始 4
上空から臭いを嗅ぐと、ぼんやりと森の中が分かるようになってきた。
体は多分、ジェルヴェーシと同じかそれよりもうちょっと大きい位になってきたし、鱗もかなり硬くなったけど、多分、僕はまだジェルヴェーシに敵わない。
フリガンにそれを言うと、お前が弱いだけだと笑われたけれど、それは間違ってると思う。声に出しては言わなかったけど。
僕やフリガンを殺せば、殺される以上の報復が待ってるのを、多分、強い獣達は殆ど知っているんだろうと言う事を、フリガンは知らなかった。
そして僕は、それをフリガンに教えていなかった。教えたとしても、フリガンの性格じゃ、怒るだけな気がした。そんな、粗暴で短気な奴だった。
いつの間にか、そうなっていた。カァミさんがここから居なくなってから。
そんな奴に、僕は今でも会いに行く。
友達としては、正直、馬が合わない所もある。すぐ怒るし、自分と自分の父親が絶対に正しいんだ、みたいな事を良く言う。
ヴェーナさんも、そうである事に対して特に何も言っていないみたいだった。
僕の父さんとそのフリガンの父さん、ヴェーナさんも、僕達が言い争う時よりは静かだったけれど、話しているのを聞くと、いまいち噛み合わない時が良くあったように思えた。それもやっぱり、カァミさんがここから居なくなってからの方が多かった。
でも、僕達ドラゴンは数が少ないと言う事は知ってたし、フリガンと馬が合わないからと言って違う場所に行くのも馬鹿馬鹿しかった。
父さんも、ここからどこかに行く予定は無さそうだった。
「なぁ」
「何?」
「こっから結構東に行ったところに、人間の村があるの見つけたんだわ」
嫌な予感しかしなかった。
「もうちょっと大きくなったら、そこに襲いに行かねぇ?」
やっぱり。
「あいつら、ちまちまちまちまと訳分からない事やっててイラつくんだよな」
「それでいて、何かデカいもの作り上げて俺達に見せつけるかのように物が置いてあるし」
適当に相槌を打ちながら、止めたいなと思いながらも、止められないだろうなとも思っていた。
やりたいと思った事は、フリガンはヴェーナさんにでも止められない限り、止めなかった。そして、自分でも危険だと少しでも思っている事は、ヴェーナさんに言わないようになっていた。
僕がヴェーナさんにそれをばらせば、フリガンがしょうもなく怒るのも目に見えていたし、僕も何も言わなかった。
愚痴のような、妬みも少し入っているような小言を聞き終えてから、僕は言う。
「僕はやらないよ」
「分かってる。お前、弱っちいもんな」
フリガンとはまともに戦った事も無いのに、そう言われる。やっぱり、余り好きじゃない。カァミさんが居たら、こうはならなかったんじゃないかな。
「で、今日は何する?」
とは言え、フリガン以外に遊べる友達が居ないのも事実だった。
木を避けて、翼は折り畳んで、前を走るフリガンを追い抜こうと必死に食らい付く。
追い付いて、フリガンに触れたら、今度は僕が逃げる。その繰り返し。言葉にすれば、たったそれだけの遊びだったけれど、やってみると結構楽しい。
ヴェーナさんが近くに居るから襲われる心配はないし、鬱蒼と木だけじゃなくて蔦や背の高い草も生い茂るこの森の中、ぶつからないように、転ばないように全力で追い掛けたり、逃げたりするのは難しい。
翼は使わない。
空を飛んだら何かつまらないし。
フリガンが何かに転んで躓いたのを見て、僕は一気に距離を詰める。
「くそっ」
悪態を吐くのは、僕もフリガンも同じだった。でも、何か、フリガンと同じなのは何が何でもちょっと嫌になってしまう。それでも僕も、追いつかれた時とか、悪態は吐くけど。
母親が居ないのも今は一緒だけど。
そんな事を思いながら、フリガンの頭を尻尾で叩いて、僕はそのまま逃げ始めた。
すぐに蔦に足が引っ掛かって、僕も転んだ。
「くそっ」
「ばーか」
ああ、嫌だな。何か、そういう罵倒を一々言われるの、嫌いだ。声には出さないけど。
早く、大きくなりたい。フリガン以外に、仲良く出来るドラゴンに会いに行きたい。母さんが居るなら、会いに行きたい。
いつになったら、僕は父さんのような大きな姿になるんだろう。
でも、その時はもう、こうやって森の中を駆け巡る事何て、出来ないのか。
べし、と頬を強く叩かれて、フリガンが更に先へ走って行く。
僕はすぐに起き上がった。負けるのは嫌だ。それだけは、同じなのは、嫌いじゃない。
また追いかけていると、フリガンが止まって何やら鼻を嗅ぎ始めた。
「……人間の臭いがする」
「人間に会った事あるの?」
「いや。でも何となく分かるだろ?」
嗅いでみると、確かに何か動物の臭いとは違う臭いが微かにした。
「近くに居るか?」
「居たらどうするの」
「倒すに決まってんだろ」
どうして、とは聞かなかった。少なくとも、フリガンにとっては意味の無い質問だ。
「僕は手伝わないよ」
「分かってる。お前、弱いもんな」
一々むかつく。むかついた所で、何もしないけど。
「じゃ、待ってる」
「あっそ」
投げ捨てるような言葉だった。
ヴェーナさんが遠くの崖の上に居て、僕とフリガンを見ているのは、何故か分かる。多分、それだけドラゴンって言うのは存在感があるんだろう。
そして、それは僕達だけじゃない筈で、ここ辺りに住む獣とか、人間も分かっていると思う。
だから、僕とフリガンが気ままに遊んでいても、全く襲われない。姿を見せる事何て絶対にない。寂しいとも思うけれど、戦う事すらしたくないし、殺してしまったらそれが何百、何千倍にもなって返ってくる。
こうやって、フリガンがこの場所に居た軌跡を見つけてしまったのも、その人間にとっては事故じゃないかと思った。
それに、二足歩行の人間は、僕達よりもきっと足が遅い。
フリガンが人間を襲おうと決めたなら、フリガンに見つかってしまった時点で、殺せようが殺せまいが、その人間は死ぬしかないと思う。
……僕は、人間を助けるべきなんだろうか? 分からなかった。
どうした方が良いんだろう。どうしたら、正しいんだろう。
遠くで、フリガンの咆哮が聞こえる。
それは、単に強がっているようにしか、僕には聞こえなかった。僕は、どうもしなかった。決断出来なかった。
それから余り時間が経たない内に、フリガンが帰ってきた。口を血で濡らして、もごもごと肉を噛み千切っていた。
「弱かったぞ。そんなに大きくなるのを待たなくとも、人間達を襲いに行ってみるかな」
「僕は行かないよ」
「分かってるって。弱虫」
負けるしか無かったって事を知ってるだけだ。そう言い返すのは、止めた。つまらない事にしかならない。
でも、僕は本当に何も言わなくて良いんだろうか。
もし、フリガンが一匹で人間達を襲いに行ったら、どうなるんだろう。
そう上手くフリガンの思う通りに事が進むとは、どうしても思えなかった。
フリガンを殺したら、もっと酷い被害が来ると人間達が分かっているとしても。




