想 6
筋力も前よりはある程度は付いたと思う。戦い方も、まだ拙い所はあると思うけれど全く戦えない事はもう無くなった。
かと言って、カァミさんが来て、もし僕を殺そうとして来たら耐える事も余り出来ないだろうけど。
結構な時間が経ったと思う。
ここからあの場所まで往復するのにどの位の時間が必要なのか。分からないけれど、カァミさんはここまで戻って来るのに寄り道はしないだろう。
僕がカァミさんと会った場所と、カゥプトさんの場所はそう遠くない。もし、僕を追うのだとしたらカゥプトさんに僕の事を聞きに来るのが妥当だった。
……僕は、待っている。カァミさんが来るのを。……断罪されるのを。
カァミさんが僕を殺そうとして来たら、僕は逃げるしか出来ない。ユンケーやオヴキアノスの力を借りてカァミさんを返り討ちにする何て、……したくなかった。
カァミさんを返り討ちにして殺す何ておろか、飛べなくなるようにする事もしたくない。
けれど、そんな事になったら僕は逃げるとしても逃げきれない。僕は死にたくない。
そして、カァミさんがここに戻って来るまでに僕はカァミさんから逃げ切れるような飛ぶ速さも、強さも得られないのは確実だ。僕はユンケーより長い距離をこれまで飛んできたと思うけれど、ただ飛んできただけで、ユンケーより少し長い距離を速く飛べる程度でしかない。
……僕が弱いから、僕が選べる選択肢は少なかった。
カァミさんが殺そうとして来たならば、僕は大人しく殺されるか、ユンケーやオヴキアノスに頼んで最低でも翼を捥がなければいけなかった。
そうして来たなら、僕は翼を捥ぐ決心をしなければいけなかった。
どうしたいか何て、僕はそもそも殆ど言えなかった。
とは言え、色々とするつもりは無かった。
カァミさんと話す時は、僕は事前に特に何もしない事を決めた。それが一番の決心だった。
ここから離れて強くなる為に更に時間稼ぎをする事もしない。もう逃げない。
ユンケーやオヴキアノスに、事前に僕が殺されそうになったら助けに来てとは言わない事にする。
助けて貰うとしても、それは結果として僕が殺されそうになったら、そこから懇願する形にする事にした。
そこで僕を助けてに来て貰えなかったら、僕は死ぬだろう。でも、助けて貰えないで死ぬなら、それでも良いと思っているのもあった。本当にそうなる可能性も少ない気がした。
そんな事だから、僕はユンケーやオヴキアノスに戦い方を教えて貰いながらも、カァミさんに関しては自分から口を開く事はしなかった。
ユンケーの僕を見る目が日に日に心配そうになっても、僕は何も言わなかった。
半分だけ血の繋がった兄弟。そんな事をいきなり言われても、そう大して接し方が変わる訳でも無かったけれど、僕が近々死ぬ可能性があるというのはやっぱり不安になる事みたいだった。
オヴキアノスはそこまで心配そうには見て来なかったけれど、その違いは血の繋がりの有無から来るものじゃなかった。
オヴキアノスは多分、僕が考えている事も分かっている。ユンケーより長い時間一緒に居たから。そしてジェルヴェーシとも偶に話していたから、僕の事をより知っているから。
ユンケーがとうとう堪え切れなくなって、ある日言った。
「お前、どうするつもりなんだ?」
「カァミさん次第だよ」
体を解しながら、僕はそっけなく言った。
「僕はただ、そこであった事実を話すだけにする。
もし、ヴェーナさんみたいにそれで僕を殺しに来たとしても、死にたくはないからこうやって鍛えて貰ってる」
「だから、お前は勝てないだろ?」
「うん」
「逃げられもしないだろ? そこまでお前は自分の事を強く思ってるのか?」
「思ってないよ」
「じゃあ、殺しに来たらどうするんだよ」
事前には頼みたくなかった。そうするしかないとしても、事前に頼んでおく事は僕にとってはしたくなかった。
つまらない考えだったとしても。
僕が口を閉ざすと、ユンケーが怒る。
「俺がその近くに居なくても困らないのか?」
「それは……」
困る。でも、そう言ってしまってはいけない。
オヴキアノスは、近くで僕とユンケーの会話を見ているだけで、交わろうとはして来ない。
「困らないよ」
そう、言ってしまった。
「……ああ、そうか」
軽蔑するような目で見られた。そして、無言でどこかへ飛んで行ってしまった。
少しして、オヴキアノスが言って来た。
「俺から言う必要あるか?」
「いや、いいよ」
「……そこまでストイックになる必要があるのか?」
「分からないけど……でも、そうしなきゃいけないと僕は思うんだ」
「お前の友達が死んだのは、お前のせいじゃない」
「……だとしても、僕は止められたんだ。止められたのに、何もしなかったんだ」
フリガン。
魂というものがあるならば、いつか僕も死んだら会えるだろうか。
―――――
ユンケーが僕を鍛える事をしなくなった。姿は遠くから見えたりする事はあったけど、話し掛ける事もして来なくなった。
オヴキアノスだけに鍛えて貰う。
そんな日が少し続いてから、カァミさんはやって来た。
遠くにその黒い点が見えた時点で、オヴキアノスに言った。
「僕だけにさせて」
「……分かった」
どの位離れていて、とかそういう事は全く言わないし、オヴキアノスから言って来る事も無かった。
黒い点が黒い塊になって、翼の形とかがはっきりと見えて来る。
息を吸って吐いた。それでも、嫌な心臓の高鳴りは止められない。
「あー」と声を出した。少しだけ震えている気がした。
カァミさんの飛ぶ速さはとても速かった。
焦っているような感じだった。
カァミさんが僕に話し掛けて来る第一声は何なのか。僕にどういう感情を向けて来るのか。
それを考えるだけで、とても目を背けたくなる思いに駆られた。けれど、逃げてばっかりいる訳にもいかない。僕は、包み隠さず、あの時起こった事を全て話さなければいけない。
そう決めたし、もう逃げちゃいけない。例え、僕が危険に陥ろうとも。
僕の前に着地して、すぐに聞いて来た。
「何があったの? フリガンはどこに居るの?」
……ヴェーナさんの事は多分、あそこの獣達に聞いたんだろうな。
そんな事を思いながらも、けれども。きっとカァミさんも心底分かっているその事実を話すのは、覚悟しようとも、決意しようとも、易々と口に出せはしなかった。
胸が張り裂けそうだ。声を出そうとする口が震えている。体全体も震えている。
それでも、その一言を言った。
「……死んだよ」
カァミさんは、崩れ落ちた。
「絶望的な時に、一つ望みがあると、それに縋ってしまうものなんだ」
オヴキアノスがそう言っていた事がある。
「それが小さい可能性であろうとも、そうであって欲しいとか、そうなるだろうとか、思ってしまう。それに縋らずにはいられなくなるんだ。心底駄目だろうと思っていてもな」
それを僕は、今、目の前で見ている。
カァミさんは体を震わせて泣いていた。頭を埋め、今まで堪えていたものが一気に崩れていったように。
周りを見たい衝動に駆られた。カァミさんがこれから僕をどうしようと思うのか、殺そうとして来たら、僕は助けを求めるまで逃げ切れるのか。この光景をユンケーかオヴキアノスか、もしかしたらカゥプトさんが見ていないのか、気になった。
でも、見てはいけないと思った。
僕と、カァミさんだけ。周りに誰かが居ても、僕が殺されそうにならなければ、居ないものとして扱うのが大事だと思った。
「……聞かせて」
カァミさんが、震えながら言った。
どこから、と聞こうとして止めた。……フリガンが塔を壊そうと僕に話した所から話す事にした。
「……フリガンは、子供の頃から、僕よりとても強く大きくなっていたんだ。…………その時の少し前から、フリガンは少しそわそわしていた。僕がそれを聞くと、フリガンは人間の街がある事を知っているかどうか、聞いて来たんだ」
何度目か。話す度に、後悔する。思い出す。
僕は、フリガンを助けられなかった。




