始 5
日が暮れ始める頃になって、フリガンと別れて父さんの所へのんびり帰る。
翼も大きくなったし、飛ぶ速さも最初の頃よりとても速くなった。
夜が来る前に、父さんの所へも帰れる。
臭いを嗅いで、空から一気に降りて、獲物を踏み潰した。
そう上手く行く日はそんなに無い。運が良かったかな。
言葉を喋れる獣はまだ、食べた事は無い。多分、その中には今の僕でも捕まえられる獣も居ると思うけれど、やっぱり喋れる獣を食べる気にはなれなかった。それにそもそも会った事すら、ジェルヴェーシ以外には無かった。
フリガンのように敵意というか、そういうものも僕は特に持ってないし。
肉を食い千切りながら、今日の事を何となく思い返す。
人間の事は僕は良く知らない。遠くから見た姿と、道具を作って、使って生きているという事位しか。
父さんもそんなに良くは知らないようだし。
でも、こんな森の中まで来てる人間を、僕やフリガンがすぐに殺せるんだろうか。少なくとも、この森で生き延びられる位の実力はあると思うんだけど。
逃げられない、殺せないと思って、潔く殺されたのかな。
でも、考え始めてみれば、そうだとは余り思えない。僕やフリガンが人間より足が速かろうが、逃げられる術が全く無いとも思えない気がしてきた。どういう道具を持っていて、どういう使い方をして、どういう事をするのか全く知らないけれど、その道具というものがあれば、もしかしたら逃げる事も可能だったんじゃ。
それによくよく思い出してみれば、人間の声らしきものも聞こえなかった。
……フリガンは本当に、人間を殺したのかな?
いや、フリガンから臭った血の臭いは、今まで嗅いだ事の無い臭いだった。それに、そんな事でフリガンが嘘を吐くようには思えない。
生意気だし、物知らずだと思うけれど、自分の強さを示すのに嘘は吐かないと思う。
プライドは高いし。
じゃあ、やっぱり多分、フリガンは人間を殺した。あっさりと。
……どうして? 単純に、フリガンの方が圧倒的に強かった? それとも、何かあった?
考えてもそれは分からなかった。
ジェルヴェーシに聞きに行けたらな、と思う。
それか、ここ辺りに住んでいる人間に会えたらとも思う。どちらも、無理な願いだと思うけれど。
探した事もあったけれど、臭いを探しても、全くと言っていい程、特徴的な痕跡は見当たらなかった。
僕達ドラゴンは、本当に避けられている。
当たり前と言えば、当たり前だろうけれど、やっぱり寂しくなる。
帰るしかない。
父さんに聞けば、何か分かるかな。でも、何となく、何も分からない気がした。
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その日、フリガンの様子はちょっと落ち着きが無かった。いつもの事だけれど、何となく、様子が違った。
フリガンは近い内に、人間達の町を襲いに行こうとしているのだろう。
聞けば、「やっぱばれるか」とばつの悪そうな顔をしながらも、「親父には絶対に言うな」と顔を近付けて言ってきた。
僕と同様に、更に大きくなったフリガンの迫力に、僕は頷くしかなかった。
僕より確実にフリガンは強くなっていた。強くなろうとする意志は僕よりも、真直ぐなフリガンの方が強かった。同じ、もう森の中ではばきばき木々をへし折らないと遊べない程の大きさだったけれど、筋肉の付き方がかなり違ってた。
生意気だし、苛つくのは変わらないけれど、いつの間にか、ただのそんな奴じゃなくなっていた。
ちょっと、やっぱり、羨ましさもあった。
「俺が一番やりたかった事はな、殺す事より、あの長い塔を壊す事だった。人間達を殺すだけならここまで成長しなくても大丈夫だったけどな、あの塔を壊すにはな、もうちょっと体が大きくなるのを待たなければいけなかった。
とても、もどかしかった」
とてもわくわくしているように、フリガンは言った。
目の先には、人間の町がある。大きさは人間の町を色々見た事が無いから良く分からないけれど、父さんやヴェーナさんの体の何倍もの大きさがあった。十倍までは行かないだろうけれど。人間の姿もここからでもそこそこ見える。
そしてフリガンの言う長い塔は、その町の中心にあった。フリガンが壊したいと言うのも良く分かる。あの長い塔を折って、倒したらそれはとても快感だろうと思う。
「行かないよな、お前は」
「……うん」
壊したい気持ちは少なからずあってちょっと迷ったけど、やっぱり行かない事にした。
危険だ、と思う気持ちよりも、何となく、ただ壊したいだけで壊すっていうのは、嫌な気分にもなる感覚がした。フリガンにはそんな気持ち、微塵も無いんだろうけど。
「じゃあ、行ってくる」
そう言って、フリガンは散歩にでも行くような声で、飛んで行った。
けれど、尻尾はいつもより大きく揺れていたし、飛ぶ速さもいつもよりちょっと速い。
隠しきれてないな、と僕はちょっと笑った。
音までは聞こえないけれど、一心不乱に塔を折ろうとしているフリガンの姿は良く見えた。
周りの岩壁を体を使って叩き壊していって、少し出せるようになった酸のブレスも使って、倒れるのはもう時間の問題だと思えた。
とても楽しんでいるのが、遠目でも良く分かった。
どろどろと酸によって溶けた岩が垂れ流れていく。がらがらと破片が地上に崩れて落ちていく。何も出来ない人間が下には、……誰も居なかった。
「え?」
思わず声が出た。
目を凝らして良く見てみた。塔の下には、人間の住処らしき建物は無く、更地になっている。そこには人一人すら居ない。
住処と住処の間の道にも、誰一人として居ない。
……思い出せ。人間は、フリガンが行く前は、見えてた。いつの間に、どこに消えた?
建物の中に全員避難したんだろうって思うのが妥当だけれど、誰一人として見えないのは、何かおかしい気がした。
そりゃ、ドラゴン何て危険な生物が現れたら誰だって逃げるだろうけれど、それでも一人として見えないのはおかしい。
その時、唐突に、どん、と音がした。
初めて聞く音だ。響いてくるその強い音に、そう思った。黒い物が、黒い体のフリガンに高速で飛んで行って、フリガンの翼がもげたのが見えた。
塔は、先に倒れていた。
フリガンの体が落ちていく。がりがりと塔の壁に爪を立てて、フリガンは地面に激突するのは避けた。
行かなきゃ。助けなきゃ。
そう思うまでに、数瞬の戸惑いがあった。
本当に、殺しに来てる。報復何て恐れてない。
それを、信じられなかった。
どん、とまた同じ音が、連続して聞こえた。もげた翼の根本から血をだらだらと流すフリガンに、黒い物が迫る。フリガンは咄嗟に爪を壁から外した。落ち始めるフリガンの上で、黒い物が塔に激突して、一気に瓦礫をまき散らしながら破壊した。
フリガンが片方だけの翼で、半ば落ちながらも、着地しようとしていた。
助けなきゃ。飛び始めて、更に、どん、どん、と何度も音がした。
ふらふらと落ちるフリガンの胴に、その一つが激突した。
叫び声は無かった。口から、破壊された胴から、血をまき散らしながら、フリガンは落ちていった。
人間の雄叫びが、至る所から聞こえ、それと同時にどこかに隠れていた人間達が一気に姿を見せて、フリガンに迫っていく。
「あ、ああ、」
そして、人間達は、僕もちゃんと、目視していた。
どがん、と音が近い所からして、咄嗟に僕は身を丸めた。頭上を、何かがとてつもなく速く通り過ぎて行った。
「うあ、あ」
逃げなきゃ。フリガンは、助けられない。僕じゃ、落とされて、死ぬだけだ。
フリガンの悲鳴が聞こえた。そこに目を向けると、人間の住処の上に落ちたフリガンが、沢山の人間に囲まれ始めていた。
目が合った気がした。助けて、と聞こえた気がした。
「ああああああああっ、あああっ」
どがん、と音がする。もう、どうしようとも間に合わなかった。僕は、フリガンに背を向けて、逃げた。
フリガンの甲高い悲鳴が、はっきりと聞こえた。
どれだけ叫ぼうとも、どれだけ頭を振ろうとも、耳から離れなかった。




