表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/28

旅 1

 何も考えたくなかった。何もこの目から、この鼻から、この耳から、この鱗から入って来る情報全てを受け入れたくなかった。

 眼を閉じても涙が出て来た。僕は友達も、父も、喪ったんだ。

 僕は、一体、何をしてしまったんだろう。

 見てしまった光景には、ヴェーナさんと父さんの両方の頭が潰れた光景があった。

 目を閉じようとも、頭からこびりついて離れなかった。僕は、ヴェーナさんと父さん、両方を殺したんだ。僕は、父さんがそこまでして守るべき子供だったのか? ヴェーナさん、父さん両方が死んでまで、生き残るべきだったんだろうか。

 僕が素直に殺された方が良かったんじゃないか? 僕は、どうしたら良かったんだろう。

「うっ……うっ……」

 心臓が、はちきれんばかりにばく、ばく、と鳴っていた。遅く、強く。もう速くなかった。強かったけれど、落ち着いていた。その遅さは、もう終わってしまったのだと、これから何も起こらないのだという事も僕に教えていた。

 もう、父さんが生き返る事もない、ヴェーナさんが生き返る事もない、フリガンが生き返る事もない、時間が巻き戻る事もない。

 ああ。ああ!

 僕は、間違っていたんだろう。僕は、父さんから色んな事を聞きながらも、楽な方へ流れていただけだった。フリガンもヴェーナさんから色んな事を聞いていただろうけれど、フリガンはそれに従って強くなろうとしていた。

 僕は生き残った。僕だけが生き残った。

 そうなってしまったのは、僕が楽な方に逃げていたからだった。フリガンに絶交されようとも、ヴェーナさんに伝えれば良かった。父さんにフリガンについて色々話せば良かった。色々聞けば良かった。

 ……。

「父、さん……」

 どうしたら良かったんだろう。もう、教えてはくれない。

「……え?」

 もう一度、目を開けると、目の前に灰のようなものが漂っていた。

 父さんが居る、下を見る。

「……どうして」

 父さんとヴェーナさんの体が、塵になって消え始めていた。

「どうして? え……」

 辺り一帯に散っている血さえもが、塵になって消えていた。自然と体が前に出ていた。父さんの体が消えていく。

 訳が分からなかった。


 父さんとヴェーナさんの上に落ちた岩が、がらり、と音を立てて転がった。

 僕が崖の下に着いた頃には、父さんとヴェーナさんの頭はもう、殆ど無くなっていた。

 鱗ももう、無い。血がだらだらと流れていき、そして塵となって消えていった。

「何で……」

 父さんの体には、温かみが残っていた。消えつつも、父さんの体に付いた傷が、はっきりと分かった。ヴェーナさんによって付けられた深い傷が至る所にあった。離れた場所に、父さんの千切れた翼が僅かに残っていた。

 ヴェーナさんの体内にあった酸が、どろどろと周りの大地を溶かしていた。また、ヴェーナさんの体もかなり傷付いていた。翼も、千切れてはいないものの、千切れる寸前になっていた。尻尾が千切れていた。折れた角が遠くに転がっていた。

 ここまでして、本当に、命を賭して父さんは僕を守ろうとしたんだ。そこまで、父さんは僕の事を想っていたんだ。

 でも、何で。何で、そこまでして僕を守ろうとしたんだろう。

 …………。

 もう、疲れた。きっとそれは、僕にはまだ、分からない事な気がした。

 頭が痛い。体も、疲れた。さらさら、と父さんとヴェーナさんの体が消えていく。鱗も、肉体も、骨も、全て消えていく。もう、ドラゴンとしての原型も無くなりつつあった。僕が寝たら、きっともう、父さんの体もヴェーナさんの体も無くなっているんだろう。

 そして、フリガンの体もきっと、もう無い。フリガンの体が死しても虐げられる事は無かった。

 ……疲れた。

 考えるのも、動くのも、もうしたくなかった。

 目を閉じて、耳と鼻を塞いで、体を丸めて寝たかった。


「……ん」

 長い間寝ていた気もするし、そんなに寝ていない気もした。空は、赤くなっていた。西に沈んでいく夕日が、半分だけ顔を見せていた。

 ぎゃあ、ぎゃあ、と鳥の鳴き声がする。父さんの体とヴェーナさんの体はもう、無くなっていた。

 散って行った灰のようなものも無い。

 折れた木々。溶けた岩肌。燃えた大地。戦いの痕跡だけが残っていた。

 僕だけが、ここに居た。

 込み上げて来るものがあった。

「あああああっ、ああああっ」

 どうして消えてしまったかは分からない。けれどそれは、終わってしまったんだという事をとても、目で見える形で僕に示していた。

 もう出ないとも思った涙がまた、溢れて来る。父さんは死んでしまった。ヴェーナさんも、そして、フリガンも。

 父さんは僕に母さんの事を伝えないまま。ヴェーナさんも、僕を恨んだまま、フリガンは苦痛を味わいながら、死んでいった。

 僕だけが生きている。僕だけが、ただ、生きている。

 僕は、これからどうしたら良いんだろう。こんな事になる何て、全く思ってもいなかった。

 僕の中の何かがすっからかんになったような感覚。何もかもが消えてしまった。

 これから夜が来る。明日、父さんは居ない。明後日も、その次の日も、来年も。もう、父さんの顔を見る事も無い。

 ここにはもう、居たくない。……そうだ、カァミさんがその内帰って来るかもしれない。ここには居られない。

「ううっ……」

 涙は、自然と収まって来た。体も頭も疲れているのは寝ても余り変わらなかった。

 こんな時でもお腹は減るけど、何かを食べる気分にはなれなかった。狩るのも面倒だった。

 何もしたくなかった。これからどうすれば良いのか分からなくても、考えたくもなかった。

 起きても特に何かが変わっている訳でもなかったし、夢だった、何て事も無かった。


 そのまま、夜が来た。

 空は暗かった。

 星が点々と輝いている。ドラゴンは、死んだらどうしてあんな風に消えてしまうんだろう。ドラゴンは、死んだらどこへ行くんだろう。あのどれか星の一つにでもなるんだろうか。

 土に還る事も無く、ただ、塵になって消えていく。思い出してみれば、綺麗なものでもなかった。

 死ぬっていう事は、そんなものなんだろう。誰も、望んで死んだりしない。僕が今まで食べた獣だって、殺す直前までは死ぬ何て思っていなかったと思う。

 お腹が鳴る。でもやっぱり、狩りに行こうとは余り思えない。消えてしまった父さんの近くにずっと、居たかった。

 ざむ、ざむ。

 ……懐かしい音がした。草を掻き分ける音。

「……ジェルヴェーシ」

 僕がそう言うと、ジェルヴェーシは爪の音をわざと立てて、歩いて来た。もう、僕の方が強いだろうに。

 どうして来たかは分からない。でも、誰かと喋れるというのは、気付いてみればとても嬉しい事みたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ