想 4
「……どうやって?」
その驚愕は、このドラゴンは僕の父さんを知っているという事を僕に知らしめるには十分なものだった。
興味や成行きから聞くような声じゃなかった。本心から気付けば出ているような声だったから。
そして何故か、僕の事も知っているようだった。そうじゃなきゃ、僕の父さんの事も知らないだろうし。
父さんの事をすぐにでも聞きたくなった。けれど、このドラゴン、ユンケーの父親の疑問を先に晴らした方が良いとも思った。
「父さん、それについては俺が話すよ。アレフもそんなに何度も辛い話、喋りたくないだろ」
ユンケーがそう言うと、ユンケーの父親は「いや、こいつから直接聞きたい」と真剣な声で言った。
「知り合いなの? 父さん」
「…………まあ」
躊躇いがちにそう答えた。単純に友達とか、知り合いとか、そういう関係では無さそうだった。
オヴキアノスとユンケーが近くに居る中、僕は三、四度目かになるその時の事を話した。
そのドラゴンを見た時の最初の印象は、父さんと似てるな、という事だった。
姿形が、という訳じゃなくて、何か内的な感じが。やつれている様子というか、そういうものが顔からだけじゃなくて、振る舞いとかからも感じられた。
僕が話している間、そのドラゴンは僕の目をしっかりと見ながら、一言たりとも聞き逃さないように耳を傾けていた。
幼馴染のフリガンが死んだ事。その父親が殺された感情を僕に向けて来た事。それを父さんが庇った事。
最終的に、僕が止めを両方に刺した事。
端的に言葉にして纏めてみればそんな短い言葉で終わる。
けれど、聞きたい事はそんな事実だけじゃない。父さんがどう生きたか、それそのものだと思った。
だから、僕が覚えている限りの父さんの記憶を出来るだけそのまま話した。
そのドラゴンは、父さんが僕を庇って死んだ事を聞いて、そして僕が話し終えると、ゆっくりと息を吐いて、「そうか」と一言だけ言った。
ただじっと、そのドラゴンは空を眺めていた。
僕の父さんが死んだ事を整理する為に必要な時間のように見えた。
暫く待っていると、そのドラゴンが言った。
「……悪いな。俺に聞きたい事もあるだろうが、暫く俺だけにしておいてくれないか?」
「……うん」
頷くしか出来なかった。
ここに暫く留まる事になるかもしれない。
それは、僕にとっても良い事だと思った。ここから元々僕が住んでいたあの場所までどの位の距離があるかは分からないけれど、カァミさんが僕に、あそこで何があったか聞きに来た時、周りにドラゴンは一匹でも多く居た方が心強い。
殺されたくはない、とは思うようになった。
フリガンを見捨てたのが事実であっても、死にたくはない。罪を背負って生きるべきだとかそう言う事は無くて、単純に。
けれども、やっぱり隠し通せはしないし、何があったのかはっきりと伝えなければいけないと思う。
僕とカァミさん、二匹だけの場所で。他に誰も居ない場所で。
一体カァミさんはそれを聞いた後、どのようにするんだろうか。フリガンを殺した元凶、あの人間達を指示していた人間達の元へ行くんだろうか。それとも、悲しみに暮れるだけなんだろうか。そして、僕を殺そうとするんだろうか。
僕には、親の気持ちは分からない。僕の父さんがどれだけ僕を大切に思っていたのか、それは経験で知っているけれども、その気持ちまで理解出来た訳じゃない。
親にとって、子がどれだけ大切なのか、その心までは分かっていない。
僕自身が親にならないと分からない事だ。
―――――
俺の知らない間にカルミアは強くなったのか、いや、強くなろうとしたんだろう。
そして、死んだ。格上の相手に相打ちまで持ち込んで、死んだ。
カルミアは何を思って子供、アレフを育てたのだろうか。何を思ってそこまで大切に育てたのだろうか。
「……馬鹿な奴め」
零れたその言葉は本心じゃなかった。いや、本心なのか。
アレフが死のうとも、生きていて欲しいと思った事は確かだった。
カルミア自身がネィロの誘惑に負けたからあのアレフが生まれた。何があろうともカルミアの子だったからこそ大切だったが、俺にとってはカルミアに生きていて欲しかった。
ただ、アレフが死んだ後のカルミアは、きっともう立ち上がれない程に傷付いているのだろう。
俺やネィロとも縁が切れたカルミアにとって、アレフがもう全てだったのだろう。
……ネィロは今どうしているのか、それに対しては今でも余り興味は湧かない。
俺やカルミアがネィロの気持ちを分からなかったとは言え、こうなってしまった原因を作ったのはネィロだ。
俺達にも原因がある。それは否定出来ないが、一番の原因はネィロだ。
何故言ってくれなかったという思いは今でもある。言っても俺が聞かなそうに思えたからか? だからと言って、何故そこまでの事を無言でやった。
間違っていたのは、俺なのか? それを察する事が出来なかった俺なのか? 言える雰囲気を作れなかった俺なのか?
違うだろう。
こうなった一因が俺やカルミアにあるとしても、お前が悪い。
そう、今でも思っている。
…………。
この事は子供達にも伝えていない。母親は死んだと伝えたままだ。アレフは確実に、その母親の事を聞いて来る。知らない、と言って納得もしないだろう。
知らない振りを貫けるか、それははっきり言って出来そうに無かった。
これから嘘をでっち上げた所で、カルミアの苦悩を身近で見て来たアレフを騙し通せるとも思えない。
真実を伝えるという事は、アレフとユンケー、それとクヘルが血の繋がった異父兄弟である事を、そして母親がそういうドラゴンであった事を伝えるという事だ。そして、俺がそれで母親を遠ざけたという事も。
出来れば、伝えないでおきたかった。
俺の為にも、子供達の為にも。
決心をするまで、数日が掛かった。
―――――
戦い方を二匹から、良く学ぶ。当然だけど、今まで喧嘩とかそういう事を殆どして来なかった僕は、負けっぱなし。オヴキアノスがその度に良く、平和だなと呟く。
「本当にここは良いよ。何にも怯えなくて済む」
紋様を書いただけで、様々な効果が出て来る世界。今でも余り信じ難いけれど、実際にあの塵が出ているのを見ると、そう信じるしかない。
準備さえすれば、この鱗と肉体の頑丈さも貫き通す程の威力を持つものをたっぷり作れる。弱らせれば、この巨躯を縛れるものも出来る。
余り、想像したくない。
「でもな、それでも何とか拮抗出来てるんだ。俺は小さい頃に捕えられてそれからお前に会うまで使役させられ続けて来たからな……。
今は本当に、良い。けれども、いつか力を付けて、出来れば仲間も増やして、戻って倒さなければいけない。紋様を使える奴等を皆殺しにしなきゃ、俺達に平穏は来ない」
……。
僕が生まれ育ったこの世界も、その内そうなってしまう気がする。
ただ、この肉体だけでは到底、人間に敵わなくなる。
言い知れない不安。けれども。
「皆殺し……」
その言葉には余り賛同したくなかった。
ヴェーナさんが破壊し尽くしたあの町。ジェルヴェーシとあそこを発つ時に遠くから見ただけだけれども、きっとあの町では、フリガン以上に悲惨な殺され方をした人達がきっと沢山居る。
それを人間全てにやる。
自分達が安泰である為に。
…………。
それ以外の道何て、無いに等しいだろう事も分かってた。
僕達ドラゴンは、指一本で簡単に人間を殺せる。そんな体格差がある相手に恐怖を覚えない方がおかしい。
こっちから歩み寄ろうとしてもきっと無理なのも、あっちから歩み寄ろうとする事がほぼあり得ない事も分かってる。
でも、けれど、という気持ちはどう思おうとも消えなかった。
「お? お前の父親が来たぞ?」
ユンケーと僕が振り向くと、ユンケーの父さんが飛んで来ていた。
僕は無意識に、息を飲んでいた。緊張していた。




