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想 5

「オヴキアノス、と言ったか。お前はちょっとどこか行っててくれないか?」

「分かった」

「俺は?」

「…………お前はここに居ろ。お前にも関係のある話だ」

 迷うようにして、カゥプトさんはそう言った。

 良く分からない顔で、ユンケーはカゥプトさんを見た。オヴキアノスは少し僕達の事を見つめてから、どこかへ飛んだ。

 遠くまで行った事を確認すると、カゥプトさんが口を開いた。

 躊躇うようにして。けれど、決意したように、まず一言、言った。

「アレフ、ユンケー。……お前達は、兄弟だ」

「え?」

「……父さん?」

 一体、何が。


 疑問を言う前に、カゥプトさんは一気に話し始めた。僕達に何かを言わせようとはしなかった。

 僕達から目を逸らしながら、けれど決意したように、僕が今まで知りたかった事の一つ一つを話していく。

 僕は驚いていたけれど、ユンケーの方が遥かに驚いていた。ユンケーから、自分の母親が幼い頃に死んだみたいな事を聞いた事があったから、きっとそのせいだろう。

 ……カゥプトさんは、とにかくその話を吐き出す事だけに集中していた。僕達が話の合間合間に考えたり疑問を挟む余地を与えないようにしているようにも見えた。

 ユンケーともう一匹の兄弟に、どれだけの期間それを黙り続けて来たんだろう。隠し通してきたんだろう。

 そして、父さんが僕を閉じ込める前に言った事を思い出した。

 俺が肉体的にも、そして心も弱かったから、お前は生まれて来た。

 その理由が、今分かった。はっきりと。

 正にその通りだった。僕の母さん、ネィロさんというドラゴンが友達という関係に戻りたいと切に思っていたからこそ、そして父さんがその望みを、そしてネィロさんの誘惑に乗ってしまったから、僕は生まれて来た。

 カゥプトさんが話し終える。

「……父さん」

 父さん。……どうして、父さんは僕を愛してくれたの? どうして、僕を命懸けになってまで守ってくれたの?

 僕の事を、弱さから生まれたものとか、そうは思わなかったの?

 残ったのは、その疑問だった。


 ユンケーがカゥプトさん、自分の父親に何かを言おうとして、何と言えば良いのか纏まらないようで、口をぱくぱくとさせた。怒りを抱いているようでも、困惑しているようでもあった。

 僕は、その疑問の答がもう、はっきりとは知れない事に絶望に近いものを抱いた。

 ……母さん。ネィロという名前。

 会って一緒に過ごしたいとまでは思わない。けれど、一度会いたい。

 母さんに一度も会わないまま生きるのは嫌だった。

 カゥプトさんは僕達から目を背けたまま、気まずそうに視線を漂わせている。

「何で今まで隠し通した事を話そうと思ったの?」

「……俺が知らないと言っても、納得しないだろう。それに、お前には隠し通せない気がした。

 父親を亡くした、そしてその父親に似ているお前と話すと、どうしてもぼろが出ると思ったんだ」

 目は背けたままだ。

「俺達にはばれないと思ったのかよ」

「お前達に物心付くまでに、死んだ事にしようと強く心に決めたからな……」

「何で」

「……分からない。お前達の為なのか、俺の為なのか。どちらが重かったのか、多分俺の為だろうけどな……」

「我儘だったのか?」

 カゥプトさんは暫くして、多分、と小さく答えた。

 ユンケーはもう何も言わなかった。

 そして、どこかへ飛んで行った。


 ……父さん。父さん。

 父さんが死んだ時に、涙が枯れたと思っても出続けた涙が、また出始めた。

 どうしてかは分からない。疑問を晴らしたいのにもう、晴らせないからか。いや、もう会えないからだという事実がまた、大きくなって来たからだった。

 ああ。

 ジェルヴェーシの事も唐突に思った。こんな時にジェルヴェーシが居てくれたら。ジェルヴェーシの声ももう一度聞きたい。ジェルヴェーシが居たら、こんな時どうしたら良いのか教えてくれる気がした。

 それが僕にとって役に立たなくても、僕はそれで少なからず安堵を得られる気がした。

 父さんに会いたかった。この事実を聞いた上で、父さんと色々と話しかった。父さんの体を見たかった。父さんがどうやって生きて来たのか、父さんが僕の事をどう思っていたのか、全部聞きたかった。でももう、それは叶わない。

 父さんと僕はもう、絶対に会えない。

 ああ。ああ。

 どうしたらまた湧き上がって来たこの悲しみを拭えるのか、全く分からなかった。僕が死ぬまで、父さんが死んだ事実はずっと僕の中にある。もう父さんの姿を見る事は出来ない、父さんと話す事は出来ないという事実は僕の中で、僕が死ぬまでずっとある。

 ふと、思った。

「……カゥプトさん。僕の父さんが死んだと聞いた時、どう思ったの? 今はどう思ってるの?」

 僕の方を見てからカゥプトさんは答えた。

「驚いたさ。今までない位に。

 そして……あいつのした事を許す訳じゃないが、もう一度会いたかった思いはあったんだ。

 ……ネィロとは和解出来ないかもしれないが、お前の父親、カルミアとは和解出来るかもしれなかった。

 ……和解したかった。

 それに今更気付いてる」

「……僕は、父さんにまた会いたい。でも、もうそれは叶わない事を僕は知ってる。

 僕はどうしたら良いの? カゥプトさんは、その和解したかった気持ちをどうして生きて行くの?」

「どうも出来ない」

 ……どうも出来ない。

「俺が言える事じゃないかもしれない。

 けれどな、その悲しい記憶を何か別の記憶で塗り替えるような事をしようと思うか?

 カルミアの事を忘れて行きていこうと思うか?」

「そんな事は、思わない」

「なら、悲しいまま生きて行くしかないと俺は思う。俺も和解したかったこの気持ちを捨てようとは思わない。忘れようとも思わない。

 後悔しながら、生きて行くしか出来ない」

 とても辛い答だった。

 本当にそうするしか出来ないのか聞きたかったけれど、カゥプトさんはそうやって生きて来たし、そしてこれからも生きて行くんだろう。

 僕は、父さんの事を忘れたくないし、話したいと思う気持ちも捨てたくない。

 けれど、この辛い気持ちをこれからずっとそのまま生きて行かなければいけないのか。これから、何年、何十年、百年以上の間?

 その気持ちが薄れて行くとしても、ずっと?

 気が遠くなる。


 何日か寝れば、そんな絶望するかのような気持ちも何故か落ち着いて来た。

 誰もがその内親を亡くす。死なない限りは。

 だからこそ、乗り越えられるように僕達、いや、生き物の体は出来ているのかもしれないと思った。

 ユンケーも、カゥプトさんと色々口論したりしているのを見た。ユンケーが時たま大きく声を張り上げるのに対して、カゥプトさんはそれに対抗して声を張り上げたりする事はしなかった。

 その光景は遠くから見ていて、まるで断罪しているような光景に見えた。

 オヴキアノスが言った事があった。

「ただこれだけで済むなら、良い方かもよ」

「え?」

 遠い目をしながら、嫌な気持ちを思い出すように言った。

「あっちに住む人間達にはもっとどろどろとした関係があったりしたからな。子が親を殺したり、親が子を殺したりと、そんな事もあった」

「どんな事?」

「知らなくて良い事だ。知っても良い事何て無い」

 その後もオヴキアノスがそっちの世界で色々と経験した事を他にも軽く話してから、最後にこう締めた。

「まあ、お前は生きたいと思っているんだろ? 死んだ方がましだとか思う程辛い気持ちでも無いだろ?

 それは幸運な事だ。お前は、生きれば良い。それで良いだろ」

「……うん」

 心強い言葉だった。


 カァミさんは今、どこ辺りに居るんだろうか。もしかしたらもう、フリガンもヴェーナさんも消えてしまった事に気付いて、僕の方へ戻って来ているんだろうか。それともまだ、あの場所に戻っている最中なんだろうか。

 僕はまっすぐ進んでここまで来た訳じゃない。ここからあの場所までどの位の距離があるのか分からなかった。

 けれどまだ、僕の決意は固まった訳じゃない。

 僕だけでカァミさんと話す事は決まっている。でも、それはどこで? 周りに、僕がカァミさんに殺されそうになったら助けて貰える程の位置に居るのか。それとも正真正銘僕だけで話すのか。

 どちらにせよ、鍛えて貰わなければいけない。殺される訳にはいかない。

「ユンケーはこれからどうするの?」

「ネィロっていう、俺とお前の母さんに会いたいと思う。お前はそうは思わないのか?」

「うん……。その前にカァミさんとちゃんと話したいと思う。

 きっとカァミさんはここまで戻って来る。カゥプトさんが、カァミさんがここに来たって言ってたし」

「どうするつもりなんだ?」

「それもまだ、ちゃんと決まってないんだ。僕が本当にカァミさんに話して、それからどうしたいのか。

 カァミさんが僕を殺そうとしてきたら、助けて貰いたいのか、僕だけで何とかするべきなのか」

「お前だけで何とか出来る訳無いだろ。喧嘩もまだ弱っちいのによ」

「うん。だから、ちょっとカゥプトさんか、オヴキアノスかに鍛えて貰おうかな、って。

 ユンケーが母親を探しに行きたいなら、先に行っても良いよ」

 ユンケーは溜息を吐いた。

「そんな事言われて行けるかよ」

 僕は、生きたい。まだ色々やりたい事もある。色々知りたい事もある。

「じゃあ、ユンケーにもお願いしても良いかな」

「当然だ。これからは更に厳しくやるからな」

「うん」

 ユンケーは笑った。

 僕も笑う事にした。

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