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不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


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不定形の怪物

 「ぬあぁ~……暇だ」


 「お前様。儂が傍に居るというのに、その態度は何じゃ?」


 「だってよぉ……最近、意識失わなくなってんだぜ~? その間、クロエとイチャついてるだけじゃんか」


 「それの、何が不満なのじゃ? こうして儂と肌を重ね、儂を愛撫して、儂を愛でれば良かろう」


 「あぁはいはい。可愛い可愛い」


 俺の適当な言葉にクロエはにまりと笑う。何だか、段々と彼女に似てきたような気がする。


 いや、性格は全く別物なのだが、言葉の節々に滲む自分への絶対的な自信というか、自分が絶対であることを信じて疑わないところとか……色々と、リリスに似ていた。


 だが、現実として、俺は意識を失わなくなっていた。確かに、彼女に触れていると死ぬ。彼女に口内を蹂躙されると、数え切れないほど死ぬ。だが、それだけだ。以前のように、意識を失うことは無かった。


 俺に耐性が付き始めているのだろう。俺の身体はそういう特性がある。何度も何度も同様の方法で殺されたり、もしくは身体の自由を奪われたりすると、その力に対して耐性を持ってしまうのだ。


 「…………なぁ、お前様」


 ここに来てからどれくらい経ったかは分からないが、クロエには思いつく限りの方法を尽くして貰った。だが、結果はこの通りだ。俺は死なず、むしろ耐性を得て死に難くなった。


 「お前様。聞いておるのか?」


 残念だが、クロエは俺を殺すには至らなかった。それは事実だ。だからこそ、そろそろ俺も次へ進まなくてはならない。


 「……お前、様?」


 俺はクロエの頭を撫でた。彼女には感謝をしなくてはならない。おかげですっかりと思いだせた。この身を支配する、破滅欲求に。


 俺はずっと、死にたかった。死ぬ方法を探していた。けれど、それはいつまで経っても見つからない。いつからか、死ぬ方法を探すことから、旅をすることが目的になっていた。


 その世界の技術を学ぶのも、最初は自分を殺す術を模索するためだった。現地の人間と交流するのは、いつか俺を殺してくれるかもしれないから。


 「クロエ。君は、俺のことを殺してくれるか?」


 「……変な質問じゃな、お前様。儂は幾度となく、お前様を殺してきたではないか。それはこれからも変わらん」


 「なら、質問を変えよう。クロエ、君は俺を手放せるか?」


 「…………何を、言って」


 彼女の瞳が揺らぐ。彼女はもう、真の意味で俺を殺すことは出来ない。彼女は囚われてしまった。全ては、俺の責任だ。


 リリスの姿をしているから、何だと言うのだ。彼女と親睦を深めず、淡々と自分を殺せと言えば良かった。それを自らの弱さを理由に誤魔化し、彼女の純真を弄び、そして無責任に捨てようとしている。


 全て、俺が弱いせいだ。心など捨て去れば良いのに、未だにそんなものを持っている。もう俺は人間などではないというのに、まだ人間で居たいと思っている。


 「俺は、この世界から消え去りたいんだ。君は、それを俺に出来るか?」


 「あ、当たり前じゃ……! お前様など、すぐにでも殺して……殺し、てっ……!」


 ……君は優しいな。こんな俺を、好いてくれるなんて。


 だが、俺にその資格は無い。俺に許された結末はたった一つだけ。いつか、朽ちることだけだ。その旅路に、君を連れて行く訳にはいかない。


 「ありがとう、クロエ。君のおかげで、希望が見えた」


 「辞めろ……辞めてくれ、お前様」


 「だから、さようならをしよう」


 「っ……! 儂は絶対に、お前様を離さぬぞ! お前様がなんと言おうと、お主は儂のものじゃ! 誰にも渡しはせぬ!!!」


 暗闇が殺到し、俺を拘束する。この空間はクロエそのもの。不死以外の特性を持たない俺には、クロエから逃げる術を持たない。


 「儂の……儂のものじゃ! 誰にも、誰にも渡さぬぞ!!!」


 その手が俺を掴もうとする。だが、それは叶わない。既に、俺の身体を引っ張るものが、後ろにはあるから。


 「助けてくれ、『ローズグレイ』」


 「えぇ、救いましょう。貴方が、それを望むのなら」


 懐かしい薔薇の匂いが、俺を包んだ。


            6


 「がぁああぁああぁああ!!!!!」


 叫んだ。儂は叫んだ。大地が揺れ、儂を閉じ込める社がひび割れていくのが分かった。


 儂を支配する感情はいくつも混じり合い、そして暴走していた。


 嫉妬か、憤怒か、あるいは悔恨か……儂はただ暴れ狂い、そして叫んだ。


 今度はただ一色だけ。悲しみという、灰色に塗れていた。


 「何故じゃぁ……! 何故、儂を裏切ったのじゃ……!」


 あれほど、儂を好いておると言ってくれたではないか。


 あれほど、儂と生きてくれると囁いてくれたではないか。


 あれほど、儂が必要だと、求めてくれたではないか。


 「お前様ぁ……お前様ぁあ……!」


 初めて、儂を必要としてくれた。ただ害を為すだけの儂を、認めてくれた。


 初めて、人の温もりに触れた。儂に触れるものはすべからく、死に絶えるのに。


 初めて、愛というものを知った。お前様へのこの想いは、本物じゃった。


 なのに……なのになのになのに、なのにっ……! お前様は、儂を置いて行ってしまった。しかも、お前様が消え去る瞬間、儂は見た。女の声と手が、お前様を連れ去るところを。


 許さぬ。絶対に許さぬ。儂を一人置いていったのも、儂を見限ったのも、儂ではなく他の女に助けを求めたのも、全て許さぬ。


 殺す。お前様を今度こそ、必ず殺す。


 儂が躊躇したから、お前様は居なくなってしまった。だから、今度は必ず殺す。


 儂がお前様を失うことを恐れたから、お前様は盗まれた。だから、今度は迷わない。


 もはや、この社は儂を縛れない。この世界はやがて暗闇で満ち、儂に吸収されるだろう。


 もう行儀の良いフリは辞めにする。儂は獣。儂は化け物。儂は怪物じゃ。


 「くふ、くふふっ……! 待っておれ、お前様♡ お主を穢し、お主を汚し、お主を滅するその日まで、儂は止まらぬぞ……!」


 その日、一つの世界が終わった。


 灰は黒に浸食され、生物は死に絶え、ただ暗闇だけが世界を覆い、そして消化された。


 世界を喰らった怪物、不定形の暗闇は漆黒の世界で今日も笑う。


 いつか、仕留め損ねた得物を穿つ、その日まで。

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