ハルちゃんにとって、あたしは何?
23
普通のアパートだった。
ハルちゃんの住んでるところだから、少なくともあたしには特別にキラキラ輝くアパートに見えるのだろうと思っていたが、それはどう見ても洗ってない感じの白の、どこにでもあるアパートだった。そう感じた自分があたしはショックだった。彼女に対する自分の気持ちはそんなのものなのか、これが白亜のお城に見えるくらいじゃないとイカンだろう、と自分を叱りたい思いにちょっと打ちひしがれた。
「凜の様子、見てから行こう」
ハルちゃんがそう言ったので、あたしは慌てて止めかけた。でも何も言えず、ハルちゃんは1階の『小此木』と表札の出ている玄関の前に立つと、呼鈴を押した。
「はい」
明るい声でそう言いながら、綺麗なおばさんが出て来た。
「あら。ハルカちゃん」
「今日は、マサミさん。凜、今日、学校来てなかったけど、どうしたんですか?」
するとマサミさんは声をひそめ、
「あの子ねぇ……。無断で学校休んだみたいなのよ。で、まだ帰って来てないの。どこで何してるのかしらねぇ……。さすがにもうすぐ、学校行ってたふりして帰って来ると思うけど……。そうしたら叱ってやるんだから」
「サボりか」
ハルちゃんが言った。
「じゃ、また後で、帰ってるかどうか見に来ます」
「どうしたんだろうな、凜のやつ。絢音、何か知らない?」
そう言いながら階段を昇って行くハルちゃんの白い足ばかりあたしは見ていた。
「今までアイツが学校サボったなんてことなかったんだけどな。何かあったのかな」
あたしは「うん」「うん」ばかり言っていた。
4階の『井伊』と表札の掲げられた扉の前に立つと、ようやくあたしの妄想パワーが現実に補正を加えはじめた。なんにも置いてない玄関は花に囲まれ、どこからか漂って来るサンマを焼く匂いが香水の薫りに変換される。ハルちゃんはバッグからなすびのキーホルダーのついた鍵を取り出すと、それを使って玄関のドアを開けた。
「ご両親、いないの?」
「鍵っ子だよ。母さんは仕事で遅いし、父さんはいない」
「あ。ごめん……」
そういえば離婚してると前に聞いたことがあった。
「いいよ。どうぞ、入って」
玄関を入ると猫の匂いがした。日だまりと猫砂の入り混じって、やわらかい毛が鼻をくすぐるような、あの匂いだ。それを消そうと頑張っている芳香剤のラベンダー臭が余計だった。すぐ目の前にごっちゃりと果物や甘栗の入ったでっかいお皿の置いてある食卓が見え、片付けられてない洗い物がシンクに溜まっているのが見えた。猫はいなかった。
ハルちゃんが「ちょっと待ってね」と言ってシンクの洗い物を片付けはじめたので、あたしも手伝った。それが終わると食卓から未開封のポップコーンを取り、冷蔵庫からコーラの開けかけのペットボトルを取って、あたしを導いた。
「こっちだよ、僕の部屋」
ドキドキしながらついて行くと、玄関に戻って右を見てすぐのところに襖がある。それをハルちゃんが忍者みたいにシャッ!と開けると、四畳半の男らしい部屋が現れた。
「物で溢れ返ってるだろ?」
ハルちゃんは照れたようにそう言った。
畳の上にベッドが置いてある。
パパのベースはきちんとソフトケースに入れられてベッドの枕元に立てかけてあった。それ以外は結構ぐちゃぐちゃだ。
ハルちゃんのものらしい黒いかっこいいベースは裸でベッドの上に投げてある。アコースティックギターはベッドの足元に無造作に立たされている。コードや機械が部屋の隅にごっちゃらけでまとめてあった。
小さなテレビが反対側の壁際に設置されていて、ハルちゃんがベッドを背もたれにして畳の上に座りゲームをしている絵が頭に浮かんだ。
押入れの襖には有名なロックバンド『おちゃかたま』のポスターが3枚貼ってあり、畳の上には脱ぎ散らかした衣類が何枚かある。
結構だらしないひとなんだな、と思うと、あたしは心の中で微笑んだ。一生お世話してあげたい気持ちになった。
ハルちゃんがベッドの上のベースを退けて、そこに座ると、自分の隣を手でぽんぽん叩く。あたしがそこに座ると、2人の腰骨がくっつき合った。
あたしの首に彼女の指が巻きつく。
「ハルちゃんのお父さんって、なんでお母さんと別れちゃったの?」
あたしはそんなに興味のないことを、自分の興奮を隠すために聞いた。
「高木まさみちって、聞いたことある?」
「知らない」
「僕の親父。代議士だったんだ」
「ダイギシ……って、政治家?」
「うん。汚職事件を起こして一時有名になったよ」
そう言いながら、あたしの首筋に唇をつけてくる。
「今日は僕からやらせて」
ハルちゃんの腕があたしに絡みついてきた。
ハルちゃんの赤い唇が近づいてきて、やわらかく、あたしを包み込んだ。あたしは頭が痺れて気が遠くなりそうになりながら、唇を尖らせて、やわらかい世界を押し返すように、ついばんだ。あたしに下唇を吸われてひるんだハルちゃんの口の中にベロを突っ込む。あたしの口の中にもハルちゃんのベロが入ってくる。しばらく一つに絡み合い、興奮しすぎて息ができなくなって、ようやくお互い離れた。
「絢音、エロい……」
ハルちゃんがとろんとした目であたしを見つめる。
「エロの才能ある。……すっごく感じちゃう」
あたしは聞いた。
「あたしのこと好き?」
「うん。絢音といると、すごく居心地いいよ。本当の自分をさらけ出せるっていうか」
「返事はイエスかノーだよ」
「イエス」
そう言いながら、ハルちゃんがあたしをベッドにゆっくり押し倒す。
制服のボタンをひとつずつ、ゆっくり外されながら、あたしはハルちゃんの顔を横目で見つめた。
息が荒くなって、幸福感が止まらない。
「でもさ、今日みたいなの、もうやめてね」
最後のボタンを外しながらハルちゃんが言った。
「……今日みたいなことって?」
「ジッセンバラくんの前でさ、僕達の関係、匂わすようなこと言ったろ?」
「……いいじゃん、別に」
「よくないよ」
ハルちゃんはあたしのブラウスを開帳すると、背中に手を回し、ブラを外しにかかる。
「もしかしたら僕、あの子と付き合うことになるかもしれないんだからさ」
あたしは閉じていた目を開いた。
ハルちゃんの手首を掴み、動きを止めさせる。
聞いた。
「ね、ハルちゃんにとって、あたしって、何? どういう関係?」
「え?」
何を当然のことを、という風に、ハルちゃんは答えた。
「セフレだろ?」
セ……
セフレ……。
あたしはそんな言葉をリアルで聞くなんて、思いもしていなかった。




