな顔でそう聞くハルちゃんに、あたしが顔でにっこり微笑んで「そうだね」と答えていたら、あたしは彼女にとっての特別な存在のままいられたのだろう。心で傷ついて、顔でにっこり微笑んで、シンプルに、その場をやり過ごし、何の変化も求めず、波紋を波風に変えないやり方のほうが、あたしらしかったはずだ。でも、あたしはあたしらしくもなく、ハルちゃんに、ノーを言った。
「やだ……」
自分がどんな表情をしてるのか、わからなかった。
「あたし、ハルちゃんのセフレじゃない! セフレはやだ! あたし……あたし……っ! あたしは本気でハルちゃんのことが好き!」
ハルちゃんの顔がどんどん冷めて行くのがわかった。
それでもあたしは止まらなかった。
「あたし、ハルちゃんの恋人になりたい! 変な意味じゃないよ? 真面目な意味だよ? 女の子同士だけど真面目だもん! あたし……。あたし……っ!」
「ごめん」
ハルちゃんの言葉に、あたしの攻撃が止まった。
「そんなつもり……なかった。遊びのつもりだった。ごめん。絢音の気持ちには答えられない。あたし、ノーマルだからさ。恋愛するならやっぱ、男の子だ」
何を言われてるのかわからなかった。
「っていうか……凜は?」
ハルちゃんは目が覚めたように、自分も脱ぎかけていた制服のボタンを留めながら、言った。
「絢音、彼氏いるのに、彼女も欲しいなんて、贅沢すぎない?」
冷たい言い方だった。
あたしは立ち上がった。
外されかけていた制服のボタンも留めずに、カバンを持つと、逃げるように、歩き出した。
「ねえ、明日からも友達でいてくれるよね?」
そんな言葉を掛けてくるハルちゃんのほうを振り向くこともなく、あたしは無言で襖を開けた。
玄関を出てから、階段を降りながら、ボタンを留めて肌を隠した。
意外なぐらいに平気だった。
いつもと同じように自転車に乗り、元気よく漕ぎ出した。
ふつうだ。
世界は何も変わらなかった。
9月の風が少しだけ肌寒いぐらいで。
あたしは鼻歌を唄いながら、家に向かってペダルをリズミカルに漕いだ。
ペダルを漕いでいたら、ぽろぽろと涙がこぼれ出した。
すぐに前が見えなくなって、自転車を停めた。
自転車を降りてうずくまった。
自分の声じゃないみたいな情けない嗚咽が漏れた。
誰にも見られたくないのに、すれ違う人たちがあたしをじろじろ見た。
あたしは周囲の景色を消した。
雪をあたりに積もらせた。
あたりは一面の雪景色になって、地平線が生まれた。
空と、一面の雪と、地平線しかない世界を、あたしは自転車を押して、思いきり泣き声をあげながら、歩いた。
歩いていると、雪原の中にぽつんと公園があった。
小さな公園だ。
そこにブランコがあり、1人でそれを漕いでいる背の高い男の子の後ろ姿があった。
「凜……」
ブランコの音が寂しそうに鳴っていた。
あたしと同じように、凜は背中を不規則に震わせて、泣いているようだった。
あたしが傷つけたんだなと、しみじみ思った。
なんでこんなに人を好きになってしまうんだろう。
なんで好きになったほうが弱くて、こんなにも、たやすく負けてしまうんだろう。
こんなに辛い思いをするのなら、人なんか好きにならなければよかった。
あたしは後ろから近づいて行ったけど、声を掛けることは出来なくて、ずっと凜が鼻水を啜るタイミングに合わせて、自分も鼻水を啜っていた。
2人でシンクロするように、距離を取って泣きながら、体を震わせていた。




