〜 エピローグ 〜 初秋の雪
24
紅葉もまだ散らないうちに、雪がちらつきはじめた。あたりは既に深く雪が積もっている。民家も人もすべて雪の下に埋もれて、世界は空と雪と地平線以外には何もない、シンプルな様相を呈している。
ふと空が晴れた。開けた視界に絢音は顔を上げた。何もない世界に、凜が現れた。ブランコを漕ぎながら、うつむいている。さく、さく、さく、と音がする。絢音が前に歩き出した足音がする。まっさらな雪に穴を開けながら、絢音は凜に近づくと、その手を後ろから、ぎゅっと握った。
「俺……」
後ろにいるのが誰なのかわかっているように、凜は呟いた。
「お前が嫌がることは、絶対にしねーから!」
「勘違いしてたね、あたし」
絢音はもう片方の手で、それをさらに撫でた。
「傷つけちゃったね。今なら凜のこと、わかってあげられる」
「わかるわけあるかよ」
凜は背中を向けたまま、怒ったように言った。
「俺とおまえは違う人間なのに」
「歩こ?」
絢音は涙でくぐもった声で、言った。
「せめて、一緒に歩こうよ」
凜はブランコからようやく立ち上がると、歩き出した。絢音と手を繋いで、並ぶことはなく、ただその背中を見ながら、さくさくと音を静かに立てて、ついて行った。
「友達になんかならねーからな?」
「あたしもなるつもりないよ。でも……」
絢音は地平線の向こうを力なく見つめた。
「こんななんにもないところでずっと生きて行けないでしょ? 一緒に、ここを、抜け出そ?」
「俺をここに放り出したやつが何を言う」
「うるさい。さっさと歩け」
「貴様に命令される筋合いはない」
「あっ、そう? じゃ、手を離すよ?」
「離すな!」
凜は慌てて絢音の手をぎゅっと握り返す。
「仕方ないな。一緒に行ってやる」
凜の涙はいつの間にか乾いていた。絢音は犬を連れて歩くように、歩きながらぼろぼろと泣いた。歩きながら、だんだんと笑顔になって行く。
「何を笑ってやがる?」
絢音の顔は見えないのに、後ろから凜が言った。絢音の手をぎゅっと握りしめながら、清々しい笑顔を浮かべながら。
「気持ち悪いな、貴様。ハルカに振られたくせに、何を笑ってやがる?」
「あんたこそ」
絢音も振り向きもせずに、凜に言った。
「なんであたしに利用されて、ボロクソに言われたのに、笑ってんの?」
「俺はこうやって貴様と歩いているからだ。貴様は?」
「シンプルな気持ちなんだ、今」
絢音は涙でつっかえながら、そうとしか言えなかった。
「こんなに辛いのに、ハルちゃんのこと、好きになってよかったとしか思えない。そのこと以外、なんにもないんだ、今」
「ハハハ! 辛いのに笑ってんのか。複雑だな」
「複雑じゃないよ。すごくシンプルな気持ちなんだ」
「ハハハ! 実は俺も同じだ。貴様のことが好きだ。何度でも言ってやる。大好きだ、絢音!」
「うるさいな。今はハルちゃんのことしか考えられないんだからね、あたしは!」
「俺も同じだ。好きだぞ、絢音! ずっと好きだ!」
「好きだったよ、ハルちゃん! 今も好き!」
「ククク! よくも俺を騙してくれたな! それでも何度でも好きになってやるぞ、絢音!」
「うるさい! うるさいうるさーいっ! あたし今、ハルちゃんのことばっかり考えてるんだから邪魔すんな! あははは!」
「残念だったな! 俺の想い人は今、俺の目の前を歩いている! 俺の勝ちだ! 何度でも貴様の背中に俺の気持ちをぶつけられる! クハハハ!」
「なんであたしなのよ! 豚でも好きになっとけよ! きゃはは!」
「豚は貴様だろうが! このかわいい小豚ちゃんが! ククク、アハハ!」
絢音は繋いでいた手を離し、足元の雪を掬って丸めて固めると、後ろに向かって投げつけた。凜はぶさいくな体さばきで避けようとしてまともに顔に喰らい、雪にまみれた顔を笑わせた。
「好きだ! 絢音! 俺にもそれ以外、何もない!」
「あたしはハルちゃんが好きなの! 近寄んなーっ!」
絢音も笑顔になって、雪玉を投げて、投げて、投げまくった。
「人を好きになるのって、いいよね」
絢音はもう、泣いていなかった。
「好き同士になるのはたぶん奇跡みたいなことだけど、好きになるのは辛いことだけど、でも、片想いだったってはっきりしても、それでもいいもんだね!」
「うるさい! 俺をコケにしたやつが何を言う!」
「あんたなんかどーでもいいからだよ、えいっ!」
「ぶほあっ! い、いつかおまえを振り向かせてやるぞ!」
「ふふっ。でも、友達としては好きになったよ、あんたのこと。でもあたしはハルちゃんが好き! 大好きだーーっ!」
「おれは貴様が大好きだーー……むわ!! 告白中に攻撃とは卑怯な!」
空と雪の間で笑いながら雪玉を投げ合いながら、2人は気づいていなかった。
地平線の向こうには、いつもの町が見えはじめていた。
(第一部 完)
第一部『恋愛編』はこれにて終わりです。
読んでくださった方、ありがとうございました。
第二部『バンド編』は11月頃開始の予定です。




