始 3
空を飛べるようになっても、僕は父さんにそれを聞けなかった。
僕は、どうしてここに居るの?
僕は、どうやって生まれて来たの?
喉まで声が出かかっても、口に出せはしなかった。父さんは、そんな僕を知りつつも、自分からも言おうとはしていないようにも見えた。
聞けば、教えてくれるんだろうか。
でも、聞いた後、僕は、父さんは、そのままで居られるんだろうか。
教えてくれないって事は、きっと教えたくない事で、僕がショックを受けるような事なんだろう。
だから、聞けなかった。
友達のフリガンとその父さん母さんの所まで、父さんと一緒に行く。まだ、飛べるようになったとは言え、そこまで遠くないフリガンの住んでる岩の柱まで飛ぶのにも疲れる程にしか飛べない。
毎日のように結構飛ぶようになったけれど、そのせいで毎日背中が重いというか、気怠いというか。
でも、その疲れは気持ち良くもあった。何だか、力強くなっているって言う実感が湧く感じ。
けれどやっぱり、その疲れがあるまま飛ぶのはちょっとばかり嫌だったりする。
「やぁ」
疲れたのを隠しながら挨拶するのも、いつも通り。まあ、息は上がっちゃっているんだけど。
「……よお」
すると、フリガンはいつもの粗暴で元気一杯な様子じゃなく、何か落ち込んでいるような顔だった。
「どうしたの?」
「母さんがぶらり旅に出るって」
「ぶらり旅?」
旅なら分かるけど、ぶらり、ってどういう事だろう。いや、重要なのはそういう事じゃなくって。
「どうして?」
「特に理由は無いって……」
「えぇ?」
父さんと、フリガンの父さん母さんが何か話している。少し離れたここからだと余り聞こえないけれど、大した事は話していないみたいだった。
……フリガンの父さん、ヴェーナさん、母さん、カァミさんはどちらも黒色だ。
僕の母さんも、赤色なんだろうか。
でも、まだ僕には父さんに聞く勇気がない。その、父さんが話したくない事を聞いて、普通で居られる気がしない。
「ま、ずっと居なくなる訳じゃないしな。少なくとも俺やお前が大きくなって親離れする前には帰って来るみたいだし。お……いや、何でも無い」
お前みたいに、元から居ない訳じゃないしな。
言わなくとも、その次の言葉ははっきりと分かった。
「いや、いいよ」
そう言いながらも、心にぐさりと刺さっていた。
居心地悪いなあ。そんな事を思いながらも、フリガンは溜息を吐いたり、そわそわしたりと落ち着かないようだった。
また、それをちょっと愉快に思うのもあったしまた、羨ましくもあった。
僕と同じように母さんが居なくなるんだ、とそんな黒い思いがあった。それを愉快に思っている僕が確かに居た。でも、元から父さんと母さんが居る羨ましさはあったけれど、その内また帰って来ると分かっている羨ましさもあった。そっちの方が黒い思いより強かった。
はっきり言って、妬ましくもあった。
声には出さないし、隠そうとも思うけれど、落ち着かないフリガンを見ていると、無性にイライラしてきた。
暫くして、父さんとヴェーナさんとの話が終わったらしく、カァミさんがフリガンと僕の方へやってきた。
フリガンが歩いて来たのを見て、びく、と震えた。
「本当に、理由何て無いのかよ」
「そうね……フリガンが深刻に思うような理由は無いわ。ヴェーナと仲が悪くなった訳でも無いし、フリガンの事がどうでも良くなった訳でもないし。
でも、大丈夫よ。フリガンがここを起つ時までには帰って来るから」
「……」
そう言う事じゃない、って言いたそうな目だった。
「強くなるのよ、フリガン」
「……分かったよ」
そっぽを向いて、フリガンは投げやりに言った。そのカァミさんが言う強さは、何なんだろう。
ただ、力があるって言う強さなんだろうか。それとも、ジェルヴェーシが言うような強さなんだろうか。
まだ、僕には分かってない。
「じゃ、行くわ」
「えっ、もう?」
「ええ。今日の朝には元々起つつもりだったしね。じゃあ、行って来るわ、フリガン」
「……ああ」
「アレフも、フリガンの事、よろしくね」
「……うん」
ばさり、とカァミさんが大きい翼を広げ、そして一気に飛び上がる。風圧で体が地面に押されて、思わず頭が地面に付いた。
ふと、隣を見ると、フリガンは四肢をしっかり地面に付けて、上をしっかり見て立っていた。尻尾もしっかり伸びていた。
僕も上を見ると、もうかなり小さく見えるまでに高く飛んだカァミさんが、太陽の方向、南東に向って飛び始めた。
尻尾を揺らして、大きい翼をゆっくりと、大きく羽ばたかせて真直ぐ飛んで行く。
当てもなく、ただ太陽の方向へ飛んで行くような感じだった。
全く見えなくなってから、フリガンはやっと、姿勢を崩した。
大きく息を吐いて、もう一度吸って、吐いた。
「強くなるよ」
フリガンはそう、呟いた。歯を食いしばって、ただ泣くのを堪えているような顔だった。
僕の中の黒い気持ちはいつの間にか、消えていた。ただただ、フリガンが羨ましかった。
……そんな、フリガンが羨ましかった。家族との別れをこうやって感じられるフリガンが。僕には、別れも無かった。元から居なかった。
そして、泣かないで居られるフリガンも羨ましかった。ジェルヴェーシが言っていた強さも、何となくそれに繋がるんじゃないかと思った。




