想 7
「……僕は、逃げた。
…………、フリガンを助けられる程の強さを僕は持っていなかった事を僕は知っていたから。助けようとしたら、僕までその黒い球体を当てられて死んでしまう事が分かっていたから。
止めを刺そうと人に群がれるフリガンを見捨てて逃げた」
声は震えていた。
オヴキアノスやユンケーに話す時よりも酷く、喋る時に自分ではっきり分かる程に震えていた。
カァミさんは、僕に目を合わせないで、ただ顔を地面に埋めたまま僕の話を聞いていた。嗚咽が聞こえる。荒い呼吸が聞こえる。
けれど、止めてとは言わなかった。僕は、喋り続けるしか出来なかった。
その後の事も。
「僕の父さんは、最後の力を振り絞るようにして、ヴェーナさんを縛り付けて、僕に岩を落とせと言った。
僕は迷わず岩を落とした。
岩の下敷きになって、ヴェーナさんと父さんは、死んだ」
体さえもががくがくと震えていた。
喋り終えてしまった、と思った。続けようと思えば、その後僕が、ヴェーナさんが町を破壊し尽くした事を知った事とかでもうちょっと続ける事も出来たけど、そこまでしようとは余り思わなかった。
それは、僕にとって延命でしかなかった。カァミさんにとってその事はあっても無くても大して変わらないと思った。
ここから僕はどうなるんだろう。カァミさんは、僕を殺そうとして来るんだろうか。
後ろを見たい衝動がより一層強くなった。僕の目の届く位置に、カァミさんが僕を殺そうとして来たら、僕が耐えれる時間で助けに来てくれる、助けを求められる場所に、ユンケーやオヴキアノスは居るんだろうか。
僕は、命が惜しい。
こうして、僕とカァミさんだけで話すという事を決めたのを、後悔しつつもあった。
そうしなければいけないという思いさえもが、僕の命の天秤で軽くなっていた。
けれども、もう曲げる訳にはいかない。ここで曲げてしまったら、本当にカァミさんは僕を殺しに来る気がした。
ここまで来たなら、僕は、僕が決めた事を貫き通すしかなかった。それが最善だと思った。
カァミさんは、大きく息を吸って吐いてを何度も繰り返した。
嗚咽を何度もして、言葉にならない呻き声を何度も上げた。
どれ位の時間が経ったか分からない。それが少しだけ落ち着いて来て、カァミさんは、顔を埋めたまま僕に聞いて来た。
「……どうして、あの時それを言わなかったの。どうして嘘を吐いたの」
「…………言う覚悟が出来てなかったんだ」
「……それだけ?」
「……覚悟が出来てたとしても、あの時のわくわくしているカァミさんには言えなかったかもしれない」
カァミさんは、黙った。
それから、暫くして言った。
「正直ね……、少しおかしく思ったわ。あの時のアレフの様子はちょっと変だった。
けれど、そんな事が起きてる何て思いもしなかった。精々、不仲になってしまったんだとか、万が一誰かが死んだとしても、フリガンじゃないと思ってた。思おうとしてた」
その声は、案外落ち着いていた。
「ああ、フリガン。ヴェーナ。
フリガン、ヴェーナ。どうして死んでしまったの。どうしてそこまでの事になってしまったの」
僕は答えられなかった。カァミさんも僕が答えるのを望んでいない気がした。
……実際、答も分かってる。
人間が強くなり始めていたから。それに気付かないで、ヴェーナさんは普通にフリガンに強く在るようにと子育てをしたから。
それからも、カァミさんは顔を上げないで、まるでうわ言を呟くかのように、フリガンとヴェーナさんの事を呟き続けた。
そして、唐突にまた、質問が来た。
「人間を、憎んじゃいないの?」
「……余り」
僕の喋る口調からか、カァミさんは僕がそう思っている事を知っているように思えた。
「どうして?」
「人間には、僕達と同じように感情がある。言葉を喋れて、意志疎通をする事も出来る。
それなら、僕達ドラゴンを恐れるのも当たり前だと思ったし、それに何より……あのヴェーナさんがやった報復は、フリガンやヴェーナさん、そして僕や僕の父さん、カァミさん、全員が受けた苦しみよりも、遥かに大きいものに見えたから」
「……」
「だからと言って、このままだったら人間は更に力を手に入れて、僕達に更に攻撃的になって来るだろう事も分かってる。
危険には思ってる。でも、どうしたら良いのか分からない」
カァミさんは顔を上げた。大量の涙で顔が濡れていた。顔は、悲しみだけだった。
ヴェーナさんのような顔じゃないと思った。僕は、僕を殺そうとして来た時のヴェーナさんの顔を見ていないけれど、少なくともそんな顔じゃない。
「……ごめんね」
僕はその言葉に、とても驚いた。
謝られるなんて、塵程にも思っていなかった。
声が出なかった。
「私がアレフを殺そうとするかもしれない、ってアレフは思っていたんじゃない?」
「……うん」
「でも、それでも私にありのままを伝えてくれた。ありがとうね」
……我慢している。
何を? 僕への恨み? それとももっと違う何かを?
でも、それが僕への恨みだったとしても、それを聞く事は出来なかった。
「……うん」
カァミさんは何度か大きく息を吸って、吐いて、体を落ち着かせた。
僕がどうしようか悩んでいると「私だけにさせて」と言われた。
「……分かった。
…………ごめんなさい」
カァミさんは何も言わなかった。
僕はちょっとだけ距離を取ってから、背を向けて飛んだ。ユンケーの姿が、遠くにちらっと見えた。
その姿を見て、そして後ろからは何も動くような気配がしないのを感じて、とてもほっとしていた。
……僕は、正しい事をしたんだろうか。こうするのが一番良かったんだろうか。
そんな疑問はきっと解決される事は無いと思ったけれど、悪い事じゃなかったとは、確信を持って言える事だった。




