似た者同士
あれから、数ヶ月が経った。依然として、俺はこの暗闇の中でクロエに殺して貰っていた。
彼女の力は素晴らしい。というのも、俺の不死は即時発動、即時復活が基本だ。
更に、俺はこれまで本当に死ぬかもしれないと思ったことはあまりない。塵の一欠片すら残さず燃やされた時でさえ、生き返ったからな。
だというのに、彼女の力は何度も俺を、「お、死ねそう」と思わせるのだ。その感覚を味わった後、俺は決まって昏倒し、そして数時間後に目を覚ます。これは画期的なことだ。
俺は死ぬ度、体調や身体の性能を全盛期に戻される。
だから、死に続けている今、眠る必要などあるはず無いのだ。だが、俺は意識を失う。それほど重いダメージを受けているということだ。
「クロエ、君は素晴らしいな。この調子で俺を殺してくれ」
「……なぁ、お前様。少し、やり方を変えてみんか?」
「やり方を? どうするんだ?」
「今、儂はお前様と抱き合って、ただそうしているだけじゃ。そしてもう何ヶ月も、お前様は死んで、眠って、また死ぬを繰り返しておる。だからこそ──」
クロエはそう言って、周囲の暗闇を操り、それを俺の口へ殺到させた。空気は無くなり、ただ影だけが満ちる。俺はもがく暇も無く、そのまま死んだ。
「おぉ……♡ これがお前様の中か♡ なんとも温いなぁ♡」
昏倒する男を抱きしめ、その身体に頬ずりをする。その顔は恍惚に歪み、息は甘く蕩けていた。
「ほら、お前様。次は心臓じゃ。儂が食べてやろう♡」
それからの記憶は、所々が欠落している。覚えてるのは、彼女の妖艶な笑みと、甘ったるい媚びるような声。そして何度も突き落とされる、死の感覚だった。
「お前様、次は血を啜ってやろう」
「お前様、次は丸呑みしてやろう」
「お前様、次は──」
「お前様」
「お前様」
「お前様♡」
「お前様♡♡♡」
…………何年経っただろうか。もう、時間の感覚が無い。目覚めると暗闇で、隣にはクロエが居て、そして殺される。
だが、狂うことは無い。俺の精神もまた、死ぬ度に正常へと戻される。だから、俺はこの狂気の空間を正気で彷徨っている。
「お目覚めか? お前様♡」
「クロエ……今回も、駄目だったのか……?」
「そうじゃ。脳を弄れば死ぬかと思うたが……お前様が従順になっただけで、死ぬ気配は微塵も無かったなぁ」
「ちょっと待て。今聞き捨てならない事を言わなかったか?」
ここは時間を示す指標が無いせいで、たとえ数時間も、数年も、眠っていると分からなくなるのだ。俺は一体、どれほどの期間、彼女に遊ばれた?
「お耳をくちゅくちゅしてやっただけじゃ。お主はボーッとしたまま、白目を向いておったからな。そのまま囁いてやると、それはそれは……♡ 情熱的じゃったぞ♡」
「おい、あんま俺で遊ぶなよ」
「だってお前様、普段は儂に殺せ殺せ言うばかりで、全く構ってくれぬではないか。少しくらい、役得があっても良いじゃろ?」
「…………まぁ、一理あるか」
クロエの姿がリリスそっくりなせいだろうか。俺は、彼女からのワガママに対して、あまり強く言い返せなかった。性根までアイツに毒されているようで、少し嫌だ。
「おい、お前様。今、儂以外の女を想うたな?」
「ごほっ……! おぉ、影をこんな風にも、使え、るのか」
「……本気で喰ろうてしまおうか? なぁ、お前様」
「…………」
「あぁ、もう死んでしまったのか。お前様は本当にねぼすけさんじゃのう……♡」
5
「ねぇ、従僕。暇よ、何か芸でもなさい」
「……では、とある国に伝わる、魔法をお見せしましょう」
「へぇ……あんた、意外と芸達者ね。名前を覚えてあげるわ。言いなさい」
「私に、名などありません」
それはいつかの男の記憶じゃった。儂の姿に似た女に、お前様が傅く風景だ。何故かソレを見ると、酷く不愉快になった。
「はぁ? 私の命令が聞けないの?」
「事実です。無いものを答えることは出来ません」
「はぁ……良いわ。従僕、あんた死になさい」
「はい。リリス様の命であれば」
女が命令を下すと、男は自らの身を窓から投げた。破裂音がしたのを聞いて、女はその姿を自分の部屋から酷く冷めた目で見ていた。儂の中の怒りがどんどん膨れ上がるのが分かる。
なんじゃ、この女は? 傲慢で怠惰、人の事をまるでおもちゃのように扱い、壊れると汚いものを見る眼で見下す。その容姿以外、最悪な女じゃった。
そして男は生き返る。何事も無かったかのように、また立ち上がった。
「……は? なんで、動いて……」
「ん……? 俺、なんでこんなとこで死んでんだ?」
「そこの従僕っ! 今すぐこっちに来なさい!!!」
「へ……? 急に何言──」
男は女の姿を見ると、また粛々と命令に従う奴隷になってしまった。女はそんな男を、興奮冷めやらぬといった様子で、ひたすら質問攻めにしていた。
「ねぇ! あんたも私と同じ、悪魔なの!?」
「いえ、違います。ただの不死です」
「不死っ!? 凄い! ほんとに死なないの!?」
「えぇ、先ほどのように、死ぬと全て元通りになります」
イライラする。男がこの女に対して、屈服しているのも。女が喚き、男の身体をベタベタと触れているのも。その全てに、腹が立つ。
「ふーん……だからさっき、アタシの魅了も解けちゃったんだ……それなら、死なないよう、だーいじに、しないとねっ♡」
女が男の顔に近付き、その唇が合わさりそうになった瞬間、儂の中の何かが弾けた。
「っぅ! 儂のお前様に、触れるなぁ!!!」
「ぅぁ…………」
あぁ、やってしまった。これはただの記憶じゃ。既に起こったことに対して、儂が出来ることは何も無い。だというのに、儂は一体何をしておる?
儂はゆっくりと男の頭から影を引き抜き、その怒りを落ち着けるために彼の胸に飛び込んだ。
「お前様、儂を抱きしめろ」
「……は、い」
その温もりが、儂を包み込む。なんと暖かく、熱いのだろう。儂も身体の全てを使って、男の熱を全て感じ取ろうとする。
「お前様。お前様は、儂とずっと一緒に居てくれるよな?」
「……は、い」
「そうかそうか……! なら、もっと強く抱きしめろ。頭も撫でろ。キスもしろ」
「…………は、い」
分からぬ。この感情は、一体なんなのじゃ? この男を見ていると、何故心が満たされる? そもそも、儂にそんなものは無かったはずなのに。
分からぬ。分からぬのじゃ。この男に抱きしめられると、何故安心する? この男に撫でられると、何故幸せな気分になる? この男と口づけを交わすと……何故、顔が熱くなるのじゃ?
「お前様。お前様は……儂のことが、好きか?」
「……は、い」
「~~~!!! そうじゃろうそうじゃろう! やはり、儂とお前様は相思相愛なのじゃな! くふっ、くふふ……♡」
分からぬが……ただ、心地よかった。この男を抱きしめ、儂もこの男を抱きしめる。ただ、それだけのことが、堪らぬほど幸せなのじゃ。
もっともっと、お前様を儂の虜にしたい。もっともっと、儂だけを見て欲しい。もっともっともっともっと……! 儂を、愛して欲しい。
「──愛、じゃと?」
愛、愛、アイ? 愛とは、一体何じゃ? 分からぬ。分からぬはずじゃ。
だが、儂は願った。儂を、愛して欲しいと。つまりは……儂は、愛を知っておる。
「あぁ……! そういう、ことか……!!!」
そうじゃ、知っておる。儂は、愛を知っておる!
この感情じゃ。この身体から溢れ出るこの想いこそ、愛じゃ。儂はお前様を、愛しておる。
「お前様ぁ……♡ 愛しておる、愛しておるぞ……♡」
お前様の全てを愛そう。だから、お前様も儂を愛しておくれ。それだけが、儂の望みじゃ。誰にも、お前様を渡しはしない。お前様の全てを、残らず喰ろうてやる。
そして永遠に儂と生きるのじゃ。絶対に逃がさぬぞ、お前様♡




