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Ⅷ:獄中の作業

ガトールークは、コンクリートの床に投げ出された。


金属音をたてて、打ちつけるように閉められる牢屋の扉。

二重にかかる、鍵。



「…くっそー…」

ガトールークは、体を起こす。


悪いことなんかなにひとつしていないのに、牢獄にぶちこまれるなんて、最悪だ。

目の前にある家への扉をちょっと開けるくらい、いいじゃないか。


ガトールークはふくれて、あお向けに寝転ぶ。



そのとき、


「…あ」


彼は、工具箱を抱えていたことに気づいた。


衛兵たちは、とりあえず侵入者を捕まえて牢屋に閉じこめることができれば、持ち物などどうでもよかったのだろう。



彼はひょいと起き上がり、四角いその箱を開く。


端に押しこまれた、欠けた黒い球体。


ガトールークはそれを手にとって、眺めた。


それでは飽きたらず、彼はマイナスドライバーを取り出す。


先端を使い、表面をおおっていたプラスチック壁を、強引に引きはがしはじめた。






「…ふう、こんなもんかな!」

「…結構時間がかかったな」

「ガトールークのへや、きたなかったネ!」


セレスティーナとフェニックス、ロコが、顔を見合わせて、安堵の笑みを浮かべる。


彼らは、ようやく片づいたガトールークの屋根裏部屋をあとに、階段を下りていった。




「おじいちゃん、おなかすいた!

ごはんまだなノー?」

ロコが、台所に走っていく。


「もう夕食じゃよ、居間のテーブルに並べてあったじゃろ」

「そうだっけ!

わーい、ごはん!」



はしゃぐロコの声を脇に聞きながら、フェニックスはテーブルにつく。


三つのスープの椀と、その脇に、小さな食器が一組、並べられている。



「…ん?」

フェニックスは、首をかしげた。


「どうしたの、フェニックスさん?」

「食器が一組足りん」

「え?

…あ、本当だ!

ジェニファントさーん」


セレスティーナの呼びかけに、ジェニファントはキッチンからグラタン皿を持って出てきた。


「足りとるぞ」

「えっでも、大人用って四人分じゃ…」

「ガトールークはあとで一人で食うんじゃろ」


「ガトールーク、いないノ?」

ロコがテーブルに乗る。


「ほれ、ちょうどフェニックスが話しおわったあたりで、城の時計を直すとかで出かけていったじゃろ。

それっきりじゃよ」


「そういえば、そんなようなこと言ってたかも…」

セレスティーナはため息をついて、


「─────あ…!!」


はっと顔を上げた。


「どうしたんじゃ、ナイト殿」

「ジェニファントさん、今何時?!」

「八時を過ぎたところじゃが」


「どうしよう、 ガトールークさん捕まってるかも!」

真っ青になったセレスティーナが、頭を抱える。

「今日、グランドールの国王夫妻が来て、お城で会談があるの!

グランドール王ってすっごくお金持ちでわがままで、自分が来てるときはそこに民間人は一人も入れないようにさせるんだ。

自分の財産を狙う賊に襲われたらいけないとか言って!」


「つまり、ガトールークは城が閉鎖されるまでに外へ出られなかったということか」

「多分そう、これだけ時間があったら時計の修理なんか終わってるだろうし、

ああもう、僕が非番じゃなければ…!」


セレスティーナは、フェニックスの手を引いた。


「手伝って!ガトールークさん、連れ戻しに行くよ!」

「は?!

な、何を…」

「いいから早く!」



慌ただしく居間から下りていった二人の青年を、ジェニファントとロコは、あぜんと見送った。




教会の裏口から出て、セレスティーナは走る。

その速いことに、フェニックスは驚嘆しながらも、ついていく。


やがてセレスティーナは、城を挟んで教会の反対側にある、背の高い建物に駆けこんだ。



フェニックスは、こらえきれなくなって、脚を休めないまま訊く。


「セレスティーナ、ここはどこだ?」

「ロッキンラインの兵士詰め所!」

「なぜこれほど急ぐ必要がある?」

「ガトールークさん、ただでさえ城の兵士たちによく思われてないのに、ほっといたら何されるかわかんないよ!」

「どうして私を連れてきた?」


セレスティーナが急に立ち止まる。


彼の目の前には、クローゼット。

そして開くと、

────銀の、鎧。


セレスティーナは、フェニックスを、振り向いた。






突如、城の正面玄関が、音をたてて開く。


衛兵は、飛びのいた。

長槍を振りかざす。


しかし彼は、すぐにそれを下ろした。

姿を現したのは、見慣れたこの城のペガサスナイトひとりだったからだ。

なにも不審なことはなかった。



セレスティーナは、言う。

「侵入したっていう緑髪の人は?!」

「はっ、地下牢に監禁しています」

「今すぐに出して、彼、頼まれてお城の時計塔を直しに来たんだよ!

本当にそれだけなんだ、彼に罪はないよね?」

「それは────」


衛兵は口ごもる。


彼をよそに、セレスティーナは奥に入ろうとした。


しかし、 衛兵が、笛を吹く。


とたんにあたりを包む足音。


開いた正面玄関に、セレスティーナは甲冑の男たちに取り囲まれる。



彼らが、口々に言った。


「今は、会談中でございます」

「たとえセレスティーナ様といえども、お通しするわけにはまいりません」

「ましてあの男を釈放するなど、もっての他!」


歯ぎしりするセレスティーナ。


兵士たちの中の、長剣を携えたひとりが、彼の背中をぐいとつかむ。


「あの魔法使いの肩を持つとは…

見損ないました、セレスティーナ様」


男は、剣をさやに収めたまま、それを振るった。

金髪の青年の胴を平打ちにする。


彼はあっけなく、くずおれてしまった。



その長身のロッキンライン兵は、セレスティーナをひょいと担ぎあげる。


「お前────

セレスティーナ様を、どうする気だ」

「牢屋にぶちこむ」

「こんなことして、後でどんな処分があっても知らないぞ!」

「構わん。

悪を正すのが、私の仕事なのでな」



他の衛兵たちの忠告を退け、その男は、誰もいない城の廊下をゆっくりと歩いていった。




「…大丈夫か?」

「うん、平気だよ。

ちょっと痛かったけど」

「すまん」

「ううん、とっても上手だった。

うまくごまかせたね」

「…で、私はどちらに歩いてゆけばよいのだ?」

「ああごめん、

そこを左に曲がって、突き当たりの階段を下りて」





「…ふうん」


ガトールークは、ドライバーを置いて、腕組みする。


ついに限界まで微細に分解されたあの黒い機械の部品。

コンクリートの床に行儀よく並べる。



静かな牢獄に、冷たく響く足音。


それは近づいてくる。


ガトールークは気づいたが、特に何をするでもなく、ただあぐらをかいて、首をひねる。



ふと、音の主の歩みが止まったようだ。


上で会談に借りだされる兵士もいれば、地下で牢屋を巡回する者もいるのだ。

これは兵士の地位によるのだろうかと、ガトールークは思案する。



──────と、そのとき。



「ガトールークさん」


小さな呼び声に、彼ははっと顔を上げた。


ロッキンライン兵に抱えられたセレスティーナが、鉄格子の向こうから、彼をまなざしている!


「セレスティーナ!

…なんで、お前が捕まっちゃってるんだ?」

「捕まってるわけじゃないよ、捕まったふりして牢屋に忍びこんだだけ」


セレスティーナを左腕一本に預け、甲冑の男が面当てを上げる。


ガトールークは、目を丸くした。

「…フェニックス!」


「今出してやる」

フェニックスは、腕から鍵を繋げた金属の輪をはずす。


ガトールークは、散らかった床を片づけはじめた。


セレスティーナがため息をつく。

「…何やってたのか知らないけど、それ、ホントの監守に見られてたら、ガトールークさんただじゃすまなかったよ」


「あはは、まあ、結果オーライじゃん?」

ガトールークは笑ってごまかし、

…訊いた。

「ふたりが入ってきたのはいいとして、俺、どうやって抜けだせばいい?」


「強行突破か?」

開錠しながら、フェニックスがセレスティーナに目をやる。


「うーん…

帰りは僕も半分そのつもりだったけど、あんなに玄関口の警備が堅いと思わなかった。

しかも槍まで持ってたし…

さすがに甲冑の戦士ひとりで丸腰ふたりを守るのはきついよね」

「なに言ってんだ、セレスティーナが本気出したら衛兵なんか全滅だよ」

「まあ、そうなんだけど…

でも、あんまりおおごとにしない方がいいじゃない」



セレスティーナは、どうやってここまで来たかを、事細かに話した。


わざと正面玄関から入り、衛兵を集めたところに、自分のマントの影に隠れていた、鎧を身につけたフェニックスを、ロッキンライン兵に紛れこませた、と。



「ずいぶん大胆なことやってきたなあ」

ガトールークが、フェニックスに、牢屋から引っ張り出される。


フェニックスが、セレスティーナを下ろした。

「…で、どうやって出る?」


「うーん…」

腕を組むセレスティーナ。



「フェニックス」

ガトールークが呼びかける。


「何だ」

「それ、その剣、もっとよく見せて」

「…剣?」


フェニックスは言われるままに、後ろを向いて、背負った剣を見せる。


「…うん」

ガトールークは、にっこり笑った。


「セレスティーナ、ちょっと」

「え、なあに?」


彼がセレスティーナの手をとる。


ガトールークの指先から、溢れる、白い光。


「─────!!!

えっ、ちょっと、ガト…─────」


セレスティーナが予期したのもつかのま、彼はひと振りの剣となって、床に乾いた音をたてた。

ガトールークはそれを取り上げ、フェニックスの背中に合わせる。


「フェニックス、これ、こうやって持ってて」

「もとから背負っていた剣の上に重なるようだな」

「うん、それでいいんだ」


ガトールークがフェニックスの前側に戻り、 ひとつ、宙返りする。


するとその身は白い輝きとなり、

…フェニックスの鎧にぶつかった。


光が消えると、

─────剣を留めるベルトが、一本、増えてい た。






「あっははは、あー面白かった!

あの衛兵たちのおびえっぷりったらないよなあ!」

「ほんっと、仲間が僕を牢屋に入れたっていうだけでビクビクしちゃって!

もう情けないよねー!」

「実際セレスティーナは牢に入ることもなく、ましてガトールークが脱獄した…

皮肉にもほどがあるぞ」


食卓を囲んで笑いあう三人の青年。


ロコが、ガトールークの膝に乗る。

「いいナー、ぼくもみたかったー!」


「また今度見せてやるよロコ、もっと面白いとこ!」

「もっとへんなとこー!

わーい!」


「やれやれ、にぎやかじゃのう」

ジェニファントが、机に頬杖をつく。

「あとのことは、わしは面倒見きれんからの」


「大丈夫、僕に任せて!」

セレスティーナが、澄んで蒼い片目をつぶってみせた。

「ブロスライドさんは応接間の警備なの、ってことは、当事者で一番偉かったのは僕」


「…ってことは、どういうことなんだよ?」


「うふふっ、それはね!」

首をかしげるガトールークに、彼は答えた。

「僕が好き勝手に今日の始末書書けるってこと!

えっへへ、何書いてやろうかな!」


「ほっほ、ナイト殿も世渡り上手じゃのう」

ジェニファントが、にやりと笑みを浮かべた。



「そういえば、ガトールーク」

ふと、フェニックスが尋ねる。


「うん、何?」

「お前は牢屋でいったい何の作業をしていたのだ?」


「ああ、あれね」


ガトールークは椅子を離れ、棚から工具箱を取り出す。


テーブルのあいているスペースに、中身を出しはじめた。

スパナ、金づち、ドライバーのたぐい、はんだごてにバーナー、いくつかサイズの違うペンチ…


そして彼は、箱を差し出した。

「はい、これ」


フェニックスとセレスティーナは、工具箱の底をのぞきこむ。


…金属片や薄いプラスチックに、ときたまレンズらしきものや、ねじが混ざっている。


「…何、これ」

「…もとの形の見当もつかんな」


二人の怪訝な表情を見て、ガトールークは頭をかく。


「うーん…

俺が拾ったときにはもう壊れてたから、全部の部品があるわけじゃないんだけど…

でも多分、飛びながら何かを撮影するものだと思うんだよな」



ガトールークは、工具箱をテーブルに置く。


彼はそこに、手をかざした。


ばらばらの小さな部品たちが、宙に浮かぶ。


それはガトールークの指が導くのに従って、一点に集約されていく。


やがて─────

それは、形をなした。


黒いプラスチックのボディーとプロペラ、カメラを持つ、拳ほどの大きさの丸い機械。


「…で、ガトールークさん、なんなの、これ」

「まっくろだネー!」

ロコとセレスティーナが、首をかしげた。


「うーん…

わかんないなあ、俺も初めて見たから…

しかもちょっと欠けてるし」


ガトールークはそこまで言って、

─────フェニックスが、食い入るようにその機械のかたまりを見つめていることに気がつく。


「…フェニックス?」

彼は訊いた。

「心当たりがあるのか?」


フェニックスは、ゆっくりとうなずく。



「…これは…」


彼が、口を開いた。



「…すっとびボールだ」

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