Ⅵ:度重なる依頼
「ない」
ガトールークは、最後の一冊を、閉じた。
「ないノ?」
「ああ、ない。
やっぱり難しいなー、これだけ探してもないなんて」
ガトールークは、床に散らばった本を眺め、ベッドにあお向けに横たわる。
この百冊とちょっとの本の中に、たった一冊、願いを叶える方法として、一度死んで、死後の世界でなんとやらという話はあった。
一応フェニックスは六百年に一度ほど転生するらしいということは再確認したが、その際冥界まで行っているのかどうかはわからないので、この案はボツだ。
だいたい、死ねなくて困っているのに、死んでから願いを叶えろというのは、どうにも残酷である。
もしかしたら、
…いや、もしかしなくても、不死身の血を断ち切ることは、不死身になるよりよほど難しいのだろう。
ガトールークは、ため息をついて、まぶたを閉じた。
ロコがふと、尋ねる。
「ねーねー、ガトールーク」
「ん?どうした?」
「なんで、しねるまほう、さがしてるノ?」
「そりゃあ…
…─────」
ガトールークは、はっと目を見開く。
そして、フェニックスのことを隠しているのが、今後にどう影響するか、初めて思い至った。
…無論、外部の人間には隠しておくのが最善だろう。
しかし…
ジェニファントとロコ、それからセレスティーナには、黙っていていいはずがない。
少なくとも彼らには、知る権利が─────
─────いや、知っておいてもらう必要がある。
短いながらもここで暮らすであろう彼に不審をいだかせることだけは、避けなければ。
ガトールークは、体を起こした。
「ロコ」
「なにー?」
「ちょっと下で休憩しようか?
ずっとここにいて、疲れたろ」
「プキュ!キャッ、キャッ」
ロコが突然笑いだす。
「な、なんだよ?!」
「ガトールーク、よんでも、きづかなかったヨ!」
「…は?」
「ガトールーク、とけい!」
ロコが、たんすの上の懐中時計を、彼に差し出す。
ガトールークは、目をやった。
「今、四時か。
おやつの時間、過ぎたな」
彼は時計を戻そうとして、
「…ええっ?!」
もう一度、見直した。
やはり午後の四時である。
窓の外が、薄く紅をさしている。
本を読み返す作業は、十時より前から始めていた。
おやつどころか、昼食を食べそこねていたのだ。
あぜんとするガトールークを前に、ロコが笑い転げている。
「キャッ、キャッ!
ガトールーク、へんなの!」
「変なのってなんだよー!
教えてくれたらよかったのに!」
「なんかいもよんだヨ、ほっぺもたたいたし、かみのけもひっぱった!」
「…マジで?」
「ぜんぜんきづかないから、ほんのうえにのったら、ぽいってはらわれた」
「…俺、そんなこと、した…?」
「しょうがないから、ぼく、ひとりで、にかいにいってごはんたべてきたノ」
ガトールークは、ポケットに時計を突っ込み、ため息をついて立ち上がる。
「…下行ってくる」
ロコが、彼の首元に飛びつく。
「ガトールーク、わすれんぼ!」
…返す言葉もなかった。
「ああっ、ガトールークさん!
やっと下りてきたの?
よかったー、お夕飯まで出てこなかったらいい加減引きずり出そうと思ってたんだ」
駆け寄ってきたセレスティーナが、ガトールークをテーブルにうながす。
「凄まじい集中力だが─────」
苦笑いするガトールークに、フェニックスが、話しかけた。
「呼んでも返事がないのは、困るぞ」
「…ごめん、
…つい、さ」
ガトールークは、頭をかいた。
…その頭に、げんこつが振り下ろされる。
「~~~っ!
いってえ─────…」
「いってえー、じゃないわい」
奥から出てきたらしいジェニファントが、鼻を鳴らした。
「食事を忘れるとは言語道断じゃ」
そう言いつつ、ジェニファントは、バターを乗せてメープルシロップをたっぷりかけたパンケーキを、ガトールークの目の前に置いた。
「夕食まではまだ間がある、食べなさい」
「やったー、いただきまーす!」
ガトールークは、パンケーキにナイフを入れ ─────
…テーブルに下りて、皿にこっそり手を伸ばすロコに気づく。
「あげるよ、ほら」
彼はパンケーキを四つに切り分けて、そのうちのひとつをロコ側に寄せた。
「やった、ぱんけーき、ぱんけーき」
ロコがはしゃぐ。
「ロコちゃん、さっき三枚も食べたじゃない。
もうお腹すいた?」
「いいノ!
ぱんけーき、べつばら!」
「やだロコちゃん、別腹なんて言葉、いつのまに覚えたの?」
「セレスティーナ、いってたヨ!
でざーとは、べつばら!」
「えーっ、教えたの僕?!」
「セレスティーナ!」
「いや、愉快愉快」
ジェニファントが、笑い声をあげた。
「ナイト殿も、ロコにはかなわんのう」
居間がふいに騒がしくなる。
それに紛れて、
…ガトールークは、右隣に座るフェニックスに、話しかけた。
「…なあ、フェニックス」
「何だ」
「あのさ…
…言いにくいんだけど、
…ジェニファントとセレスティーナとロコにだけ、お前のこと、話しちゃダメかな」
「…私が…
…不死鳥である、という事をか」
「…うん。
あ、嫌ならいいんだけど…
でも、俺は、三人にはできれば知っておいてほしい」
フェニックスは、 間をおいて、
…答えた。
「お前がいいと思うのなら、それで構わない」
「…本当に?
本音はちょっと嫌だったりとか、しない?」
「しない」
彼が微笑する。
「私は、お前を─────
お前と、お前を支えるこの三人ならば、信じられる」
「…フェニックス」
フォークを持つ手を止めたガトールーク。
フェニックスが、せかした。
「早く食え、ロコに皆持っていかれるぞ」
「ああ、そうだな」
ガトールークの返事を聞いて、フェニックスは満足げにうなずく。
彼は、テーブルの反対側で騒いでいる二人と一匹に、呼びかけた。
「ジェニファント、セレスティーナ、ロコ」
彼らが、振り向く。
「どうしたの、フェニックスさん」
セレスティーナが、首をかしげた。
「お前たちに伝えておきたい事がある。
絶対に他言しないと約束してくれ」
ジェニファントが、たくわえた白ひげに触る。
ロコとセレスティーナが、顔を見合わせて、うなずいた。
それを確認し、 フェニックスは、切り出した。
フェニックスが淡々と身の上話をしはじめてまもなく、一階の方から、呼び声がした。
「魔法屋さん、魔法屋さん、こちらにいます?」
ジェニファント、セレスティーナにロコは、フェニックスの話にあっけにとられてしまい、他はなにも耳に入ってこない様子だ。
ガトールークは、そっと席を立って、階段を下りていった。
階段のすぐ下には、汗を拭き拭き、赤ら顔の男が待っていた。
城の大臣だ。
城と直通の廊下を通ってきたのだろう。
彼はガトールークの姿を見るなり、大きな体を揺すって駆け寄ってきた。
「おお、あなたが魔法屋さんですね?」
「ええ、ガトールーク=リストクラッサです。
あなたは、バパ大臣…ですよね?」
「あなたのことはセレスティーナからかねがねうかがっています、この間の洪水が惨事にならずにすんだのも、あなたのおかげだとか」
「あ、いや…まあ、ちょっと手伝った程度で」
ガトールークは、この、人のよさげなバパ大臣が、トロール種の魔族であることを思い出した。
それでセレスティーナとも仲がいいのだろう。
ロコがここで暮らしはじめてからなおのことそう感じるが、この国は、魔物に対して非常に寛大である。
そうでなければ、魔族である彼やセレスティーナは高官にとり上げられるどころではないし、ロコだって国をつまみ出されているだろう。
「…それで、俺は今なんで呼ばれたんですか?」
ガトールークは、尋ねた。
「あっ、はい、あのですね…」
バパはしどろもどろに話を始めた。
よくどもるし、話の要点を得ていない。
ただ、その表情から、かなり急ぎの用事であるらしいことは、はっきりと見てとれた。
「…とまあ、そういうわけなんです、はい」
…ガトールークは、長ったらしい話を脳裏でとっさに集約した。
「えーと、つまり…
城の時計塔が、時計も止まっていて、鐘も鳴らない」
「はいっ」
「だからウェスパの時計技師に修理を要請していたが、その人はアデリーの捕虜になってしまった」
「その通りです」
「で、俺がやれないかってことですね」
「そうです、魔法の力で、なんとかならないでしょうか!」
バパは頭を下げる。
「先ほども申しましたが、今夜七時に開かれる、隣国グランドールとの会談に間に合わせたいんです!」
ガトールークは、聞き漏らし(というより、無理やりまとめた際に誤って切り捨ててしまっ)た重要な箇所があったことに、頭を抱えた。
七時の会談に間に合わせるということは、七時には直っているということが前提。
加えて時を知らせる鐘の確認をしなければならないようなので、六時前にはすべての作業を終える必要がある。
本来三時間ほどは試運転の必要があるのだが、やむを得ないだろう。
すでに四時は回っている。
急がなければ。
「バパ大臣」
「は…っ」
「すぐに向かいます、ちょっとここで待っててください。
工具箱、持ってきます」
「こ、工具箱?」
「原因によっては、魔法じゃ、そういうの、難しいんです。
大丈夫、俺一応時計くらいならいじれますから」
ほっとした顔のバパを置いて、彼は二階へ上がっていった。
「…っちょ…
フェニックス、これ、どういうことだ」
完全にふぬけている二人と一匹を視界にとらえ、ガトールークは思わず訊いた。
ジェニファントも、ロコも、セレスティーナも、ただ呆然とそこに突っ立っている。
フェニックスは、答えた。
「少々、刺激が強かったらしい」
セレスティーナがはたと我に返り、反論した。
「刺激とかいうレベルじゃないよ、衝撃だよ!
ああもうびっくりしたー、最初は悪い冗談かと思ったけど、全然そうじゃないんだもん!
フェニックスさんもっと早くそれ言ってよ~!」
「す、すまん」
フェニックスが気圧されている。
「と、とにかくじゃな」
ジェニファントが、石のようになったロコの頬を叩きながら言う。
「うちにいなさい。
ガトールークがお前さんのために動いとるなら、なおさらじゃ」
「…ありがとう」
「なんの、礼はいらんわい。
ああ、腰が抜けるかと思ったわい」
ガトールークは、居間の棚から、工具箱を取り出した。
「じいさん、俺、ちょっと城の時計塔直しに行ってくる」
「あ、ああ、わかった」
「…大丈夫か、じいさん」
ジェニファントが、首を回す。
「まったく、お前という奴は、またとんでもない拾い物をしてきおって…」
「拾ってきて正解だった」
ガトールークは、舌を出した。
「じゃ、行ってくるよ!」
彼は時の止まったような空間をあとに、階段を、駆け下りた。




