Ⅴ:愛すべき個性
「考えてみると────
俺、寝てる場合じゃないな」
ガトールークはベッドに横になったまま、天井を見上げる。
「何?
どういう事だ」
「いや、だって、堤防が決壊したところ、その場しのぎで凍らせちゃったけど、凍ったままじゃ、新しく堤防作れないだろ」
「ああ、確かに…」
「魔法をかけたのが俺なら、俺が解くしかないからな」
椅子に腰かけているフェニックスが、
顔をしかめる。
「面倒だ…
しかもこんな弱った状態で解除しに行くのか」
「やっちゃったものは仕方ないだろ?
薬のおかげでだいぶ楽になってきたから、今なら動ける」
「…セレスティーナに殺されるぞ」
「大丈夫、見つからないようにこっそり行くから」
ガトールークは、ベッドを降りて靴をはき、壁に立てかけてあった杖を取った。
「待て」
フェニックスが、引き止める。
「まだ朝だ、ロワールまで飛んでいくとなるとかなり冷えるだろう。
午後にするか、でなければ上着を着ていけ」
「ないよ」
「…は?」
「いや、上着ない」
フェニックスは、頭を抱えた。
「…どういうことだ」
「多分今着てるカーディガンが持ってる中で一番分厚いやつ?
ま、あんまり遠出しないし、そんなもんだよな」
何がそんなもんなのか、フェニックスには理解できなかった。
この雑然とした部屋からなんとなく感づいていたような気はするが、彼は身の周りに関してはまったく頓着しないらしい。
「そんなに心配するなよ、ちょっとだけだろ」
少しだけ顔色がよくなってきたガトールークは、窓を開ける。
「じゃ、行ってくるよ」
フェニックスが、ため息をついた。
「なんだよ、そんなに不安?」
ガトールークが、唇をとがらせる。
フェニックスが、立ち上がった。
「外に出ろ」
「…え?」
「飛んでいくのは待て」
「…う、うん」
彼は言われるままに、風をまとい、ベッドの向こうの窓から、飛び出す。
フェニックスが、窓際に足をかけた。
その体が、輝きはじめる。
まばゆい、黄金色の光。
光は膨らみ、ガトールークの屋根裏部屋に満ちた。
…やがて、輝きが弾けたとき、
─────そこには、
…夕焼けの紅を鮮やかに帯びた、一羽の、大きな鳥の姿があった。
「…フェニックス…!」
うっとりと頬を染めたガトールーク。
巨鳥は、窓から体を抜いて、羽ばたきながら、呆然とする彼を見下ろす。
「乗れ」
「…え、
そ、そんな…
そんなこと…っ」
畏縮するガトールークをくちばしでつまみ上げ、フェニックスは、彼を自らの背にうずめる。
「…うわあ、
…すごい、俺、不死鳥の背中に乗ってるなんて」
ガトールークは、つぶやいた。
「…あったかい」
「そこなら寒くないだろう、魔力の消耗もない」
フェニックスは、両翼で、力強く、空を打つ。
「さあ、行くぞ!」
天高く駆ける不死鳥の、なんと速いことか!
ロッキンレイの街がみるみる小さくなってゆく。
そしてはるか前方には、
────雲に届くほどの、巨大な、氷柱。
「俺、あんなに濁流すくい上げたのか…
あれじゃ事後処理も楽じゃないな」
ガトールークが肩をすくめる。
「…あれを伝っていけば、天空の街まで行けそうなほどだな」
フェニックスが、懐かしげに、そう口にした。
「天空の街?」
ガトールークは、羽根の中で、首をひねる。
「…そんなの、あるのか?」
「おや、知らないと見えるな」
「うん。
っていうか、大昔の伝説に出てきたのは覚えてるんだ…
“魔物たちに太刀打ちできないと知ったその国の王は、自らの力で、国を空に浮かべた”ってさ。
でも、誰も行ったことはないみたいだし、俺もただの伝説だろうって思ってた」
「私は行ったぞ」
「…え?!」
フェニックスの言葉に、ガトールークは驚愕した。
「…行った?!
…フェニックス、浮遊大陸に行ったのか?!」
「ああ、つい最近な。
しかもたまたま訪れたわけではなく、王に呼ばれて行った」
「…よ、呼ばれて…?」
「そうだ、アデリーまで内密に使者が来た。
しかも、クラスフラート────天空の地の王は、私が不死鳥である事まで知っていたぞ」
ガトールークは、息をつく。
「…世界って、広いなあ」
「あっはっは、年の功だ、ガトールーク」
フェニックスは、声を上げて、笑った。
そうこうしているうちに、堤防の決壊した箇所は、 目の前である。
フェニックスは、氷の上に降り立った。
ガトールークをつまんで、背中から下ろす。
「ありがとう、フェニックス」
「お安いご用だ」
ガトールークは、氷柱に駆け寄った。
赤いクリスタルのはまった杖を握り、凍てついた濁流に触れさせる。
彼は、詠唱した。
「解き放て、ディーズ・フリージ!」
瞬間、氷柱は融解し、濁流となって身を崩す。
彼が右手で杖を掲げると、
────様々なものを含んで濁ったそれは、大きな水の球となり、そこにとどまった。
ガトールークの余った左手は、下から上に、空気を引き上げるように動く。
堤防の周りに堆積していた土が持ち上がる。
それはまるで意思があるように決壊した部分に吸い寄せられ、そこをきれいにふさいだ。
ガトールークの頭上にたたずむ濁流のかたまり。
彼の指先がなぞるとおりにそれは形を変えて広がり、
…ロワール川の流れに、ゆっくりと、染み込んでいった。
杖を下ろし、額の汗をぬぐうガトールーク。
「見事だ」
フェニックスが、声に笑みを含ませる。
「お前ほどの魔法使いは、魔界を探しても、そうはいまい」
「え、そう?」
「ああ。
同時に複数の魔法を操るのは至難の技だ」
「ほんと、すっごい疲れちゃったよ。
もともとの体力もないのに、病み上がりだし」
「一時的に薬が効いているだけだ、病み上がったかどうかはわからん」
フェニックスが、ガトールークに背を差し出し、翼を広げた。
「帰るぞ」
「あ、いや、もう一ヶ所あるんだ」
「…何?」
「ここほど大きい決壊じゃないんだけど、もう少し西に。
そっちも頼める?」
ガトールークが、フェニックスの背中によじ登る。
「…わかった」
フェニックスはため息をつき、再び、雲ひとつない青空に、ふわりと浮いた。
「さあ、着いたぞ」
フェニックスは、教会の屋根裏部屋に、ガトールークをつまみ入れた。
「フェニックスも早く、あんまり人に見られるの、よくないだろ」
「ああ」
不死鳥が素早く身をひるがえした。
…金色の光が、またたく。
ガトールークが目を開けると、
…部屋の中に、あの赤毛の男が、もとのように、そこにいた。
「ああっ、俺ってなんてラッキーなんだろう!
うちにフェニックスがいて、しかも乗せてもらったなんて」
ベッドにうつぶせ、夢の中に身を置いたように、酔いしれるガトールーク。
フェニックスが微笑する。
「大袈裟だ」
「大袈裟なんかじゃないよ!
こんな幸せめったにないよ、もうこれで一生分の運を使い果たしててもいい」
フェニックスは、ガトールークの靴を脱がせ、その脚をベッドの上に乗せて、布団をかけた。
「くたびれただろう、しばらく寝ていろ」
「こんなにいい気分なのに動きたくないよ、しばらくぼーっとしていたい」
「よし」
フェニックスは、屋根裏部屋をあとに、二階に下りていった。
「わ!」
声とともに、ロコがフェニックスのすねに飛びついてきた。
「フェニックス、ガトールーク、げんき?」
「ああ、今は元気だ」
「あそびにいってもいいノ?」
「いいんじゃないのか」
「わーい!」
ロコが、フェニックスと入れ替わるように、屋根裏部屋へ駆け上がっていく。
奥から、セレスティーナが出てきた。
「ガトールークさんのおもりで疲れたでしょ?」
フェニックスは、はっとした。
そう、自分たちはずっと屋根裏にいたことになっているのだ。
危うく忘れるところだった。
フェニックスは、居間の椅子に腰を下ろし、答える。
「いや、今はおとなしくしているぞ」
「そう?よかった」
セレスティーナが、肩をすくめる。
「ガトールークさんが遊んじゃうからあんまり上に行っちゃ駄目って、ロコちゃんのこと止めてたの。
…やっぱりちょっと、かわいそうだったかな」
ガトールークは、相手主体で動くところがある────
それが時にあだになって、自らを犠牲にすることもある。
賢明な判断だ。
フェニックスは、そう感じた。
セレスティーナはおっとりしたように見えて、案外自己をはっきりと持った、聡明な青年だ。
加えて正義感が強く常識的で、見た目もきちんと整えて、社交的な雰囲気をまとう。
頭は切れるし実力もあるが、溢れ出る個性を押さえきれていないガトールークにとって、これほどできた友人は、セレスティーナをおいて他にいないだろう。
「?
どうしたの、フェニックスさん」
何やら考えこむ様子のフェニックスの肩を、セレスティーナが叩く。
「思ったよりくたびれたんでしょ。
ねえ、お茶、飲まない?」
「…あ、ああ」
フェニックスは、返す。
セレスティーナがテーブルのティーポットを取り上げ、紅茶を注ぐ。
「…セレスティーナ」
「うん、何?」
「ガトールークは、
… お前を、信頼しているんだな」
セレスティーナは、フェニックスの言葉に目を丸くし、
それから、笑った。
「嫌だもう、フェニックスさんったら、急に何?」
彼はフェニックスにティーカップを差し出す。
「…ガトールークさんも僕のこと信頼してくれてるけど、どっちかっていうと、僕がガトールークさんに甘えてる感じだよ?」
「甘えている?」
「うん、
…ガトールークさん、とってもいい人なんだもん、一度しゃべってみたら、大好きになっちゃった」
フェニックスは、うなずく。
セレスティーナは、頬を染めて、続けた。
「ほら、ガトールークさんって、このあたりじゃあんまり見かけないような髪の色だったり、目の色だったりするじゃない?
しかも魔法使いっていうんだから、怖がる人もいるんだよね。
僕も、初めはちょっと、できるだけ関わらないようにしてた」
「お前が、か?」
フェニックスが紅茶をすする。
「そうなの、今考えたら信じられないよね。
皆、ガトールークさんのことをあんまりよく思ってないけど、それってただの先入観なのに…」
セレスティーナが、頬杖をつく。
「あんなに素直で優しくて、
…お人好しな子、見たことないよ」
穏やかに微笑するフェニックス。
彼に目をやり、
…セレスティーナは、はっと顔を赤らめた。
「やだ、僕、お人好しな“子”とか言っちゃった。
ガトールークさん、僕より四つも年上なのに」
「どうやってもお前の方が年上に見える」
「アハハ、やっぱりそうだよねー!」
「よし!」
ガトールークは、がばっと起き上がった。
ロコが驚いて、飛びのく。
「が、ガトールーク、なに?」
「探し物をする」
「なに、さがすノ?」
ガトールークは、ロコを掲げた。
「大昔の歴史書だよ、ロコ。
そこから魔法を見つけるんだ」
「どんなまほう?」
「…不死の──────ああつまり、死ななくなる魔法の、逆。
いや、願いを叶える魔法で探した方がありそうかな?
とにかく、うちにある歴史書を全部あさる」
「ぼく、ばしょわかるヨ!
まほうやの、みぎからみっつめの、ほんだな!」
「そう、それ。
悪いけど、全部持ってきてくれる?」
魔法屋の鍵を渡されたロコは、勢いよく、屋根裏部屋を飛び出していった。
あわただしく、階段を打つ音。
セレスティーナとフェニックスは、目をやった。
右足がつくより先に左足を前に出して、一階まで、ロコが猛スピードで駆け下りていく。
「な、なんだ、あれは…」
「わ、…わかんない」
あっけにとられる二人。
その頭上も、騒がしくなりはじめた。
何かが崩れ、床にぶつかる音。
「…あーあ、また何か始まっちゃった」
セレスティーナが、肩をすくめる。
「後でガトールークさん外に出して、屋根裏の掃除しなきゃ。
…はあ、元気になったらなったで大変だなあ」
上がどうなっているのか、フェニックスにもおおかたの察しはついた。
「セレスティーナ、私も手伝うぞ」
「宜しくね、フェニックスさん。
…
…覚悟はいい?」
「…は…?」




