始 6
僕は、僕は、間違っていたんだろうか。フリガンに罵られようとも、馬鹿にされようとも、幾ら弱虫と言われようとも、フリガンを助けるべきだったんだろうか。
フリガンの事は、そこまで好きじゃなかった。体が大きくなってもそれは余り変わらなかった。
でも、この恐怖は、この悲しみは、この涙は、この後悔は、どこからやってくる。どれだけやってくる。
僕は後悔していた。僕はフリガンが死んだ事にとても涙していた。とても悲しみがあった。そしてそれら全てが恐怖で覆われていた。
どうしてフリガンに、森の獣達が僕達を襲わない理由を話さなかったんだろう。どうしてヴェーナさんはフリガンに伝えなかったんだろう。
どうして僕はこうして逃げているんだろう。どうして僕は叫んでいるんだろう。
僕は、僕は、間違っていた。
フリガンの事は、好きじゃなかった。でも、嫌いでも余り無くなっていた。小っちゃい頃から、フリガン以外に遊ぶ相手は居なかった。でも嫌いだった。
でも、長く付き合うに連れて、そのフリガンの嫌いな部分を受け入れられるようになっていっていた。フリガン自身、口だけじゃなくて努力してた。それは尊敬してた。いつの間にか、今、やっと気付いた。もう、遅いのに。とっくに。
フリガンは、唯一無二の、同世代の、……友達だった。
ああ。ああ。
嫌だ。どうして。僕はどうして、ここまでこんな選択をしてしまったんだ。どうして、僕はあそこで迷ったんだろう。迷っていなかったら、死んでいなかったかもしれないのに。
ああ。嫌だ。何で。僕は。
「どうしたんだ、アレフ」
「フリガンが、フリガンがっ」
「……落ち着いて、言ってみろ」
「フリガンが、人間に殺された。僕は、逃げ、た。怖、かった」
「どういう事だ」
父さんの顔が固まった。表情が消えた。
「話せ。何があった」
父さんが尻尾で、僕の顔を持ち上げた。目が間近で合う。けれど、僕の頭は何を話せば良いのか教えてくれない。
「……ゆっくりでも良い、最初から話せ」
父さんの顔は、僕の目を、じっと見ていた。怒ってもいない。しっかりと、僕の目だけじゃなくて、僕の事全てを見ていた。
頭が、少しだけ、落ち着いた。
「……フリガンが、あっちにある町の塔を壊そうとしたんだ」
「……ああ」
「壊しに行ったら、人間が、何か黒い物をフリガンに飛ばして、落として……。
フリガンは落ちて……逃げられないまま、人間に囲まれて……ああああ、ああっ
フリガン、嫌だ、どうしてっ」
思い出せば、叫ばずにはいられなかった。
どうして、僕は、こんな結末を予想出来なかった。
その時、頭を抑えつけられた。
「落ち着け」
口も開けられない。父さんが、僕の頭を踏んでいた。
「……今から、大切な事を言う。絶対に守れ」
今までに聞いた事の無い声だった。
頭が空っぽになったように、透き通った。父さんのその、威厳のある声が、そうさせた。
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岩を動かして、アレフを閉じ込めた。
……俺自身の手で、またアレフをここから出す。
そうしなければいけない。何事も起こらない何て、それは願望でしかない。
ここが見つかるとは、思いたくない。住処の岩棚からは離れた場所だし、遠くから見ても違和感もそんなに無い。
「いいな。俺が出すまで、ここでじっとしてろよ」
「……うん」
岩棚の横穴の奥から小さく返事が聞こえて来る。もし、万が一があったとしても、アレフの体なら動かせる大きさだ。
痺れを切らして、空腹や渇きに耐え切れなくなった時には、出て来れる。
そして、俺かアレフ以外がこの岩を、どかす事はあってはならない。
俺には、アレフ以外、何も残っていない。友も失った。親も居ない。何も、無い。
その町の近くまで行けば、惨状がもうあった。
そこに人間の町があるのは知っていた。そして今、至る所から煙が出ていた。
何かを燃やしたような臭い。けれど、それはただ物を燃やしたような臭いじゃない。花火を見た時と似た臭いが微かながらした。
花火のような爆発を利用して、フリガンを殺したのだろう。
しかしまだそれは、子供を殺せる程度の力だった。
それ以上にした煙の臭いは、ヴェーナによるブレスの痕の臭いだった。
町は、原型を失っていた。逃げ場も作ってあったんだろうが、それも全て穿り返されたような痕跡。
そして森の一か所で、ヴェーナは前足を振り下ろしていた。
ヴェーナが俺に気付くと、すぐに俺の方に飛んできた。
空中で、向き合う。
「アレフはどこだ。アレフも居たんだろう。アレフから聞いたんだろう。俺の息子が殺された事を。だからお前もここに来たんだろう」
「言えない。会ってどうするつもりだ。それに、どうするつもりだろうと、言わない」
「……そうかよ」
血塗れの牙、血塗れの体。ヴェーナ自身に傷は、殆ど付いていない。尻尾の鱗が抉れている程度だった。
成竜したドラゴンには、効かないものだったようだ。
「カルミア、俺を止めるか?」
「行くと言うのならば」
「お前、俺より弱いよな。戦った事は無いが、それだけは分かる」
「ああ、弱い。分かっているさ。けれど、止めなければいけない。俺が死のうとも、お前を止めなければいけない」
ふっ、とヴェーナは息を吐いた。
「……俺は、間違えていたのか?」
ヴェーナの育て方は至極全うな、普通な子供の育て方だった。唯我独尊、自分勝手に、奔放に育てるのが普通だった。俺の方が異常だった。負け犬の俺が、得る筈じゃなかった子供を得た結果だ。
しかし、そして俺の子供が、生き残った。
「これからの時代は、そうなっていくんだろう」
人間が、俺達ドラゴンに牙を剥き始めた時には。その力を手に入れ始めた時には。
「……妬ましいな」
背筋が冷える。
「何で弱い奴が生き残ったんだ」
ヴェーナの体がいきなり回った。背中が、そして尻尾が俺の頭に向けて振り下ろされる。
首を動かして躱す。耳が鋭い風切り音を捕える。
けれど、鋭さが足りない。ヴェーナと戦った事は無いし、戦う事自体も久々だが、それは分かる。
その尻尾の怪我は、でかい。
そのまま前脚が振り下ろされる。頬を掠る。噛みつきが来る。体を仰け反らせて躱した。
「本当に、殺すぞ」
「……やってみろ」
距離を取って身構えたその瞬間、ヴェーナは一気に違う方向へ飛んだ。全速力で、俺の住処の方へ。
慌てて火球を飛ばすが、ヴェーナには届かない。
「くそっ」
離れた所に隠したとは言え、ドラゴンの五感ではその内見つけられてしまう。
追い掛けなくては。そして、ヴェーナを、止める、俺自身の手で、殺さなければいけない。
何としても。俺がどうなろうとも。
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「……今から、大切な事を言う。絶対に守れ」
その目は、何か決意したような目だった。
父さんは口を開けて、少し迷ったかのように一旦口を閉じた。
それからもう一度、口を開けて言った。
「……アレフは、本来ならば、生まれて来る事は無かった」
「え?」
「聞け。俺が肉体的にも、そして心も弱かったから、お前は生まれて来た。
……だが、アレフを、俺は愛している」
何を言ってるんだ? 何を唐突に。
父さんは目を町の方に向けた。
「これからきっと、ヴェーナがお前の所に来ようとする。最悪、お前を殺しに」
「え?」
「だからお前をある場所に隠す。俺は、ヴェーナの所に行く。
俺が戻って来るまで、絶対に出て来るな。何が起ころうとも」
そして父さんは、問答無用に僕を隠した。
暗闇の中、頭は回らなかった。父さんの言った、弱いから僕は生まれて来た、という事ががどういう事なのかも分からないし、ヴェーナさんがどうして僕を殺しに来るのかも分からなかった。
そして、フリガンの叫び声が聞こえて来る。
叫べば、僕の声は洞穴の中で何度も反響してそのまま何度も僕の耳に返って来た。
ヴェーナさんに本当に、伝えておけば良かったんだろうか。きっとそうなんだろう。もしそうしたら、フリガンとは絶交する事にもなったのかもしれないけれど、それよりもフリガンが死ぬよりはとてもましだった。
ああ。どうして僕はこんな選択してしまったんだろう。フリガンが死ぬなんて、思いもしなかった。
気が付くと、頭がずきずきとしていた。壁に頭をぶつけた訳でも無いのに。
涙は止まっていた。頭はいつまで経ってもぐるぐると同じ思考を繰り返すだけだった。
吐き気もする。父さんに寄り添って心の底から温めてもらいたい。何もかも忘れて、起きたらフリガンが隣に居れば良いのに。
本当に、元に戻っていれば良いのに。フリガンが生きている時まで戻れば良いのに。
また、涙が出始めていた。
翼の音が聞こえて、埋めていた頭を持ち上げた。
父さん? ……いや、ヴェーナさん?
その音はすぐにはこっちには来なかった。まるで何かを探しているかのように翼の音は遠ざかったり近付いたりしていた。
息が大きくなって、思わず洞穴の後ろの方に下がった。
翼の音が、一段と大きくなって来た。そして、ずん、と岩が動いた。光が漏れた。
「……そこに居るな?」
心臓が跳ねた。ばくばくばくばくと、今までにない程に速く強く動いている。何もしてないのに息が切れた。頭が回らなくなってくる。
ヴェーナさんの声は、それ程までに、冷たいものだった。
がら、がら、と岩が引っ張られていく。
「ど、どうして」
「俺の息子の方が強かったのに、お前が生きている事が憎たらしい」
「そ、そんな理由、で?」
がら、がらと岩が徐々に外に出て行く。ぱらぱらと削れた岩が光に照らされて地面に落ちたのが見える。
「ああ、生きているお前が、とても憎い」
がら、がら。ぱら、ぱら。
ばくばくばくばく。
僕は、これから、殺される。父さんは、どこに居るんだろう。もしかしてもう、ヴェーナさんに殺されてしまった?
「ひ……」
「ああくそが。面倒な事になったな。いや、どっちにしろ同じか」
岩の音が止まった。気が付けば、別の翼の音が聞こえていた。
「グオオオオッ!」
初めて聞く、父さんの雄叫びだった。
ここに隠れていても、耳にとても力強く響いた。とても、僕はほっとした。
ずん、どん、ばきり、ぐしゃり。
外から重い音が聞こえる。何が起きているのか、ここからじゃ全く分からなかった。
雄叫び、絶叫、木々が折れる音、岩壁に何かが打ち付けられる音。
そして炎の音、何かが溶ける音。
ジェルヴェーシに言われた事を思い出した。
「そんなんじゃないな。子供には分からんだろうが、子供を亡くした親ってのは、とにかく恨みとか妬みとかそういうものに満たされる。
俺がそうなったとしても、まあ、適当にそこらの奴を食い散らかす位しか多分、暴れるとしても上限だ。
だが、あんなお前の父親の巨体で、炎も吐くような奴がそんな事になったら、俺だけじゃない。ここら一帯の沢山が死ぬ羽目になる。
もし、その事が分かってない馬鹿がお前を殺したら、俺みたいに喋れる奴も、喋れない奴も、纏めて皆殺しだ。迷惑もクソもねぇ。
そんな事分かってなかったろ」
一度、少し落ち着いた心臓がまた、ばく、ばく、ばくばく、と鳴り始めた。
ヴェーナさんがそうなった。でも、僕まで殺そうとしてくる何て思いもしなかった。ここまで音が響いて来る何て思いもしなかった。
実際にヴェーナさんの声を聞いて、そして今感じている戦いを体で感じて、僕が想像していたよりとても激しいものだった。
「グ、アアアアッ!」
父さんの痛みの声。ヴェーナさんの声は、余り聞かない。
父さんが負けている事はそれだけで分かってしまう。
「父さん!」
思わず、叫んだ。
「出て来るな!」
その直後、叩きつけられた音。
血を吐くような叫び声、ぶちぶちぶちぶちと何かが千切れる音。ヴェーナさんの叫び声。怒声。
切り裂かれる音、折れる音。倒れる音。叩きつける音。
どん、どん、と音が響く。結構高い場所なのに、そこまで振動が伝わって来る。岩もが揺れている。
「ヴララララッ!」
「グオオオオッ!」
べきゃり。ばきり。ぐちゃ。ぼんっ。
びき、どん。がん、がん、がん、みしみしみしみし、ずちゅっ。
「ギアアアッ!」
「ゲリュゥッ」
べぢ、どすっ。
ぐちょっ、どん。
「グオ、アッ」
べきり。
「……くそが」
……それは、ヴェーナさんの声だった。
その直後だった。
「ア゛レフッ! い゛わを゛お゛とせ゛っ! い゛ますぐに゛!」
それは、強い命令だった。しなければ、僕が死ぬ。そう、耳の間近で、言われたのと同じだった。
「何をっ」
僕は、岩に体当たりをした。無我夢中だった。何も考えなかった。
どん、と一発、岩が転がった。後一回で、落ちる。
「離せ、くそっ」
ずちゃっ、べきっ。
もう一度、体当たりをした。
岩が、ごろりと転がって、落ちる。
「良いのか!? お前の父親、死ぬぞ!?」
「えっ」
岩は落ちて行った。
「グ、アアアアアッ!」
ぐしゃり。
「……え」
恐る恐る、下を覗いた。
「うわああああああああああああああっ、あああああああああああっ、ああっ、あああああっ! ああっ、い、あああああっ、あああっ、ああああああああああっ」
黒いドラゴンと赤いドラゴンが、血を撒き散らして、岩の下敷きになっていた。微塵たりとも動いてなかった。
「あああああっ、いっ、ひっ、あっ、あああっ、ああっ、えぐっ、おぐっ、ううっ、ああっ」
僕は、僕は。
「ひっ、ひいっ、ああっ、はあっ、おおっ」
僕はっ。
ここで連投終了。
多分一週間毎位に投稿すると思うなあ。




