--人目の被害者 黛依月
「なんだここ……一向に外へ出れねぇぞ」
新しい世界へ辿り着くと、そこは室内だった。窓の無い、広い倉庫のような場所だ。少しカビ臭く、頭上には人工的なライトが無数に光っている。
そのライトの駆動音だろうか。ジジッと、耳を澄ませば何か音がする。何だか無性に落ち着かない気分になる場所だ。
問題なのは、この場所をもう数時間も彷徨っているということだった。その間、いくつか部屋や食料、飲み水などはあるものの、生き物と全く遭遇しない。ただ、無機質な人口空間が広がっている。
「おーい! 誰か居ないのかー!」
数分おきに声を出して探索を続ける。真っ直ぐに歩き続けているが、未だ端に到達することは無かった。明らかにおかしい。やはり、普通の場所ではないようだ。
タッタッタッ……足音が聞こえた気がする。まただ。さっきから、自分以外のナニカの音が僅かにしていた。だが、振り返っても声を発しても何も居ない。少し不気味だった。
「────ぇい」
「……ん? おーい! そこ居るのかー!」
「──なえ」
「こっちから聞こえ──」
僅かに聞こえた声のようなものを辿り、その発信源へと向かった。
そこに居たのは……手の塊だった。小さな手から毛むくじゃらな手、老いた手から筋張った手など、人間や動物の手が混じりあった、奇怪な物体が、そこにはあった。
「賛美しろ。崇めろ。奉り給え」
「うえぇ……喋ってら」
「賛美。崇め。奉り給え」
「あ、どうもこんにちは……コミュニケーションとか取れます?」
「賛美! 賛美! 賛美賛美賛美!」
支離滅裂な言葉を発しながら、手の塊は襲いかかってきた。現地民かと思ったが、会話の成立しないタイプだった。仕方ない。俺は腰の刀を抜いて、その生物を両断した。
「────」
「流石タツミ。良い刀作るね」
まるで力が必要無かった。刃が手の塊に触れた瞬間、まるで解けるようにスッと切り裂いてみせた。凡人の俺が振るっただけでコレなのだ。あの子が本気で使ったなら、空間そのものすら断ち切れるかもしれない。
俺は明らかにオーバースペックな刀を納めると、あの手の塊を観察した。
流石に両断されては、この手の化け物も死ぬようだ。じゅくじゅくと泡だって、最後には黒ずんだ染みとなって消えてしまった。
「──す、スゴッ……! あの化け物、やっつけちゃった……!」
「ん……? あれは……」
「ふゃあ!? あ、あのそのあの……! お願いします命だけはご勘弁をぉー!」
後ろを見ると、そこには尻餅をついて涙目の少女が居た。
桃色の髪をした、セーラー服を着た少女だ。サイドテールとスカートの短さから若さを感じる。
どうやら、今回も中々文明レベルが高いようだ。
「落ち着いてくれ。俺に泣いて怯える少女を害する趣味は無い」
「へぁ……? ほ、ほんとですか……?」
「あぁ。君、ここが何処か分かるか? 出口を知っているなら、教えて欲しい」
「す、すみません。気付いたら此処に居て……私も、出口を探してるんです」
少女を観察する。持っているのは紺色のバッグのみで、武器などは所持していない。それに、彼女の反応からして平和な世界で暮らしている人間だ。自衛の心得は無いように思える。
「君が良ければ、一緒に出口を探さないか?」
「良いんですかっ!? あのっ、私何にも出来ないですけど、それでも構いませんかっ!?」
「別に良い。この場所は落ち着かない。道すがら、世間話にでも付き合ってくれ」
こうして、俺は制服姿の少女……黛依月と行動を共にすることになった。彼女は俺の袖を掴みながら、時折聞こえるナニカの音にビクつき、それを誤魔化すように色々と話をしてくれた。
16歳で普段は学校に通っていること。この場所には、学校で居眠りをしていたらいつの間にか来ていたこと。電子機器の類いが一切使えず、困っていたこと……色々と、聞いていないことまで教えてくれた。
その中でも興味深かったのが、依月はこのような現象の話を聞いたことがあるそうなのだ。
「なんか、そういう都市伝説? みたいなのを聞いたことあるんです」
「それはどんなものなんだ?」
「えっと……なんか、裏世界みたいなのに行っちゃって、そこには変な人工物と、化け物が住み着いてる、的な感じです」
「今の状況に似ているな」
彼女の話を整理すると、今後の指針が浮かんできた。
まず、この空間には階層のようなものがあるらしい。フロアにはそれぞれ様々な特色があり、その中には酷く危険な場所から、全くの無害な空間まで千差万別とのことだ。
そして、中には依月の元居た場所……表世界に戻れる場所もあるのだとか。
「もちろん、この場所がその都市伝説の場所って根拠は無いので、出口が存在しない可能性はあるんですけど……」
「いや、十分だ。どうせ時間ならいくらでもある。仮に出口が存在しないなら、その時は最終手段を取る」
時空渡りを使えばこの世界からは脱出自体は可能だ。まぁ、それは本当にどん詰まりになった時だ。それまでは、この奇妙な空間を彷徨うことにしよう。
「……あの、失礼を承知で聞くんですけど、貴方って何者なんですか?」
「通りすがりの不死だ」
「……? 何言ってるんですか?」
もの凄く怪訝そうな顔をされた。いや、本当なんだけど。
10
「ふぅ……おーい、もう出てきて良いぞー」
「ありがとうございます……もう、心臓止まるかと思いましたよ……おじさん、本当に強いですね」
「数は多かったが、これくらいはどうってことはない。それじゃあ、先に進もう」
私は物陰から出て、異形の残骸を避けつつ、その男の人の元へ向かいました。私は後ろから背中を眺めて、この人について考えを巡らします。
おじさんは黒いスーツを着ていて、その腰に差している刀さえなければ、喪服を着た20~30代の男性のように思えます。ですが、その正体は良く分かりません。
この人は、自分のことを不死だと言いました。もう数え切れないほどの年月を生き、そして様々な世界を渡り歩いていると。
正直、あまり信じてはいません。唐突なファンタジーを鵜呑みに出来るほど、私の頭はお花畑ではありませんでした。
ですが、彼の戦闘能力は本物です。刀を振るい、様々な異形を千切っては投げ千切っては投げ……ちょっと、カッコいいとすら思います。
「それで? その魚屋は金を失って、どうなるんだ?」
「あ、はい! ええっと、彼はその後自分の身の振り方を考え直すんです。お金を手に入れたって、それを使う人間が愚かじゃ、どうしようも無いって気付いたんですね」
「ほう……中々深いな」
「そう! そうなんですよ! これは名作ですが、中には歴史的背景を元にしたお話もあって、そのどれもが見事にオチているんです! 面白いですよね!」
それに、彼は凄く聞き上手なんです。口下手な私も、気付けば緊張も無くなり、饒舌に趣味の一つである落語について語ってしまいました。
……いや、それだけですけどね。私、そんなにチョロくありません。ただ、話しやすくていい人だなって、思っただけです。
私はもっと、クールな眼鏡をかけたいつか裏切りそうな糸目お兄さんが好みですから。まぁ、もし彼がそんな性癖ドンピシャだったら、もっとキョドってしまいますけど!
「……依月? どうした、疲れたか?」
「ふぇっ!? いや、なんでもないれす!」
「そう、か……? なら良いが……」
「あ、あぁ~!!! あそこ見てください! なんかはしごかかってますよ!」
私は湧き上がる変な感情をごまかすように、その物体を指さしました。天井の一角に穴が開いていて、そこへはしごが架かっていました。これが、次の階層への道なのでしょうか?
その時でした。遠くから、金切り声のような声がいくつも聞こえてきたのは。
「多いな……依月、先に行ってくれ。俺も後から行く」
「わ、分かりました! お気を付けてください!」
私はそのまま、はしごを登っていきました。かなり大きいです。かれこれ、もう数分は上へ上へと上がっています。
そして息が上がり始めた頃、ようやく出口が見えました。
「はぁ……はぁ……おじさーん! そっちは大丈夫ですかー!!!」
私は下を覗きながら、彼を呼びました。はしごの下は暗く、何も見えません。耳を澄ませても、モーターの駆動音しか聞こえませんでした。
「おじさーん! あの、返事してくださーい!!!」
そんなはず無い。私はじわりと滲んできた恐怖を払拭するため、ずっと彼のことを呼び続けました。どうして……返事がこないの?
段々とパニックになっていきます。折角人に会えたのに、私はまた、一人になってしまった。それに、私に自衛の手段なんてありません。だから、もしまた怪物に襲われたのなら……!
「ヒッ……! に、逃げなきゃ……!」
ちょうど、私の耳に甲高い音が聞こえました。まるで悲鳴のようなそれは、私の方へ近付いているように思えます。
……落ち着け。大丈夫だ。きっと、おじさんは下で化け物を殲滅しているのでしょう。だから、少し遅れているだけ。必ず、追い付いてくれる。
だから、今は逃げないと。私は後ろ髪を引かれながら、その場から立ち去りました。




