-人目の被害者 ローズグレイ
「……また、頼ってしまった」
そこは一面の薔薇に囲まれていた。色とりどりの薔薇が並ぶその光景は、何処か違和感がある。それもそうだろう。この空間は、全て彼女によって作られたものなのだから。
「久しぶりだね、フシ君。今回もまた、女の子を引っかけたのかい?」
長すぎる灰色の髪を引きずりながら、彼女は現れた。口元を真っ黒な布で覆い、それ以外は何の布さえ身に付けていない、目の毒過ぎる女。
『時空渡りの魔女』、ローズグレイ……もしくは、俺の師匠とも呼ぶべき存在だった。
「……師匠、服を着てください。えっち過ぎます」
「う~ん……? 君は以前、年齢不詳の師など、対象外と言っていなかったかい?」
「その時は眼が肥えていましたから。慣れるまで、少し謹んでください」
目線を逸らしながらそう言うと、彼女はわざわざ見えるよう自らの胸が強調しながら、その顔をにまーっと歪めた。
「おやおや……おやおやおや……! 本当に恥ずかしがっているじゃ無いか! 少し見ないうちに随分と純情になったようだねぇ!」
「……うっす」
「ほらほら……♡ 久々の師匠の身体はどうだい? 興奮するかい? 欲情してしまうかい? その腰に付けた聖剣を抜いてしまうかい? どーなんだいよ、君ぃ」
「だぁ~!!! あんたマジでいい加減にしろよ!? 本気で襲うぞ!?」
……落ち着け。この女のペースに飲まれるな。俺は平常だ。
この女はただ、目元の泣きぼくろがえっちで、乳がデカくて、尻がデカくて、オマケに身長も俺よりもデカい180cmに迫る勢いの、ただデカくてえっちな女だ。
「~~~!!! 駄目、じゃん!!!」
「なっはっは! フシ君は愛いなぁ。ほれほれ、ご褒美にぎゅーっとしてあげよう」
「あの……ほんとに、勘弁してください。なんでもするんで」
「えぇ~? こんなの、前はいつもしてたじゃないか~? 君と私、この空間で原始的な姿で探求に勤しんだあの日々! 今でも写真に保存してあるんだぞぉ?」
それは、あんたが服脱がないと世界を渡る術を教えないとか抜かしたからだろ。女性に対して寒気を感じたのは、あの時が初めてだったな。
「しょーがないなぁ……髪ブラで乳房は隠してやろう。ほれ、これで良いだろ?」
「……まぁ、まだマシか」
普通に扇情的な姿なのに代わりは無いが、恥部が隠されている分、まだ──
……いや、なんか余計にエロくないか? 見えそうで見えないところが、余計に情欲を煽りやがる。この女、そこまで計算尽くか……!?
「んーん? どうかしたかい?」
「いや……何でもないっす」
……やっぱり、この人には敵わねぇ。
諦めて、俺は師匠の垂れ下がって地面に触れた髪を持ち上げ、そのまま彼女に着いていった。これは、師匠の趣味だ。引き摺っても汚れない癖に、こんな小間使いのような真似をさせるのが好きなのだ。
「ふっふっふっ……懐かしいねぇ。弟子の役目、忘れていないようで結構だよ」
「染みついてますから。ここでの生活は、それくらい刺激的でした」
もちろん、色んな意味でだ。この女は、顔を見せるのは恥ずかしいと宣う癖に、自分の身体に対しては羞恥心を持ち合わせない。リアルに頭隠して尻隠さずを体現する痴女だ。
「君は分かり易く顔に出るなぁ。師匠を馬鹿にするのも結構だが、君も大概だからな? どうせ、今回も面倒な子を怒らせたんだろ?」
「……はい、その通りです」
「フシ君が私に助けを求めるのは、いつだって女の子から逃げる時だもんなぁ~? 師匠のこと、都合の良い女扱いするもんなぁ~?」
にまにまと、師匠は意地の悪い顔で笑みを浮かべている。いつものお決まりだ。彼女に助けを求めると、素晴らしき孝行生活が待っているのだ。
「でもでも~……君はそんな薄情な弟子じゃあ、無いよな? ねぇ、フ、シ、君♡」
「…………はい」
「じゃあ決っまり~! フシ君、師匠おもてなしコースにごあんなーい! ほらほら、テンション上げてこー?」
「うす……師匠大好きです」
師匠おもてなしコース。この頭の悪いイベントは、彼女にお願いをした後に開催される恒例行事だ。返事は常にハイ、もしくは師匠大好きで固定され、彼女の要望に答え続けるというものである。
期限は師匠が満足するまで。それまで、俺はこの空間に閉じ込められる。彼女がその気になれば世界の終わりまで、俺はこの空間に幽閉される。それだけは避けなければならない。
「じゃあ、楽しもっか♡ ねぇ、フシ君♡」
「はい……師匠大好きです」
満足そうな師匠な顔が、不覚にも綺麗だと、そう思ってしまった。
7
この世界は、あまりにも未熟で不完全で……退屈でつまらない。私がそう考えるようになったのは、一体いつからか。
世界を渡り歩き、この世界の歪さを知った時だろうか? それとも、もはや目指すべき目標など無くなり、この薔薇園に閉じこもるようになった時だろうか?
暇は万能の魔女すらも殺す。もはやいくつもの世界を眺めるのも、飽きていた。
いっそこのまま、全ての世界が終わるその日まで、眠っていようかとも思った。ただ、惰性で数多の世界を覗くだけの毎日。だったら、惰眠を貪るのも悪くないと考えたのだ。
だから、その子を見つけたの偶然だった。人の癖に、時空を渡る術を研究していた。その子は天才では無かった。特別な才能も、恵まれた環境も、頼れる同士も彼の傍には居なかった。
ただ、毎日紙にペンを走らせ、スイッチが切れたように眠り、そしてまた研究を始める。そんな生活をしていた。
なんて、愚かなんだろうか。そも、才能があろうと、どれだけ恵まれた力があろうと、時空を渡る術は、ただの人間如きに理解出来るものではない。その努力は全くの無意味だ。
だというのに、毎日毎日毎日……飽きもせず、その子は研究をしている。どん詰まりに嵌まり、それ以上先は人の知恵の範疇を超えているというのに、まだ諦めない。
いつの間にか……その子を眺めることが、日課になった。頭を掻きながら悩むその子。ハッとした顔をして、数日後にまた難しい顔をするその子。しばらく発狂した後、また同じように作業をするその子。ずっとずっと、見ていた。
正直、退屈で仕方が無かった。なのに、私はずっとその子を見ていた。その理由は、きっと羨ましかったからだ。
いつか、私にもそんな時期があった。まだ見ぬ知恵を追い求め、がむしゃらに己と向き合い、おかしくなって裸で踊り狂った後、羞恥心で死にたくなった、あの日の自分。
あの頃は人知を超えた身体も、時空を超える術も、この美しき薔薇園すらも無かったといのに……ただ、楽しかったのを覚えている。
この子はそんな夢を抱いたまま、死ねるのか。それは何とも羨ましいことだ。けれど、その最期は惨めなものになるだろう。この子は絶対に、時空渡りの術を会得出来ないのだから。
望んだ英智は望めず、抱いた希望は尽き果て、誰に惜しまれることもなく、ただ死にゆく。それは……とても、悲しい結末だ。何故か、酷く悲しい気分になった。
一人くらい、その子の奮闘を覚えている者が居ても良いだろう。そんな気持ちで、私はずっとずっとその子を観察していた。
違和感に気付いたのは、100年ほど経った頃だろうか。彼はいつまでも変わらない姿のまま、未だ研究を続けていたのだ。
この世界の人間は長命種なのだろうか? そう思って調べてみたが、ほとんどの生命は100年もすれば年老い、そして死ぬ定めだった。だが、彼は生きている。
その時、初めてその子のことが気になった。何故、死なないのか。何故、時空渡りの術を模索しているのか。何故……腐らずに、いれるのか。知りたいと、そう思った。
「やぁやぁ、凡百の人間クン。美しくて可愛い、最強無敵の魔女たる私が会いに来てあげたよ!」
「…………はぁ? アンタ、誰だよ」
……なんだこの生意気なガキは!?!? この私が折角来てやったのに、なんだその態度は! ひれ伏して頭を垂れ、足を舐めなさいよ! 頭おかしいんじゃないの!?




