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序 2


 ひゅるるるる、と笛のような音を立てて、夜空に火種が飛んだ。

 その次の瞬間、爆音と共に、その何かが色彩豊富な火花が完璧な球体の形を保ったまま、一気に弾けた。

 光が、俺達の顔を一瞬照らしてまた、暗闇に戻る。

「綺麗だな」

 そんな単純な感想を、カゥプトは言った。

「そうですね」

 ネィロも、同じく単純な感想だった。そう相槌を打った後には、もう火花は球体を保っていなかった。

 消える頃にまた、同じく笛のような音が聞こえ始める。

「拍子抜けと言うか、何かなぁ。感想はそれだけかよ」

 態々こいつら二匹にここまで見せに来させたと言うのに。たったそれだけの感想しか貰えないとは。

「いや、俺も少し、何か揺さぶられるものがある。言葉でどう言ったら良いのか分からんけどさ」

 言いながらも、カゥプトもネィロも、次々と打ち上がる花火に見とれていた。

 暫くすると一際大きな爆音が鳴り、連続して沢山の花火が、その巨大な花火を称えるように周りで小さく弾ける。

「私も。……最後の日に連れて来てくれて、ありがとう」

「いや、別に」

 ちょっと嬉しくなりながらも、共感を得られなかった事に落胆もしていた。

 どんなに感動していようが、カゥプトとネィロは綺麗だとしか、思っていなかった。

 俺にとっては、それだけだった。


 閃光が、そして三日月が、カゥプトとネィロの姿を映し出している。

 ネィロの青色の鱗は傷一つ無く、ある種の艶めかしさをもって光っている。そんな鱗に比べ、俺とカゥプトの鱗は喧嘩をしまくった痕跡だらけだ。傷跡に届く光は、反射何てしない。ただ生々しくそれを映すだけだ。

 でも、男はそうでなくてはいけない。

 ネィロの角は左右とも絶妙な曲線を持って伸びている。対称では無いが、それもまた良い。俺の角は太く、そして歪に曲がりまくっている。カゥプト何て一本折れている。

 鬣も、ネィロのようなきちんと手入れをしてあるさらさらとしたものじゃない。ぼさぼさなものだ。

 でも、男はそうでなくてはいけない。

 ネィロの皮翼は傷の痕跡何て一つたりとも無い。俺もカゥプトも、破れて治ってを繰り返して、お世辞にも言えない、汚い色をしている。

 でも、男はそうでなくてはいけない。

 男は強くなくてはいけない。女は必ずしもそうでなくても良いが、男は強くなくてはいけない。負けないように何よりも強さが必要になる。

 四肢は太く、地面を何よりも速く、何者にも妨げられず駆けれるように。

 翼はこの巨体を支えられるように、力強く翔けれるように。

 爪は、牙は何者も裂ける鋭さを。尻尾は岩石をも破壊出来るうなりを、何者も絞め殺せる強さを。

 鱗は如何なる攻撃を通さない頑強さを。

 角は折れようとも曲がろうとも、また鬣も、その強さを、威厳を示せるように。

 竜と言う種として、そうで在らねばいけない。負けないように。

 いつから言われ始めた事だったか知らないが、強さには威厳が必要である事に疑問は無い。女のネィロだってすらりとした綺麗な体をしているけれど、ドラゴンとしての強さを決して失ってはいない。

 俺達ドラゴンは、誰もがそう在るように生まれ、大きくなって、強く来た。

 そして、それに疑問を抱く必要も今までは無かった。


「何だ、お前」

 憂鬱な気持ちが顔にも出てたのか、カゥプトが聞いて来た。

「いや、……」

 何でもない、と言いかけて、止めた。どうせ言ったところで追及される。そこまでされてずっと口を閉じているのも性に合わない。

「俺は正直、この花火と言うものを、少し怖く思ってる」

「はぁ?」

 そんな馬鹿にするような返答がカゥプトから返って来たのに、俺はまた、さっきのような底なしの不安を抱いた。

「あの花火、爆発する時に近くに居たら、俺達の鱗はそれに耐えられるかな」

「あんなもん、当たらねぇよ」

「当たってしまった時の事を言ってるんだよ」

「……そりゃあ、腹とかに当てられたら少し抉られる位までは行くだろうけどよ、致命傷にまではならねえだろうよ。急所にでも当てられない限り」

 口を開こうとして、止めた。

 あくまで脅威ではない、とカゥプトは思っていた。このまま言い争おうとも大して何も進まない。

 けれど、俺にはそうは思えなかった。

 確かに、ドラゴンが人間やその近親の種に殺された事は今まで少しだけある。聞いた事がある程度だが、しかし、今まで殺された原因はドラゴンの方の慢心が全てだった。罠に嵌められたり、眠っている所に数の力で襲い掛かられたりと。

 この花火も直接のドラゴンの死因となるなら、ドラゴンの慢心が原因にならなければいけない。まだ、その程度のものだ。

 けれど、先々この花火が自分達ドラゴンに殺意を向けて改良されたとしたら、どうなる?

 俺が小さい頃、こんな物は無かったと思う。あったのかもしれないが、俺は知らない。俺の父親だって、そんな事を言っていた。

 金属を錬成してあんな鋭い物作る何て思いもしなかった、とか。

 俺も今、そんな気持ちになっている。

 火薬なるものを発明して、それを打ち上げ、こんな綺麗に花開かせる何て思いもしなかった。

 これから先、どうなる?

 俺には、恐ろしい程に全くこの人間達の先が見えなかった。そしてそれに不安を抱いているのがきっとまだ殆ど誰も居ないというのに更に深い不安を抱いていた。

 花火はまだまだ上がる。全て同じく、笛のような音を立てて、一気に開花して、そして儚く消えていく。

 カゥプトが俺の方を向いて、変な顔で見て来た。

「何だよ、お前は何を言いたい?」

「……今は見ていようよ。ここで言い争いはしたくない。今日は最後だし」

 ネィロも居るし。

「あっそ」

 前を向き直して、カゥプトはまだ打ち上がり続ける花火に夢中になった。

 それ以降、花火が終わるまで俺達三匹は誰も、何も言わなかった。


-----


「ああ、そこそこ。もうちょっと……」

 ネィロが召し仕えさせているワイバーン達にマッサージ何てさせていた。よくもまあ、そんな事させてるもんだ。背中では鱗の上から必死になって、ネィロの体を踏みつけているワイバーン数匹が居る。

 そりゃ、こんな硬い体にマッサージをするには、その位しないといけないよな。

 それは置いておいて。

「あのさ、今日は俺達にとっても、お前にとってもとても重要な日なんだが」

 俺が言う前にカゥプトが先に、少し呆れたように言うとネィロは「分かってるって」と、分かっていないような気楽さで返した。

 もう、俺もカゥプトも、そしてネィロも、子供じゃない。成竜して、そして親の元から離れてそれぞれ自分の住処も持った。

 ネィロはこうして、安全を保証する代わりに色んな獣をこうして召し仕えさせていたりする。

 そして今日、幼馴染の三匹という関係は、きっと崩れる事になる。俺とカゥプト、どちらかは敗者となり、どちらかがネィロの番となる。

 負けた後の事何か考えちゃいない。そんな事は負けた後に考えれば良い。

「もういいよ」と、ネィロはワイバーン達を放した。一様に疲れた様子でワイバーン達は空へと去って行き、んん、とネィロは背筋を伸ばしてから俺達の方を向いた。

「まぁ、ね。こういう日が来るっていうのは分かってたけどね……」

 長引かせるように、ネィロはゆっくりと言った。

「俺達にとっちゃ、そう言う訳にはいかないんだ」

「ああ。もう、幼馴染では居られないんだ。俺達男にとっちゃ、な」

 大きく深呼吸をして、ネィロは諦めるように下を向いて、目を瞑った。

「カルミア、カゥプト。負けた方はどうなるの?」

「さぁな」

「知らん」

 俺達は、即座に答えた。

 負けた時の事何て、その時に考えれば良い。

「……そう」

「じゃあ、始めるか」

 俺が言うと「ああ、お前にとっての最後の晴れ姿だな」と、カゥプトが挑発してきた。

「こっちの台詞だ、それは」

 返して、俺とカゥプトは距離を取って視線を合わせた。誰ももう、喋らない。静寂が訪れる。

 そして、同時に宣誓する。

「祖は炎」

 赤色の鱗、炎を吐く俺。

「祖は闇夜」

 黒色の鱗、酸を吐くカゥプト。

「迎えるは氷原」

「迎えるは氷原」

 青色の鱗、氷弾を吐くネィロ。

「我が業火を以て」

「我が酸雨を以て」

 四十年間、ずっと幼馴染として、友達として過ごした。

「いざ、参る」

「いざ、参る」

 それは、今日で終わる。

 俺は飛び上がった。カゥプトも飛び上がった。

 全く同じ高さ、全く同じ挙動。息を吸い込み、火球を飛ばす。酸弾が飛んで来る。

 ぶつかり、どちらも弾けた。それは昨日見た花火にそっくりだった。

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