気まぐれ
「はぁ~……極楽極楽ぅ。いやぁ、豊かすぎる身体っていうのも困りものだよねえ」
「ガチガチっすね。とんかちで叩いた方が早いんじゃないすか?」
「それはほぐしてるんじゃなくて、壊してるなぁ」
薔薇の園に一つ存在する、魔女の家。アホみたいにデカいキングサイズのベッドの上で、俺は師匠にマッサージをしていた。だが、これには一つ重要な問題点がある。
「ぬぁああぁん……♡ そこっ、そこ良いよぉ♡」
「…………」
「お”ぉ……♡ あ”ぁ~~!」
「っ……!」
この女、スケベ過ぎる! なんというか、存在そのものが卑猥なのだ。
明瞭な心地の良い声が濁り、だらしのない嬌声の漏れるそれは、まるで聞く18禁。俺が不死だったから耐えられたものの、限界ギリギリなのは変わらない。きっかけ一つあれば、容易く瓦解するような状態だ。
「ふぃ~……いやー、身体が随分楽になったよ。じゃあはい、次はご飯作って」
「……あの、そろそろ服を着ていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? なんで?」
「なんでじゃない……! 常識を考えろ常識を!」
そろそろ俺のフシ君がフシ君してしまうぞ。完全自立型フシ君になっても良いと言うのか? うん、良いって貴女は言いますねクソが。
「おぉよしよし……♡ あまり興奮するなよぉ。私まで昂ぶっちゃうだろ?」
「ばっ……! 当たってるから!」
「当・て・て・る・の♡」
「────っ!」
もう限界。俺は腰から短刀を引き抜き、そのまま喉に突き刺した。熟練の技が為せる完璧な自害だ。苦しむ暇もなく俺は死んだ。
そして生き返るということは、俺の全てが元に戻される。先ほどまで燻っていた情欲はどこへやら。まるで賢者のような明瞭な思考だった。
鮮血がベッドを汚すが、彼女はそんなことに見向きもせず、ただ俺の行動に腹を立てていた。
「あっ、ずるぅ~。そうやって逃げるのは無しでしょーよ」
「逃げてない。ちょっと自殺したい気分だっただけです」
「はぁ~つまんなぁ。せっかく、久々に酒池肉林ぱーちー出来ると思ったのにさぁ」
うっ……その話は辞めてくださいお願いします。あれは精神がいかれていた時期の過ちなのだ。もう許してください。
……それは、時空を渡る術を学んでいる時だった。人知を超えた英智に、俺は耐えられなかったのだ。
脳細胞が爆発したような、そんな衝撃。後にも先にも、知恵熱で死んだのはあの時くらいだろう。
理解できずに発狂し、錯乱し、そして死んで、また脳をバグらせる。そういう生活を、俺は過ごしていた。正気ではなくなった俺の行動指針は、原始的な欲求だけが残る。つまり、三大欲求を満たすことだ。
それから先は……言わなくても分かるだろう。俺はあの師匠に手を出し、あの人もノリノリでそれを受け入れた。ちなみに、その後俺は腹上死した。何度も何度も何度も搾られ、めっちゃ死んだ。
という訳で、師匠に手を出すのは無しだ。俺が死なないからと、彼女はどうせ手加減してくれない。
あの死に方はマジで嫌なのだ。何が嫌って、天国と地獄を何度も体験させられるところだ。最初は心地良い分、死ぬときがマジで苦しい。
「……服を着ないと、その顔の布剥ぎ取りますよ」
「えぇ~!? なんでそんなことすんのぉ!? ほんとえっちなんだけど!」
俺がその顔に手を伸ばすと、彼女は赤面しながら後退った。えっちなのはお前だ。本当にふざけないで欲しい。
「しょーがないなぁ。なら、フシ君が着せてよね。ちなみに、私は手伝わないからねぇ」
「それで良いです。……って、なんで普通の服が無いんですか?」
「だってここ寝室だし。そういうプレイ用のやつしかないに決まってんじゃん」
俺は内心キレながら、一番露出の少ないメイド服を彼女に着せた。もはや服として機能していない紐だけのナニカとか、一体どこから持ってきたんだよ。
「フシ君、こういうフリフリの服好きだもんねぇ。絶対ソレ選ぶと思ったよ」
その後……彼女を着替えさせる間、実に7回も自害することとなった。もう、にやにや笑う師匠の軽口に答える元気も、無くなっていた。
8
「だ・か・ら……! なんでこんな初歩的なことも分かんないのかなぁ!? 馬鹿なのかい!?」
「だぁああぁああ!!! 分かんねぇもんは分かんねぇだよ! 脳が理解を拒んでんの!」
「####が$#$#で#&#%になるの! ほら、分かり易い!」
「──は!? また死んでた!? マジで何なんだよ、その言語は!」
ぎゃあぎゃあと、私達は取っ組み合って喧嘩をする。身体も最強な私に勝てるはずもなく、男はまた鼻血を吹き出して死んだ。でも、また生き返って騒ぎ始める。
彼を弟子に取ってから、私の薔薇園は少し騒がしくなった。出来の悪いこの子は、いつまで経っても時空渡りの初歩すらも理解出来ない。けれど、彼は諦めなかった。
不死であり、自分を殺す術を探す憐れな男。名前が無いというので、フシ君というあだ名を付けてあげた。
フシ君は毎日毎日発狂し、暴れ回り、時には私に喧嘩を売り、そしてボコボコにされている。脆弱で、愚かで、そして無知だ。だが、その不死性だけは目を見張るものがある。
彼の不死は素晴らしい。私でもソレがどういう仕組みで発動しているのか、分からないのだ。
彼を弟子にした一番の理由は、彼の不死を解き明かしたいという知的好奇心によるものである。だから、彼が一生時空渡りを理解せずとも、それで良かった。
「なぁ、ここって食いもん無いのか?」
「君も私も食事せずとも生きていけるじゃないか」
「いや、俺は腹減っても死ねば戻るだけで、空腹は普通に辛いんだが」
ワガママばかりで、叡智の結晶たる私を敬わない彼自体は、どうでも良かった。
「……これは?」
「飯だよ飯。ほら、そっちがあんたの分」
「はぁ~? こんなの、私が食べるわけないだろ?」
「良いから食えって。冷めるぞー」
どうでも良い。フシ君なんて、なんとも思ってない。ただ出来の悪い馬鹿弟子だ。
「……ふん。まぁまぁだね」
「マズイとは言わないんだな」
「私は優しいからねぇ。しょうがないから全部食べてあげるよ」
「あ、コラッ! 俺の分まで持ってくなよ!」
彼は私に人並みの生活を思い出させた。眠って、食事をして、着替えて、学びを深める。そんな当たり前の生活が、少し楽しかった。
フシ君と喧嘩して、フシ君と口論して、フシ君をボコボコにして……そんな毎日でずっと、彼を見ていた。無謀な挑戦を続ける彼を、私は見ていた。
死んで、死んで、死に続けて……時には理性を無くして、私を求めてきたこともあった。今まで受けたお誘いで、間違いなく最低なもの。なのに、私は彼を受け入れていた。
「……間抜けな顔。散々人の身体ですっきりしておいて、よくもまぁ先に寝られるね」
なんで、あげちゃったんだろ。誰にも捧げるつもりなんて、毛頭無かったのに。
「ろーず……ろー、ず」
「はいはい。貴女の師匠はここにいますよー」
まるで、子供のように私を求める彼を抱きしめながら、私は数え切れないほどの罵倒を心の中で唱えた。
「ありがとう……ローズ」
「んふふ……♡ どういたしまして♡」
なのに……そんなたった一言だけで、私の中の全ては霧散してしまった。彼の頭を撫でながら、柄にもなくキスまでしてしまう。
別に、フシ君のことが好きだとか、愛してるとか、依存している訳じゃ無い。むしろ、フシ君の方が私の虜で、私を求めて止まないだけだ。
私は別に何とも思ってない。だから、だらしなく緩むこの顔も、未だ冷めぬ火照りも……全部全部、ただの気まぐれだ。
別に私は、フシ君のことなんて好きじゃない。好きなんかじゃ、ない。




