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不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


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6/16

--人目の被害者 クロエ

 「はぁはぁ……わ、悪い。取り乱した」


 「う、うむ……それは構わんが……そんなに、この姿が嫌か?」


 「い、嫌という訳じゃないんだ……ただ、その姿をした女は、最悪に酷い性格をしていてな。そのことを少し、思い出したんだ」


 今でも鮮明に思い出せる。リリスは、高慢で、横暴で、そして他者を顧みない奴だった。自分が優先されるのが当然、自分が欲しいものを献上するのは当たり前。何もかもが自分の思い通りになると思っている、そんな女だ。 


 「悪い……協力してもらう相手に、失礼だったな。姿はそのままで良い」


 「そうか。なら、このままの姿でお主を殺すとしよう」


 ほら、よく見ろ。その顔は不安げで、リリスとは似ても似つかない。アイツはいつも、完璧な美貌をうざったい表情で台無しにしながら、人のことを煽ってくる、そういう性格だ。こんな殊勝なリリスは、リリスな訳がない。


 「して、儂は何をすれば良い? 人を殺すなぞ、意識した事も無いのだが」


 「……とりあえず、もっと近付いてみるか」


 俺は心の中でアレはリリスではない、と暗示をかけながら、彼女に近付いた。距離が近くなればなるほど、俺の死はどんどん早まっていく。だが、どれだけ死のうと、本当の死には至れない。


 「次は……触れてみるか」


 「こう、か……? ほ、ほぉ……?」


 「どうした?」


 「人の手というものは、温いのじゃな……初めて、知ったわ」


 彼女は俺の手に触れると、その体温を確かめるように指を蠢かせた。……なんか、触り方がエロい。ひんやりとした彼女の手が触っていないところを塗り潰すように、手のひらから付け根に至るまで、それはもう情熱的に弄られた。


 「……えっち」


 「のぉお!? そ、そういうのは儂のセリフじゃろ!?」


 「ていうか、今更だけど君は女性なのか?」


 「本来、儂にそのような区分は無いが……模っている姿が女子なのだから、メスということで良いと思うのじゃ」


 「言葉選びもエロいね」


 「貴様……! 儂を揶揄っておるじゃろ!」


 あ、なんか余裕が出てきた。リリス相手にはこうはいかない。言葉を返され、捲られ、翻され、おまけのような罵詈雑言が返ってくるのがリリスクオリティだ。


 不覚にも、プンプンという擬音が似合いそうな彼女は、あのリリスの姿をしているというのに、少し可愛かった。


 「とりあえず、このまま触れ続けてみようか。えっと……」


 「ん? なんじゃ?」


 「君、名前はあるの? リリスって呼ぶのは、ちょっと違うし」


 「……名か。儂にそんなものは無い。貴様の好きなように呼べ」


 外見的な特徴はリリスの物なので除外。とすれば、彼女を構成するものは何だろうか? 影、漆黒、暗闇……色々あるが、その全てを内包する言葉は、黒だろう。髪色も、リリスのものを浸食して黒髪ロングになっているし。


 「じゃあ、クロエ」


 「安直じゃなぁ……まぁ、好きにせい」


 そうして、真っ暗闇の中、俺達は手を繋いで黙っていた。この空間は不思議なもので、立っているような、座っているような、浮いているような……そんな矛盾がずっと続いている。最初はその感覚を楽しんでいたが、ものの数分で飽きた。


 「なぁ、暇だ」


 「儂に言われても、何も出来んぞ」


 「じゃあ、会話しよう。お喋りだ」


 「……儂に会話のタネなぞ無い」


 「なら、俺の話でも聞いてくれ」


 そうだな……まずは、クロエの姿である、リリスについてでも話そうか。


            4


 その男は不思議な生き物じゃった。自らを殺して欲しいなどど、世迷い言を吐き捨てるのだ。儂が見てきた人間という生物は、もっと醜い生き物だったはずじゃ。


 欲に生き、欲を膨れさせ、最後には欲に殺される。人という生き物は愚かで、醜く、卑劣じゃった。儂の世界はそうやって育ち、そうして滅んだ。人間の欲望によって、食い殺されたのじゃ。


 何も居なくなった世界で一人、儂は存在していた。外を覗いても、灰と瓦礫ばかりで面白くも無い。いつからか眠り続け、そして、あの男が現れた。


 「あいつ、ある時に青いバラが見たいとかほざいてな。それは自然には出来ない花だって言うのに、俺に取ってこいって命令しやがって。あの時ほど、あいつに魅了されたことを後悔したことは無かったね」


 本当に、不思議な男じゃった。殺しても、死なぬのじゃ。儂を知った者、儂を聞いた者、儂を見た者、例外なく全て死に至るというのに。男は、ヘラヘラとこれまでの旅を語っておる。


 儂は握った手を見た。見たことがある。人間の番い同士が、こうして愛を確かめ合っているのを。互いに顔を赤らめ、しかしその両手は離れたくないと主張するように、キツく絡み合うのだ。


 此奴は男で、儂は今、女の姿をしておる。それはつまり……儂と此奴で、愛とやらを確かめているのか? ということは、これは逢い引きか?


 そう思うと、何故か儂の体温が上がったように思える。姿を人の物にしているだろうか。前は感じなかった心臓の鼓動や血の巡り、体温の変化まで感じられてしまう。儂は、その変化に困惑しておった。


 「……ん? どうした、クロエ。顔、なんか赤くないか?」


 「にゃんでもにゃいのじゃ!!!」


 「なんで猫の真似を? ……少し失敬」


 「~~~~!?!?」


 そう言って男は、儂の額にもう一つの手を当てた。逃げようにも、儂の手は男と繋がれていて、そもそも身体が強ばって動けなかった。なんじゃ、これはなんなのじゃ?


 「おっ! 触れる面積を広げると、死亡が加速した! クロエ! 次はハグをしてみよう!」


 「へぇ!?!? ちょ、ちょっと待つのじゃ! わ、儂にも心の準備というもが──」


 「ほいっと……うほぉ!? 意識持ってかれるぅ~!」


 「にぎゃあああぁあああ!?!? 馬鹿、馬鹿者! お主、慎みというものが無いのか!?」


 男は儂に抱き着くと、その身体を歓喜に震わせた。儂は上がり続ける体温と何故か早くなる鼓動に焦りながら、男から離れようと抵抗をした。


 「もぞもぞするな! くすぐったいじゃろ!」


 「あぁ~? なん、だってぇ~?」


 「くふぅう!? お、お前! どこを嗅いでおる! や、辞めんか!」


 「めっちゃ良い匂いすんだけどー」


 男は儂をがっちりとホールドしたまま、こちらの言葉が届いていないように、ただ欲望を発露させた。やはり、人間は獣じゃ。この男とて、それは例外では無かった。


 「──すぅ」


 「……なんじゃ、今度は昼寝か? 全く、幼児じゃあるまいし……」


 男はひとしきり儂を撫で回すと、意識を完全に落とした。死んだかと思うたが、寝息を立てて折るし、心臓はしっかりと動いておった。


 「ふんっ……! 離せ、このっ! ぬぁああぁあ……!!!」


 意識が無いというのに、男は儂の身体を抱きしめたまま、離そうとしなかった。絶対に手放したりしないと言わんばかりに、その手は背中に回され、儂は男の胸で窮屈な思いをしていた。全く、何という無礼者なのじゃ。


 「しかし……それほど、儂を失いたくないのか」


 ドキリと、また心臓が鳴った気がした。何故、そのような反応をするのだろう。儂には分からない。涎を垂らして眠るこの男に感じる、この感情が何なのか、儂には分からない。


 「おぉよしよし……♡ 全く、しょうがないやつじゃ……♡」


 分からない。分からないが……今は、それで良いのじゃ。


 儂は男の頭を撫でながら、彼の背中に両手を回した。そして足を絡め、暗闇を二人で漂い始めた。


 この感情の正体を、儂はまだ、知らない。

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