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Ⅶ:城の書物庫

「そ、それじゃあ、私は、城の玄関口付近におりますので、終わったら、声をかけてくださいね」



バパは、ガトールークを、塔のてっぺんにある大きな振り子時計の裏まで連れてくると、慌ただしく階段を駆け下りていった。


大臣ともなれば、会談なんかあると、忙しいに違いない。




ガトールークは、むき出しの歯車に歩み寄った。


手を軽く振って、黄色い火の玉を作りだす。

それを空間に置いて、今自分が立つ、時計の裏の暗い小さなスペースを、照らした。



とりあえず、壊れた箇所を見つけなければならない。

折り重なる巨大な歯車たちに、ガトールークは顔を近づける。


古い匂い。

よく見ると、あちらこちらが錆びついている。

長らく、手入れらしい手入れはしていないのだろう。

しかし、ぱっと見では、何が悪いのかよくわからな い。


ガトールークは、いくつか歯車をはずしてみた。


時計に体を突っ込むようにして、中を見回す。


火の玉を呼び寄せて、照らした、



────その瞬間だった。



「──────!!!」



…見つけてしまった。


この時計の動力となるふたつのぜんまいが、すり切れている。

時を刻む右のぜんまいと、時報を鳴らす左のそれが、両方中途でなくなっているのだ。

これでは動くはずがない。


「…こいつは厄介だな…」


ガトールークは、舌打ちした。


しかし泣き言を言っている暇はない。


彼は、さっそく修理に取りかかった。


ぜんまいに手が楽に届くように、歯車をはずしていく。


工具箱の中にある、長いねじを手に取った。


ぜんまいが刺さるらしい錆びた穴にドリルを突っ込み、ねじが入るほどの穴をあけなおす。



穴────つまり破損の傷跡が錆びているということは、間違いなくこの時計ははるか前に動かなくなっていたはずだ。


こんなになる前に誰か修理を要請してくれればよかったのに。

ガトールークはため息をついた。



右のぜんまいの先と、内側から差し込んだねじの先端をぴったり合わせ、火の玉を使って溶接する。

彼が火の玉をなでるとそれは白くこうこうと輝き、ねじの頭が作る出っ張りを焼き切った。



…とりあえず右側だけは直ったが、これを左もやると思うと、気が遠くなりそうだ。


彼は肩を回し、力を抜いて、もう片方のねじに目を やった。





「…よいしょ、と」


歯車をすべて元通りにはめこみ、ガトールークは額の汗をぬぐった。


これでとりあえずは動くはずである。



彼は、ポケットから時計を引っ張り出す。


…六時になる十五分前だ。

思ったより早く仕上がった。



ガトールークは歯車に油をさして、両側のねじをそっと巻いた。


自分の懐中時計を見ながら、時刻を合わせる。


…ダイヤルから手を離すと、


─────心地よい音を立てて、時計は、動きだした。



「…ふう、終わった…」


古い油で服を真っ黒にしたガトールークは、地上に続く螺旋階段に、きびすを返した。




一階の廊下に出ると、城の中はなんだか忙しい。

来客があるときは忙しいものだろうが、それにしても他国の客人、まして王族となればなおさらだろう。



ガトールークは、食材を搬入する料理人や、召集された衛兵たちとすれ違いながら、城の玄関まで来た。



…しかし、バパはそこにはいない。


忙しさに紛れてどこかに行ってしまったのだろうが、依頼主に何も言わないで出ていくのは気が引ける。


ガトールークは、少し城の中を歩いてみることにした。



教会と直通の廊下があるにも関わらず、初めて入ったロッキンライン城。

白い内装に、穏やかな色の明かりが照り返して、落ち着いた雰囲気だ。


ガトールークはどこまで散歩していいかわからなかったので、二階に行くことは避けて、一階をぶらついていた。



ガラス張りの廊下。

窓の外─────綺麗に手入れされた庭園が、ライトアップされている。

花のアーチ、豪華な噴水…


「…すごいなあ」

ガトールークは、うっとりとそれを見つめる。



…そのとき、


「きゃっ!」


悲鳴、 そして何かが散らばる音。



ガトールークは、振り向いた。


彼の背後に、ドレスの女性が倒れている。

たくさんの切り花に紛れて投げ出された、数冊の本。



ガトールークは、工具箱を腕にかけ、本と花を拾い集める。


上半身を起こしたその女性は、もがいている。

ドレスの裾が邪魔なのだろう、あるいはヒールが極端に高い靴をはいているのかもしれない。


ガトールークは、手を差し出した。


「大丈夫ですか」

「ええ…、ありがとう」


彼女は長いブロンドの巻き毛を揺らし、桃色のドレスをたくし上げて、ガトールークの手を借りて立ち上がる。


「恥ずかしいわ、転んだ上に一人じゃ起きられないなんて…」


エメラルドのような、瞳。



ガトールークは、はっとした。


写真でしか見たことはないが、彼女はこの城の王女、フランメール姫に間違いない。



彼女は、伏せ目がちに硬直しているガトールークに、ためらいなく声をかける。


「ねえ」

「へ?

…あ、はい」

「拾っていただいたついでといってはなんですけど、ご本を運ぶの、手伝ってくださらない?」

「運ぶって、どこへ?」

「この先にある、城の書庫へよ」


「…書庫?」

ガトールークは、顔を上げた。

「この城には書庫があるんですか?」


「ええそうよ、とっても広くて大きいの。

古い歴史書や、物語…

面白いご本がたくさん置いてあるわ」

「……」

「誰も来ないから、わたしがときどきお手入れをするのよ。

さ、行きましょう」



姫について歩くガトールークは、上の空だった。

まさか城内に、そんないい場所があったなんて。

今度から調べもののときは屋根から忍びこもう。

誰も使わないなんて、持ち腐れもいいところだ。




「ここよ」


フランメール姫が押し開けた、大きな木の扉。

目の前に広がる暗がりに電気の明かりがさして、部屋の全貌をうつしだす。



「…!!!」



ガトールークは、息を飲んだ。



整然と並ぶ、巨大な本棚。

高い天井を突き破らんばかりに、そびえている。


ところどころに、長いはしごがある。

あれを使ったところで一番上の段に手が届くかどうかは怪しいと、彼は思った。



姫が、手を差し出す。

「ご本、片づけてくるわ」


「ああ、はい」

ガトールークは我に返り、重ねた本を手渡す。


本棚に向かって歩く姫の靴音と、彼女の声が、反響した。


「素敵なところでしょう、古いご本のいい香り…

わたしね、ここがお城で一番好きよ。

でもお父様は、わたしがここに来ると、怒るの。

書物ばかり読んでいる変わり者の姫だと思われたら困るんですって」

「あ、それで、花を?」

「ええそう、お父様には、お花を教えてもらいに行くと嘘をついて、持ち出したご本を戻しに来たのよ。

転んだところをお父様に見られなくてよかったわ。

あなたも、内緒にしてくださいね」

「ええ、もちろん」


ガトールークはそう答えて、 今度は、尋ねた。


「姫様」

「なあに?」

「…ちょっと、本見てもいいですか」

「いいわよ、大事にね」



ガトールークは床に花と工具箱を置き、ふわりと宙に浮いた。

広い部屋のすみにある本棚の、最上段から順に見てまわる。



王室に代々伝わる、古代の歴史書。

ちらほら、魔法書も見られる。

ガトールークの立場と財力では、到底手に入らない代物ばかりだ。


彼は、その中の一冊に手をかけて、めくりはじめた。



「きゃあ!」


真下から、姫の声。



ガトールークは、目をやった。



こちらを見上げるフランメール姫は、本を取り落とし、おびえたような顔つきだ。



ガトールークは、床に降り立った。


「あ…あなた…」

フランメールが、後ずさる。

「嫌、近づかないで!」


「ええっ、なんで?」

「だってあなた、魔法使いでしょう?!

思い出したわ、緑の髪、赤紫の目!

やっぱりそうよ、異形の魔法使い!」

「…」


人間社会において、魔法使いは異質な存在なのだ。

姫が恐れるのも、無理はない。

しかし、自分の髪色や目の色は、そんなにおかしいだろうか。

ガトールークは、目を伏せた。


姫は、続ける。

「お願い、わたしを食べないで!

お腹がすいているなら、料理長に何でも好きなものを用意させるから────」


「…は?

…どういうことですか、それ」

「とぼけてもだめ、あなた、魔法で殺した人間を食べるんでしょう?

兵士隊長さんが教えてくださったのよ」



…兵士隊長…

ブロスライド。

彼がそんなことをしゃべっていたなんて…


自分に対する偏見も、ここまで極まると、怒りや悲しみを通り越して、もはやどうでもよくなってくる。


…しかし、やけになって、そんなおぞましい妄想を肯定するのは、承服しがたい。



ガトールークは、返した。

「そんなの、誤解です。

俺は人を食べたりなんて絶対しないし、魔法だって、誰かを傷つけるために使ってるわけじゃない」


「嘘よ、そうやってだまして、わたしを食べるのね!」

フランメール姫が食い下がる。


彼は、ため息をついた。


「姫様を食べるなんて、言語道断ですよ。

だいたい、俺がもし人を食べてるなら、この城下からもっと人がいなくなっててもおかしくないでしょう?」

「…それは…」

「魔法で人を殺したりなんて、絶対しない。

っていうか、俺が誰かを殺したと思うんだったら、 捕まえて調べてもらっていいんですけど」



しばしの沈黙の末、

…姫は、ぽつりと言った。


「…ごめんなさい…

…噂話だけで人の良し悪しを決めつけるだなんて、いつか女王になる者としてはもっての他よね…」



…ガトールークは、なんだか、姫に少し悪いことをした気になった。



彼は、床に落ちた本を、フランメール姫に渡す。


そしてその手を、軽く振った。


ガトールークの手元に、姫が本を隠すために持っていた花束が、吸い寄せられてきた。


赤い、かわいらしいバラの花。


姫が、宙に浮くそれを食い入るように見つめる。

「…魔法で、ここまで来たの」


「ええ」

彼はその中から、一輪の茎を折る。


姫が少し、身を引いた。


「大丈夫、怖がらないで」


ガトールークは、短いバラを、姫の目の前に差し出す。


「魔法だなんて、すぐには飲みこめなくて当たり前だから…

今は種のない手品みたいなものだと思ってもらえれば、それでかまわない」


ガトールークの手に収まった花が、ふいに光を放つ。


フランメール姫が、手で顔をおおった。



「姫様、ほら、よく見て」


ガトールークにうながされ、彼女は顔を上げる。


…彼の細い指に包まれたバラ。

光沢を帯び、こうこうと明るく、紅に輝く。


…茎やがく、葉まで、赤い。



ガトールークが差し出すそれを、フランメール姫はおそるおそる手に取った。


光にかざす。



彼女は、つぶやいた。

「綺麗ね…宝石みたい」


「宝石ですから」

「…え?!」


目を丸くしたフランメール姫に、ガトールークは続ける。


「錬金術って言葉は聞いたことぐらいあるでしょう?

今のもそれのたぐいで、器具がなんにもなくてもできる、すっごく簡単なやつ」

「…錬金術…

それじゃ、本当に、これは…」

「ルビーになったんです。

まあ、赤から赤になったんで、あんまり変わりばえもしないけど」


「…いいえ、

…とてもよく、わかったわ」

フランメール姫は、ルビーのバラを、両手で握りしめた。

「あなたの魔法は、手品みたいに、人を楽しませるためにあるのね」


「…それはちょっと買いかぶりすぎだけど」

「いいえ、素敵だわ!

まるでおとぎ話みたい!」


興奮する姫は、うっとりと語りだす。


「わたしね、ここにとっても好きなご本があるの」

「へえ、どんな?」

「古い日記よ。

魔法使いさんが、願いごとを叶える魔法を探して旅をするの」



──────!!!



ガトールークは、はやる心をおさえ、姫に尋ねる。

「あの、… その本、どれですか」


フランメール姫は微笑み、ガトールークがさっき見ていた本棚の下段に駆け寄って、一冊の分厚い本を引っ張りだしてきた。



くすんだ青の表紙に、“霧の島放浪記”と記されている。


ガトールークは、本の後ろから、ページをめくった。



────────


かくして、幸運なことに、万年樹の花を手に入れることがかなった私は、花を摘むと、すぐにその蜜を唇に塗った。

そして、叫んだ。

戦いに没した我が妻、ドレアを生き返らせてくれと。

すると一瞬めまいがして、体を引き裂かんばかりの雷鳴が、私をうった。


そこから先はどうなったのかわからないが、とにかく目覚めたとき、私は、万年樹のふもとの町の宿屋に寝かされていた。


何も変わったような気がせず、不安のうちに、私は 霧の島に別れを告げた。

取り急ぎ、半日海の上を飛び続け、ようやく私の村に帰還した。


疲れはてた私は、村の入口に建つ教会にふと目をやった。

そして、驚愕した。

墓がひとつ、減っているではないか!

私は家に駆け込み、彼女の名を呼んだ。

すると可愛らしい声と共に、ドレアが、私を出迎えたのだ!


────────



ガトールークは、夢中でページを読みすすめる。


巻末に、今回の旅でわかったことが、簡潔にまとめられていた。



願いを叶える魔法は、万人に可能なもので、万年樹の蜜を唇に塗り、願い事を言う、ただそれだけのことだという。

ただし、万年樹の花は千年に一度、たった一輪が、一日のあいだしか咲かない。

加えて、花を摘み、得た蜜は、たった一時間でだめになってしまうらしい。



ガトールークは、筆者が万年樹の花を摘んだページに戻る。



今から、約2800年前のことのようだ。


フェニックスが、この花を手に入れるには、あと200年は待たなければならない。



ガトールークは、がく然とした。



「やっぱり、願い事なんて、そう簡単には叶わないのよね」

姫が、口を開いた。


ガトールークは、訊く。


「姫様、ここの本、結構読みました?」

「一日一冊だから、まだ本棚ひとかたまりの半分くらいかしら。

でも、このあたりは、昔の魔法のお話がまとめて置いてあるの。

そういうのは、あらかた読んだわ」

「その中で、こういう魔法は…」

「これだけよ。

やっぱり、魔法で願いを叶えようなんて、あまり皆思わないのかしらね」



これが限界か、と、ガトールークは思った。


張りつめていた気持ちが緩んでいく。



そして、


「…あ!」


思い出した。



「どうなさったの?」

「俺、バパ大臣を探してたんです!

時計塔の修理に来てて…

直ったっていうの、まだ大臣に知らせてなくて。

あの大臣のことだから、鐘が鳴ったって気づかないだろうし…」

「まあ、大変!」


フランメール姫は、急いで本を片づける。


彼女は、宙に浮きっぱなしの花を抱えこみ、ガトールークに言った。


「バパにはわたしが伝えておくわ。

あなたは早くお城を出て!

グランドール国王がお見えになるの、しばらく出られなくなるわ」

「閉鎖されるんですか?!」

「そうよ、そんなときに外部の方がいたら捕まっちゃうわ!

さあ、早く!」



「すみません、姫様! 宜しくお願いします!」


ガトールークは、書庫の入口に放られた工具箱を引っかけ、扉を押し開けて、外に走り出た。





振り返りもせずに廊下を駆け抜けていくガトールーク。



城と教会を結ぶ通路の扉が、向こうに見える。



…と、そのとき。


「…?!」


ふいに、何かを踏んづけて、彼は転んだ。



ゆっくりと起き上がり、くじいた足をさする。


足元に転がる、黒い物体。



ガトールークは、それを拾い上げた。


黒光りする、プラスチックのボディー。

半分ほど砕け、中身のメカ部分がむき出しだ。

割れているのは、カメラのレンズ。

上についていたらしいプロペラのようなものは、ガトールークが踏んだためか、はたまた別の要因か、とにかく折れてしまっている。

ところどころから導線が出ている。

恐らくもう、動いていない。


「危ないなあ、こんなとこに、変なもん置いといて」


ガトールークは、工具箱にそれを突っ込み、右脚を引きずって歩きだす。


急いだところで、もう間に合うまい。


おかしなメカのせいで、彼の走る気力は、完全に失われてしまった。




「なんだ、お前」

衛兵が、扉の前で、ガトールークをにらみつける。


「いや、あの…

俺、大臣に時計の修理を」


ガトールークの言葉を聞くまでもなく、衛兵は笛を吹いた。


素早く甲冑の戦士たちが集結し、彼を取り囲む。



「侵入者だ、捕らえろ!」


「えっ、ちょっ、俺は…

い、いててててて!」


「確保ーッ!」




衛兵の一声で、彼はなすすべもなく、あっというまに取り押さえられてしまった。


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