表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

求愛行動

 「はぁ……はぁ……! げほっ、げほっぅ……!」


 無機質なコンクリートに背を預け、乱れた息を整えます。ここはさっきの場所と違って、化け物の数が多いように感じます。こうやって足を止めていると、すぐに何かの気配を感じてしまい、落ち着く暇もありません。


 「おじさん……! 何処に居るのぉ……!?」


 私は、勘の良い方だと自負があります。だから、こうして化け物と遭遇せずに逃げ回ることが出来ています。何となく、生き物の場所が分かるのです。


 なのに……おじさんの気配は、全くしません。考えてみれば、最初からおじさんからは何も感じなかったのです。


 人も動物も、目に見えない超常的な何かであろうと、大なり小なり何らかの指向性があるものです。それは、底知れない悪意であったり、人の身には余る善意であったり……そして何より、生への執着があります。


 ここに居るナニカは、純粋な感情や欲望ばかりが溢れています。それは、たとえば食欲であったり、征服欲だったり……真っ直ぐなそれは、今の私には暴力と同義でしかありません。


 「ひぅ……! こっちはだめ……! こ、此処に隠れよう!」


 後ろと前、どちからからも気配がします。私は一つの小部屋の中に身を潜め、隅でじっと縮こまりました。


 蛍光灯の音と、私の呼吸だけが聞こえます。耳を澄ませると、ドロドロとした粘性の高いものがぐちゃり、ぐちゃりと音を立てているのが分かります。


 「ぃ……! ぃゃ……!」


 少しずつ、その音が近付いてきます。頭を抱えて、ぎゅっと眼を瞑りますが、音は鳴り止みません。


 がたがた、がたがたと身体が震えます。声が漏れないよう、自分の手で口を塞いで、心の中で必死に祈りました。どうか、どうかそのまま何処かへ行って……!


 懇願虚しく、音は私の潜む部屋の前でぴたりと止まりました。私は目を見開いて、穴が開きそうなほどその扉を見つめました。辞めて、気付かないで……!


 けれど、まるで私を嘲笑うかのように、ゆっくりと扉が開かれます。私はもう駄目だと、ついには涙が溢れてきてしまいました。


 怪物はもう──すぐそこまで……!


 「びぇえぇえん……!!! 辞めて食べないで私は美味しくないですぅ~!!!」


 「おわぅ……!? なんだ、こんなところに居たのか」


 「ふぇ……? あ、おじ、さん……」


 「おう。何処にも居ないから心配したぞ。大丈夫だったか?」


 刀を納めると、おじさんは私に優しく笑いかけてくれました。私はみっともなく泣きながら、おじさんに抱き着きました。


 「ぐすっ……! おじさんの馬鹿ぁ……! なんですぐに来てくれないの……!!!」


 「悪かったよ。数が思っていたよりも多かったんだ」


 「ばか、ば"が"ぁ……!」


 今まで感じた恐怖と反比例するように、おじさんの温もりは私の心を溶かしていきます。彼の手が私の頭を撫でると、恥じらいよりも安らぎが、私を包み込みます。


 すっかりと脱力しながら、私はおじさんの身体に顔を埋めます。もう、1歩たりとも動きたくありませんでした。


 「おじさん……だっこして」


 「へ? いや、そしたら俺、戦えなくなっちゃうけど」


 「腰抜けちゃったの。このままじゃ、立てない……」


 嘘でした。もし、彼が私を放って逃げるのなら、泣きながら追いかけ回す所存でした。おじさんはしょうがない、とでも言うように息を吐くと、私を抱き起こしました。


 「これで良いか? お姫様」


 「うん……しばらく、こうして」


 懐かしい、香りがしました。まだ歩くのも覚束なかった頃、こうして抱っこして貰ったような、そんな郷愁が私の瞼を重くさせます。


 「おじ、さん……私、疲れちゃった」


 「安心して寝ろ。しばらくの間は、きちんと守ってやる」


 「ありがと……おじさん」


 微睡みが、少しずつ意識を散らします。とん、とん、と……まるで幼児をあやすような、そんなおじさんの手が、酷く心地良いと感じてしまいました。


          11


 「やれやれ……さて、どうしたものか」


 「すぅ……すぅ……」


 俺はすやすやと眠る少女……依月の髪を撫でながら、これからのことを考えた。


 この世界の脅威は、所詮は一般人でも回避可能なものだ。言ってしまえば、少し温い。もっと、足を踏み入れた瞬間壊死するとか、眼を見ただけで心臓が止まるとか、細胞レベルまで身体が分解されるとかでないと、検証の土俵にも立てない。


 つまるところ、一般通過不死者である俺にとって、この世界はそれほど脅威たり得ないのだ。


 「けど、見捨てるのはなぁ……」


 そこで問題なのが、この少女だった。


 もしかしたら、この世界にも俺を殺すかもしれないナニカが、存在するかもしれない……が。


 そんなものがある場所に、この少女を連れて行くわけには行かない。しかし、置いて行けば最後、高い確率でこの少女は死んでしまうだろう。


 少女を見捨てて、己が我欲を貫くか、それとも偽善を振りかざし、少女を助けるか。俺は選ばなければならない。


 「むにゃむにゃ……えへへぇ、おじさぁん……」


 今も俺の腕の中で丸まりながら、がっちりと全身をホールドする少女を眺める。この子は普通の、ごく平穏な世界の人間だ。俺のような落伍者と、このような世界に居るべきではない。


 なら、やることは一つだ。依月を元の世界へ帰し、また旅に戻る。出来るだけショッキングな場面は見せないようにし、安易な自殺巻き戻しもしない。


 彼女の言う、頼りになるおじさんを演じきることにしよう。


 「というか、おじさん、か……まぁ、そうっちゃそうなんだけどさ」


 案外、年若い子にそう言われるとクるものがあった。いやまぁ、老けないからといって、俺が年齢4桁の年増であることは変わりないのだから、それはそうなのだ。


 でも、違うじゃん。自分で自虐するのと面と向かっておじさんって言われるのは、違うじゃん。


 「おじ、ひゃん……? ろうひたのぉ……?」


 「あ、あぁ……悪い。少し、自分のみみっちさを卑下してた」


 「よくわかんにゃい……」


 「分かんなくて良いぞー。君はそのまま、純真でいてくれ」


 「えへぇ……なでなで、好きぃ」


 なんか君、ぽやぽやしてない? 依月の印象は、中々知的な少女……という感じだったが、今の彼女は全体的に幼いというか……少し、あざといまであった。


 「おじさん……? 手ぇ、止まってるよ?」


 「はいはい……しょうがないお姫様だな」


 「えひぃ……♡ もっともっとぉ……♡」


 しばらく依月を撫で、止めるとまた文句を言い始め、また撫でるを繰り返した。そうして同じことを繰り返していると、遠くから俺達以外の鳴き声が聞こえた。


 「っと……そろそろ行くぞ、依月」


 「う~ん……抱っこ」


 「はぁ……全く、仕方ない子だ」


 俺は未だ寝ぼけ眼な依月を抱えて、部屋を飛び出した。その体勢はお姫様抱っこだ。これが一番、安定して持ち運べる。 


 「う~ん? おじ、さん……? あれ、なんか早い──ひゃあ!?」


 「おっと……! あまり暴れない方が良い。服が汚れるぞ」


 「おおおおおじさんっ!? これ、どういうことっ!?!?」


 「化け物、追われてる、だから逃げてる」


 「ひぃいい……!? 今掠った! なんか良く分かんないのが横切ったよ!」


  怪我をしないように立ち回るというのは、案外難しいな。いつもは被弾上等の特攻ばかりだったので、何かを守りながら戦うというのは新鮮だ。中々面白い。


 だが……少ししつこいな。一旦、ずっと追走してくる奴だけでも払うか。


 「依月。少し目を閉じていてくれるか? 少しショッキングな光景だからな。君は見ない方が良い」


 「わ、分かった……!」


 ぎゅっと、少女が目を瞑ったのを確認してから、俺は一本のナイフを取り出した。とある技術屋が作った、悪ふざけの類い。欠陥だらけの玩具だった。


 そのナイフを投げると、まるで敵を追尾するようにその刃が舞う。首元、足、顔面。生物の急所を執拗に傷付けるその凶刃は、そして持ち主の元へと返り咲く。


 ザクッと、その手の平を貫通させながら。


 「良し。もう、目を開けても良いぞ」


 「はぁ~~……心臓、止まっちゃうかと思いましたぁ」


 俺は依月に見られないよう、素早くナイフを手から抜き取って、何食わぬ顔でそれを隠した。もちろん、布を巻きつけて止血もバッチリだ。片手でも案外、やろうと思えば出来るものだな。


 「ふぅ……やっぱり使えるな、コレ」


 ブーメランナイフ。人を傷付けるのなら、自分も傷付けれるべき、というコンセプトの元開発したらしい、頭のおかしい武器だ。


 だが言ってしまえば、戻る際必ず刃が手に突き刺さる。それだけのデメリットだ。俺にとっては無いに等しい。使い勝手も悪くないので、そこそこ愛用している。


 「頭、おかしいんじゃないの? それは愚か者を嘲笑うための玩具なの! 決して実戦で使うようなモンじゃないの! 分かるの!?」


 なんて、あの子ならそう言うだろうな。いつかの友人の顔を思い出しながら、俺は少し笑った。


 「どうかしたんですか?」


 「いや、何でも無い。先、進もうか」


 「はいっ! じゃ、引き続きお願いします!」


 「……何を?」


 「……? お姫様抱っこの続き、です!」


 ……いや、なんでだよ。俺はニコニコと良い笑みを浮かべる依月の、当然だろうという顔に困惑した。君、もう歩けるだろう?


 そんな俺の顔を察知したのか、依月はとても誇らしげにこう告げた。


 「歩けません! まだまだ、多分3日くらいは歩けません!」


 「どうしても?」


 「どうしても、ですっ!」


 笑顔、圧倒的笑顔。その笑みは絶対に退かない、という断固たる決意を物語っていた。俺は数秒の逡巡の後、そのまま歩き始めた。


 「えっへへ……♡ じゃあ、行きましょっか」


 「はいはい。お姫様の言うとおりに」


 その些細な行動が、少女にとってどれだけの重荷となるのか、思いもせずに。


 「あれ……? おじさん、何で怪我して……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ