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不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


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12/16

お別れの日

 彼の身体を押し倒す。無意味なことだとは分かっている。それでも、勝手に動いていた。


 彼との生活は楽しかった。あぁ、認めるとも。私はすっかり、彼に毒されていた。


 数千年だ。こんなに一人の人間と共に過ごしたことは、私の生涯で一度たりともない。既に彼との生活は私の一部となっている。例えるのなら、それは自らの腕を、足を切り落とせと言われているようなものだ。


 「行かないで……行っちゃ、やだよ」


 ──目覚めると、傍に彼が居る。私は彼がすやすやと眠るのを見ながら、その頭を撫でるのだ。私は顔が緩んで、だらしない表情をしている。


 彼は目覚めて、そんな顔をしている私を見て笑うのだ。私は慌てて布を取り付けて、表情を隠す。弛緩したその笑顔を必死に直しながら。


 「嫌だ……フシ君は、私の、だよ」


 一緒に食事をした。私の時空渡りで違う世界に観光しに行ったこもあった。沢山肌を重ねた。夜を共にした。互いを求め合った。何にもしないで、ただ傍で体温を確かめ合ったこともあった。


 全部全部、覚えている。その度に、知ってしまうのだ。以前の私が、どれほど空虚だったのかと。


 私に出来ないことは殆ど無い。望めば全てが手に入る。全てが、私の指先一つで揺らぐ。


 「やだ……行かないでよぉ……!」


 退屈だった。虚しかった。飽き飽きしていた。そんな日々を、フシ君が変えてくれた。


 楽しかった。満ち足りていた。それでも、味わい足りない。


 まだ欲しい。もっと欲しい。フシ君が居てくれるなら、何だってしてあげる。


 「いか、ないで……」


 だから──そんな顔、しないでよ。フシ君の望むものは私があげるから。フシ君が死にたいって言うなら、私が何とかしてあげるから。フシ君が全てを投げ出したいなら、私も一緒に終わってあげるから。


 「いやだ……いやだよ、フシくん……!」


 いやだ。いやだよ、フシ君。行かないで。行っちゃ、やだよ。


 「…………ローズ。約束、しただろう?」


 私はただ、彼の身体を抱きしめて泣き喚いた。これまで、いざという時は何をしてでも引き留めようと、そう思っていたのに。


 まさにその瞬間、私は彼を拘束するでも、昏倒させるでもなく、ただ幼児のように咽び泣くだけだった。


 「これ以上は駄目だ。目的を達成した今、師匠とこれ以上関わることは許されない」


 「どうして……? 私のこと、嫌いになったの……?」


 「そんな訳ない。その逆だ。でも、だから駄目なんだ」


 彼は寂しそうに、そんなことを言った。意味が分からない。どうして、フシ君はそうまでして死にたがるの?


 「俺は惨めに死んで行かなくてはならない。俺にこんな終わり方は相応しくない。こんな……幸せの只中でその日が来るのを待つなんて、罰にならないんだ」


 ……フシ君が望むのは、幸せじゃなかった。そこにあるのは、深い絶望だけだった。


 私なら、フシ君の傷を埋めてあげられると思っていた。死ぬのは勿体ない。死にたくないと、生の渇望を思い出させてあげられると思っていた。


 けれど、結果はこの通りだ。私達の幸福は、かえって彼を傷付けるだけだった。それはこれからも、いやこれまで以上に彼を苛むだろう。


 「でもやだぁ! フシ君は此処で私といちゃらぶドスケベ生活するのぉ!!!」


 しかし、そんなことは私に関係ない。そんなの、フシ君の勝手な都合だ。彼には私と人生を添い遂げる義務がある。絶対。何が何でも。だって、責任取るって言ったもん。


 「えぇ……? いや、だから俺にそれは許されないって言っ──」


 「うるさぁい!!! 黙って幸せになりなさい! なれ!」


 「圧つよ……」


 これから先、誰が私のご飯を作るのか? 暇になった時、誰が私を構ってくれるのか? 人肌が恋しくなった時、誰が暖めてくれるのか?


 その役目を放棄するなんて、絶対に駄目だ。


 「フシ君は私の夫でしょう!? 奥さん放って自殺なんて、許されるはずないでしょ!?」


 「いや、約束したじゃないか。結婚はするけど、時空渡りの術を習得するまでだって」


 「知らないもん!」


 そもそも、こんな美人を引っかけておいて、何が不満だと言うのか!? 永劫に近い時を全肯定の全知でえっちなお姉さんと一緒に過ごせるとか、男のロマンじゃないの!? フシ君のフシ君はいつも素直なのに、なんで本体は素直じゃないかなぁ!?


 「知らない知らない知らない! そんな約束、してないもん!」


 「ちょ、駄々捏ねるなって!」


 「うえぇええん……! フシ君の馬鹿ぁ!」


 「ぐほぇ……! や、辞め──」


 ……その後は、私はフシ君をひたすら叩いた。涙が止まらなかった。久しぶりにフシ君を殴ったけど、全然楽しくなかった。フシ君はずっと言い訳をして、その考えを改めようとはしない。


 だからもっと殴った。ぽこぽこした。そのうちフシ君が喋らなくなったので、彼の胸で泣き続けた。


 「フシ君、死んじゃやだぁ……!」


 「…………この場合、殺したのは師匠じゃないか?」


 「あ、起きた。じゃ、またぽかぽかするね?」


 「そんな生易しい表現じゃ済まないだろ──ぉ!」


 説得には時間がかかった。疲れたら彼を締めながら眠って。起きたら彼をぺしぺし叩いて起こしたら、またぽかぽかぽこぽこする。一時間ごとに彼の意思を聞いて、駄目ならまたぺしぺしして同じ事を繰り返す。


 その間も私は悲しくて悲しくて、涙が止まらない。フシ君は本当に酷い子だ。師匠を泣かせるなんて、弟子失格だぞ?


 「分かった! 分かったから! 少し話をしよう!!!」


 「ふぐっ……! なにぃ……? 離婚無しにする……?」


 「一旦落ち着こう! ほら師匠、鼻すすって!」


 彼からハンカチを貰い、鼻水と涙を拭いている間も、彼の胸ぐらから手を離すことはしない。まぁ、逃げたところで逃がさないけども。


 「夫婦関係は一旦解消しよう」


 「うえぇええん!!! 馬鹿ぁ!!!」


 「待って待って待って!!! その代わり! 何でも三回! 言うこと聞くから!!!」


 「じゃあ復縁して! ここで一緒に暮らして! 一生私を幸せにして!」


 「それじゃあ意味ないだろ! 話聞けって!」


 「嘘つきーーー!!!」


 またぶち転がした後、私は仕方なく私は彼の言葉を聞いてあげることにした。全く、聞き分けの良い師匠で良かったね?


 「はぁ……はぁ……! なんで魔女って名乗りながら、格闘の方が強いんだよ……!」


 「それで……? 何でも三回言うこと聞くって、どういうこと?」


 「言い方が悪かった。三回だけ、俺を連れ戻す権利だ。師匠が望むなら、俺はどんな状況だろうと、貴女の元へ帰ろう」


 頭が計算を始める。確かに、フシ君と終わらない鬼ごっこをするのは可能だ。


 だが、不確定要素は出来るだけ無くしたい。もし、本当に彼を殺し得るナニカと遭遇した時に、彼を無理矢理連れ戻し、軟禁することも出来る。


 時空渡りの術は繊細で、緻密だ。私の完璧なものとは違い、フシ君のものは形にはなっているものの、まだまだお粗末だ。まだまだ、私のサポート無しでは安定しない。


 そんな彼がもし、彼が時空の狭間に落ちてしまったら? 観測出来ない場所へ行ってしまったら? リスクなんて、無限に考えられる。


 フシ君の決意はきっと変わらない。それはこの数千年で彼以上に知っている。でも、それは逆に言えば約束したことは絶対に守るということでもある。彼は悲願を目の前にしても、きっと私を優先してくれるだろう。


 「……私からの条件を飲んでくれるなら、許してもいいよ」


 「それは本当か!?」


 「うん……でも、約束してくれる? 本当に、私が望むなら、私の元へ帰ってきてくれるんだよね?」


 「約束しよう。どんな状況であっても、必ず戻る」


 ……フシ君を殺す御業など、おいそれと見つかるものではない。私だって、ソレが不可能とは言わないけれど、難しいのだ。その旅路は……果てしないものになる。


 だから、私は彼の帰れる場所を作る。


 「フシ君が何処にいるのか、私にも分かるようにすること。それと、本当にヤバい時にはちゃんと助けてって私に言うこと」


 「……そんなことで良いのか?」


 「夫のやりたいことを応援してあげるのも、良妻の務めかなって」


 嘘だ。本当は行って欲しくない。でも、今の私じゃ止められないことは分かっている。


 今はこれでいい。シス君の旅路は誰にも邪魔させない。彼の身が危うくなれば、私が三回の権利を使って介入する。


 その間に私は、彼を永久に手に入れる環境を構築しよう。理論は既に完成している。後は時間さえあれば、それは完成する。


 「じゃあ、それで良いね? ちゃんと三回、私が来てって言ったら帰ってくること。後はさっきの二つ。ちゃーんと見てるから」


 「それでいい。じゃあ、婚姻関係は解消だな」


 「…………」


 「はぁ……それじゃあ、俺は行くぞ」


 意地っ張りなフシ君に気付かれないように、時空渡りのポータルを安定化させる。


 私は彼に近付いて、最後にキスをした。もちろん、マーキングするためだ。これで、彼は何処へ行こうと、私にだけは居場所が把握できる。


 「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」


 「なら、いつでも呼び出してくれ。必ず帰るからな」


 「三回だけ?」


 「三回だけだ」


 十分だ。私がその権利を行使する時──フシ君は、私だけのフシ君になる。


 今はしばしのお別れだ。フシ君が傍に居ないのは寂しいけれど、今度こそ完全に彼を手に入れるため。私は我慢出来るいい女だからね。これくらい、なんてこと無い。


 「行ってくる。ありがとう、ローズ。こんな俺を、弟子にしてくれて」


 なんてこと、無い……はずだったのに。そんなの、卑怯じゃん。


 「ぐすっ……! フシ君の、ばか……!」


 私は、また独りぼっちになってしまった。

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