小堀純【11】
(1)
「えっ、私たちだけで、ですか?」
園江支部長に呼び出された私とカタン、織子は驚愕していた。
カタンの初任務から、私たちは何度か立て続けに任務をこなしていた。カタンは初任務で兵を1人亡くしたことをひどく悔やんでいて、その後の作戦は非常に精査されたものになっていた。おかげで、その後こちらの犠牲者は出ていない。
織子は射撃の訓練を重ね、今では立派な私のバディを務めている。人を撃つことへの恐怖感も克服してきていて、指示を出さずとも攻撃できるようになった。
しかし、園江さんが急にこんなことを言い出すなんて…
「ああ、君たち3人に任せたいんだ。配役はいつも通りで構わない。」
「それって実質2人で戦えってことですよね?危険です!」
園江さんの言葉にカタンが食いつく。カタンはあくまで司令塔。裏から私たちを動かすのが役割だ。
「こう言っちゃ何だが、比較的簡単な任務なんだ。ターゲットは1人。1人ではあるが、薬物強化された人間だ。大人数で動くより、こちらも小さくまとめた方が効率がいい。」
「それなら、狙撃班に任せればいいんじゃないですか?」
織子も少し不安げに反論する。
「敵もバカじゃないらしくてな…どこに行くにも毎回ルートを変えているんだ。正直、奴の住まいさえ分からない。」
そう言いながら、園江さんは大きくため息をついた。
「そこで、カタン。君の出番だ。ルートを探れば分からなかった何かが、君なら見えるかもしれない。」
「はあ…」
園江さんの提案に、カタンは困り顔だ。何かがあれば、言い逃れができないレベルでカタンの責任になってしまう。
「計画は君たちで決めてほしい。もちろん、田島班長を頼ってもいい。」
私たちは不安で黙ってしまった。こんなことは初めてだ。しかも、カタンは任務に参加し始めて日が浅い。
「あの…何で私たち3人を選ばれたんですか?もっと優秀な人も居たのでは…」
私がおずおずと園江さんに尋ねる。
すると園江さんは私たちを見つめて、
「適任、と思ったからだ。」
と、大真面目に答えた。
「小堀、君はもう4年も働いている。今や関東支部で近距離戦が君にかなうものなどそう居ないだろう。端野はオーラが見えるという特殊能力が強い。射撃の腕が劇的に上がっていることも知っているぞ。カタンは頭脳明晰なのはもちろんだが、責任感が強いのも良いところだ。」
園江さんは椅子を左右に揺らしながら、私たちの特徴を挙げていった。
「3班はな、今人数が多すぎる。場合によっては6班を新設しようと思っているんだ。」
「え、それってつまり…?」
私は驚いて声を上げた。
「6班新設の際には君たち若いものに活躍してほしい。…君たちの力が見たいんだよ。すまないが、頼まれてくれないか。」
私たちは、困り顔でお互いに顔を見合わせた。
「園江さん、あたしたちを買い被りすぎじゃない?」
私の自宅に戻るなり、織子がぼやいた。織子は自分の部屋があるはずだが、なんだかんだ私の家に入り浸っている。気にもならなくなってきたが。
そんな織子を尻目に、カタンは手渡された資料を鬼気迫る表情で必死に読んでいる。責任重大だもんな…
「まあ、なんだかんだで上の指示は絶対だからね、この組織は。やるしかないよ…」
織子に言葉を返す私も決して乗り気ではない。私と織子は深くため息をついた。
途方に暮れる私と織子、資料爆読み中のカタンと揃って会話がない。
「…夕飯作るか。生姜焼きとかでいい?」
「いいよー。」
「私、夕飯はいい。カロリーメイトとチョコ食べるから。」
私の声かけに織子とカタンがそれぞれ答えた。
「カタン、夕飯くらいちゃんと食べないと…」
「食べないとは言ってない。ちょっと集中したいの。」
カタンにしては珍しく、強い口調が返ってきた。その瞬間も資料から目を離すことはない。相当ピリピリしている。これはそっとしておいた方がいいかも。
「ごめん、部屋行くね。2人はくつろいでて。」
そう言うとカタンは資料を手に自室にこもってしまった。
再度私たちはため息をつく。
「こんな空気でくつろげるかっての。」
織子がソファに置かれたクッションに一発パンチを入れる。
「カタンも必死なんだって、そう言ってやるなよ。」
私は肉を焼きながら織子に言った。
部屋にはジュージューと肉が焼ける音だけが響いてる。
「…誰も、死なないよね?」
ポツリと織子が言った。
「死なないよ、絶対に死なせないから。」
間髪入れず私が答える。
すると、織子がこちらを見てニッと口角を上げた。
「頼むぜ相棒。」
「おう、任せとけ相棒。」
互いにそう言って、拳を突き出した。
(2)
次の朝、カタンがものすごい勢いでリビングに駆け込んできた。
私も織子もすでに起きていた。今日は学校は休み。のんびりするつもりだったが。
「おはよう!聞いて、資料見てて色々分かったことがあるの!」
開口一番カタンは私たちにそう言う。目の下にはクマ。これはおそらく徹夜してるな。
ポカンとしている私たちを尻目に、カタンはいくつかの資料をテーブルに置いた。
「今回のターゲット、移動の履歴見る限り本当に住所不定ってやつね。毎日向かう先が違う。おそらく野宿してるかネカフェとかに泊まってるよ。ルートもまるでバラバラ。でも、3回同じところに長めに滞在してることが分かったの。」
そう言って指差した先は、小さな山だった。織子が顔をしかめる。
「ここって…千葉の自殺の名所じゃん。」
そう、そこはえぐれたような崖が有名な観光スポットでもある場所だ。織子の言う通り自殺の名所としても知られていて、幽霊が出るなんて噂もある。日中はともかく夜間ともなれば好んで行く人は居ないだろう。
しかし、おびただしい数の移動の軌跡から、たった3回同じ場所に留まったことに気付くカタンはさすがだ。観光で行く回数ではない。海沿いの街や木更津市などを行ったり来たりしていれば寝泊まりに困ることはないだろう。
「これ、大体3ヶ月分のデータなんだけど、月に1度はこの場所に行ってるみたい。」
「何かしらの受け渡しをしてるってことかな。」
私はカタンの言葉を受けて、資料を覗き込んだ。
「ここまで居場所を特定されないように気を使ってるのに、よっぽど大切な取引なんだね。」
まあ、その取引というのもロクでもないものなんだろうけど。
「そこまでいうなら、次いつこいつが現れるかわかるんでしょ?」
織子がカタンをチラリと見ると、カタンはゆっくりうなづいた。
「毎月第二火曜日、23時。」
「ナイス、もうすぐじゃん。じゃあ、早速作戦会議しよう。」
私がそう言うと、2人がうなずいた。
作戦はこうだ。
ターゲットはシセツに狙われていることは知らない。私たちは数日前に現地入りする。細かい地形を確認するため一度その崖のある山に登る。離れた位置からターゲットを狙撃できるポイントを探して、そこには当日織子を配置する。期日までにライフルの練習をしてもらうが、距離が遠ければ外す可能性が高い。致命傷は狙えなくとも敵の戦力を削げればよしとする。二番手が私だ。一気に距離を詰めて接近戦で対処する。相手はどんな手段を使っているかは分からないが、話によれば肉体強化をしている。どこでもいいから織子の弾が当たってくれることを祈ろう。まあ、肉体強化でもなんでも、一瞬の隙さえあれば息の根は止められる。最後は私の力にかかってくるな。
(3)
私たちの基本は車移動だ。今回は怪しまれないよう、一般的なワンボックス車を使って小旅行へと旅立った。ちなみに運転はカタンがしている。シセツでは身長が140cm以上になれば、強制的に免許を取らされる。日本の法律ではあり得ない話だが、12歳の織子も14歳の私やカタンも免許持ちと言うことになる。
東京も山に近い外れの方にあるシセツから千葉の海沿いまで車での移動は、なかなかの長旅だ。
「やっとついたー!」
件の崖に一番近い駐車場に着いて、織子が大きく伸びをする。
「あんた、座ってただけでしょ。カタン、帰りは私が運転するからね。」
織子をひと睨みして、カタンを労った。
「早速、行ってみようよ。低い山だって言うし私でもへっちゃらかも。」
カタンは遠足気分でワクワクしている。低い=登りやすいとも限らないんだが…
案内を見てみると入山時間は16時まで。ターゲットは一般のルートを使わずに入り込んでいる可能性が高い。どんなルートを使っていようと、最終的に辿り着く場所が決まっているなら問題はないか。
早速歩き始めると、当然ながら勾配が激しい。階段も多い。
私と織子はなんて事はないが、気付けばカタンが遅れをとっている。
「…ごめん、2人とも…ちょっと待って…」
カタンは山道の真ん中で上半身を折り曲げてしまっている。はあ。
「大丈夫?」
私と織子はカタンのところまで戻った。
「こいつ、ケツキックしたら少しは根性つくんじゃない?」
織子はそう言いながらキックの素振り?をしている。
「そんなわけないでしょ。カタンは水を飲みな。」
私は織子を咎めつつ、カタンに水を渡す。
「…全然、ラクじゃ、無かった…」
カタンは息を切らせながら、つぶやく。この子の体力の無さにも困ったものだ。滞在中、ずっと一緒に登山しようかね。
「もうちょっとで例の崖だから、頑張ろう?」
「うん、ごめん。周りの地形も見ながら…」
そう言ったカタンの手元にはスマホがあった。どうやら目視と地図を見ながら歩いていたらしい。そりゃ、気分も悪くなるだろう。私の顔色を見て、カタンはそそくさとスマホをしまった。私に怒られると思ったのかもしれない。
「大丈夫、行こう!」
カタンはグッと体を引き上げた。
「…無理しないでね。」
私は彼女にそう声をかけ、3人はまた歩き始めた。
なんとかやっと、目的の場所に到着。平日のせいか、観光客は多くない。好奇心で、3人とも1人ずつ崖の下をのぞいてみた。これはなかなかに迫力がある。もちろん、安全対策はされているがこの程度の柵なら乗り越えられてしまいそうだ。
一方で、カタンはその高さに怯む様子もなく周りを見渡している。残さず記憶しようという意気込みが見て取れる。スマホもチェックしながら、地図にいくつか旗を立てていた。
「さ、そろそろどかないと、次の人が待ってるよ。」
私は2人を促して近くのベンチまで連れ戻す。
「いやー、ちょっと無理な高さだわ。」
高所恐怖症の織子が嘆いている。私もスカイツリーのガラス床の時とは違い、少し緊張感があった。平然としているのはカタンだけかも。ベンチで休憩中のカタンはその間もスマホと睨めっこしている。
「この山、他にも名所があるって。よかったらついでに見て行かない?」
私は気分転換も兼ねてそう2人に提案した。
「今度は見下ろす系じゃない?」
織子が微妙な顔で聞く。
「ううん、見上げる系だね。せっかくだし行こう!」
カタンの背中も叩いて、他の名所巡りを始めた。
その日は、3人一緒に旅館に泊まった。それぞれ荷物を置いて、畳に足を投げ出す。
「あー、なんだかんだ歩いたねえ。」
坂道だろうが崖だろうが慣れているシセツの子だが、疲れないわけではない。カタンに毒付いていた織子もべっしょりと畳に寝転がってしまった。一番シャンとしてるのは、意外にもカタンだった。未だにスマホを見ている。それから、自分のパソコンを取り出すと、スマホのメモリを見ながら何か情報の整理を始めた。
「真面目だねぇ…」
織子がそんなカタンを見ながらぼんやりとつぶやく。それから、さっと上半身を起こすと私の方へ体を捻った。
「それより、純。気づいた?」
「へ?何に?」
急に神妙な声で私に問いかける。
「…気付いてないの?誰か、ツケてたよ。」
「え…」
織子の言葉に驚く。私もカンは良い方だけど、全く気が付かなかった。
「途中から変なオーラを感じたから気になってたの。駐車場から旅館の側までツケられてる。山の中では感じなかった。」
「車で尾行されたってこと?」
「おそらく、2、3台後ろからずっと着いてきてた。上手にツケてたね。山に入る前は気付けなかったけど、もしかしたらずっと尾行されてたかもしれない。」
「敵に情報が漏れてる…?」
なかなか考えにくい事だが、それくらいしか思い浮かばない。
「いや、多分違うね。殺気や怒気は感じられなかった。危なくなければ放って置くしかないんじゃない?」
確かに、一般人なら放っておくしかない。当たり前だが、シセツの人間が任務中に一般人に触れるのは御法度だ。でも、誰が、なんの目的で?
(4)
決行の日は来た。織子はライフルを担ぎ、カタンが指定した狙撃ポイントに移動。私は崖へ向かう道の物陰に隠れる。カタンは駐車場付近で待機して、状況の変化に応じて指示を出す。至ってシンプルな作戦だ。一番大変なのは織子かもしれない。狙撃ポイントまでは少し距離がある。
「じゃあ、あたしは先に行くから。」
ヘッドライトを付けた織子が私とカタンにそう告げて、黙々と山道を歩き出した。敵に遭遇する危険はないが、暗い山道は本来まだ小学生の少女に行かせるものではない。しかし、織子は全くためらわずに行ってしまった。彼女もシセツに染まりつつある…
「…私も行ってくるから。と、その前に。」
カタンにそう言うと同時に私は素早くナイフを彼女の後ろめがけて投げつけた。
「わっ!」
ナイフを投げた先から声がする。茂った草むらの中だった。
「あんた、何者?どこまでついてくる気?」
私が問う。尾行してたってのは、おそらくこいつだ。
しばらく待つと、「いてて」と言いながら1人の人物が姿を現した。
「えっ」
出てきた人物を見てカタンが声を上げた。あれから色んな可能性を考えた結果、やっぱりこいつしかいなかった。
「何してんの、六ノ野。」
そう、そこにいたのは私の公認ストーカーである六ノ野崇志だった。私は怒り任せにズンズンと彼に近づく。
「あんたね、やたら金持ちだから私のこと調べてるとは思ったよ。でも、任務について来るなんて…バカなの!?消されるぞ!」
暗い山に私の怒号が響く。
「いや、小堀のこともっと知りたくてさ、着いてきちゃった。」
「バカ!!」
「本当にバカ!」
便乗してカタンまで怒鳴る。2人がかりで怒られて、さすがの六ノ野もしょんぼりしている。
「見なかったことにしてやるから、とっとと帰れ!」
「やだね。」
予想外に私の啖呵を六ノ野が一蹴した。
「や、やだって…」
カタンが困惑している。正直私もビビった。六ノ野は、拾ってきた私のナイフを差し出して、「これ、返すよ」といつもより神妙な面持ちで言った。見ると、ナイフが掠ったのか、腕から血が流れている。私は困惑したまま、仕事道具を受け取った。
「俺は悪ふざけで小堀を好きだとか言ってるわけじゃない。お嫁さんにしたいってのも本気だ。そんな大切な人が、どうやって生きているのか知りたいんだ。」
好き、お嫁さんにしたい、大切な人。トリプルで来やがった。六ノ野には言われ慣れてるとは言っても、さすがに私も自分の耳が熱くなるのを感じた。しかし、グッと堪えて声を絞り出す。
「…見たら、私がいるシセツに殺されるかもしれないよ?」
「ある程度覚悟してるけど、多分俺の親父がなんとかすると思う。」
そう言うと、彼は真剣な表情を崩して二ヘラと笑った。こいつ、自分ちの財力をとことん利用しようとしてる。金持ちめ…腹立つな…
「そう、じゃあ私について来れるんなら勝手にすれば?」
もう時間も無い。私はそれだけ六ノ野に吐き捨てると、刹那ポイントへと全力疾走した。撒こう。それしかない。
「あっ、六ノ野くん、ダメ!」
後ろからカタンの声が聞こえる。本当に追いかけてきてる?振り返ると圧倒的に遅れをとっているものの、六ノ野の姿が見える。
「ついて来んな!バァカ!!」
私は叫んで、最短ルートの斜面にワイヤーを掛けながら六ノ野が見えなくなるまで駆け上がった。
どうやら撒けたみたいだ。ここまで逃げ切れば、追うのも諦めるだろう。
私は崖の近くの木陰に身を潜める。定刻まであと10分ほど。息を潜めてその時が来るのを待った。
…来た。
本当にこの日、この時間に来るんだな。あれだけ自分の行動を読まれないように気をつけているくせに、どこか抜けているというか…
続いて取引相手と思われる人物もやってくる。こっちは殺しちゃダメだ。この人物は表の警察が対処できるとシセツは判断した。2人はしばらく話をし、金と幾つかのものを交換する素振りを見せる。が、突然予想外のことが起こった。なんとターゲットの男が取引相手の首を締め上げたのだ。
「!」
声が出そうなのを何とか止める。あいつ、筋肉強化してるって言ってたような。あんな勢いで首絞めたら首の骨が折れる…!
そう思った瞬間、銃声が山を掻き分けて響く。
織子だ。
頼む、どこか当たってくれ。続けざまにもう一発、発砲音。男の様子を見る。奴はたまらず取引相手を地面に落とした。男は右太ももと腹部に銃弾を喰らったようだ。上等。
「ナイス、織子。あとは任せろ!」
私は一気に木陰から飛び出す。月の下に突如現れた私の姿に、男は一瞬驚いた。ところが、次の瞬間男の表情は狂気的な笑顔に変化した。
「おお、お前がシセツの兵だな?いつ会えるかと心待ちにしていたよ。」
は?私たちのこと知ってたってこと?私はわずかに目を見開く。
「是非、手合わせがしたくてね。きっと見つけてくれると思っていた。…しかし、まるで子供じゃないか。政府も裏でこんな少女に汚れ仕事をさせるなんてなあ…」
「うるさい、あんたが道徳を語るな。」
私は反論しつつ、思考を巡らせる。つまり、この男はもともとシセツを知っていて、私たちと接触するために決まった期間でここに来ていた…ハメられたってこと?
しかし、男はそれ以上語らずニヤニヤしながら私を見ている。腹部に刺さった銃弾はかなりしんどいはずだ。薬の影響で痛みを感じないのか。にしても、体に損傷があることには違いない。圧倒的にこちらの有利だ。
「とりあえず、さっさと終わらせて旅館の温泉卵食べたいんだ。行くよ。」
私はサッとナイフを構えると一気に男に向かって走った。
男は私の頭部に向かって拳を突き出す。左頬を掠めたが、何とか避けた。想像以上に早い。さすが強化人間。そんなことを考えていると脇腹に中段蹴りを入れられた。
「うっ!」
何とか受け身を取ったが、男と距離が開いてしまった。
「織子!もう一発!」
咄嗟にインカムで指示を出す。次の瞬間男の右肩を銃弾が突き抜けた。おそらくは利き手。男の体が揺らめいた隙にもう一度距離を詰める。ところが男は再び右拳を私に叩きつけようとする。肩やられてんのにようやるわ。当然拳をあっさりと避けた。懲りずに今度は左ジャブを打って来たが、それはしゃがんで避ける。おかげで腹に入り込むことができた。腹の弾痕を見て、織子に感謝。そこに私はナイフを強く差し込む。硬い。面倒臭い体に改造しやがって。
「そぉぉぉぉ、れ!!」
私は気合を入れて、腹から肩へ向けて筋肉をぶちぶちと千切りながら斬り上げた。
男は大袈裟な声を上げて、その場に倒れる。
「はあ、ナイフがおじゃんだ。」
私はナイフの刃こぼれを見てため息をついた。チラリと見た取引相手は、すでに絶命していた。どんだけ馬鹿力なんだよ…私が言えたことじゃないけど。
ふと階段の方を見て、ハッとした。
六ノ野だ。
本当に着いてきたのか。
バカだな。そんなに見たいのか。人殺しの私を。
「…さすがシセツの兵だ…まさか、これだけ強化して手も足も出ないとは。これまで多くの人間と死合ってきたが」
「うるさい黙れ。」
まだ生きていたターゲットが死に際に何か言おうとしていたが、知らん。私は一瞬で男の首を切り裂いた。男の首元から勢いよく血が吹き上がる。
六ノ野。これがお前の見たかったものなの?
私は二つの死体を背に、階段の方へ向かった。六ノ野の前で一度止まると、
「満足?」
とだけ尋ねる。彼は口をぎゅっと結び、答えない。
「これで終わり。戻るよ。」
そう言うと、私は正規のルートで戻り始めた。六ノ野は、その間も一言も声を発さなかった。
車を停めておいた場所で、全員が合流した。
織子は六ノ野を見て、目を丸くした。
「こいつ、純のこと追いかけ回してるボンボンやん!尾行してたのってこいつ?千葉まで来たの?アホなん?」
人生の先輩に対しても織子の口の悪さは加減を知らない。
「六ノ野くん…怪我がそれだけで済んで良かったけど…」
カタンも困った表情で六ノ野を見ている。
珍しく六ノ野はしょんぼりとしている。一気に責められているだけではなく、人が殺されるところを見たせいもあるだろう。
「…小堀、俺、あの…」
おずおずと彼が声を発した瞬間、私は思い切り彼の頬に平手打ちを喰らわせていた。
勢いで六ノ野の頭は地面に叩きつけられ、そのままバウンドする。
「じゅ、純ちゃん!脳震盪起こしちゃう…!」
カタンが慌てて止めに入る。
「大馬鹿野郎!!」
私は構わず六ノ野を怒鳴りつけた。
「シセツに殺されるかもしれないって言ってるのに!何で来た!?戦闘に巻き込まれたら、どうするつもりだった!?」
六ノ野は半身を起こして、何も答えられずにいる。
「同級生のあんたが、怪我したら!死んじゃったら!私、どうしたらいい!?」
自分の意識とは関係なく、涙が頬を伝う。そうだ。私が本当に恐れていたことは、自分の正体を知られることじゃない。シセツとは無関係の友人に被害が及ぶことだった。
「ううう…」
両手で顔を覆っても、嗚咽が漏れてしまう。カタンが心配そうに私の背をさすった。
「…ごめん、小堀。」
やっと六ノ野が一言、声を発した。
「もう二度と、絶対にこんなことしないって約束する。」
六ノ野はいつもとは打って変わって、真剣に、誠実にそう約束してくれた。
私は顔を両手で覆ったまま、何度も頷くことしかできなかった。
(5)
その翌日、私たちはシセツの支部長室で任務完了報告をしていた。千葉にいた時点で、軽く任務が終わったことは伝えた。黙ってやり過ごすのにも無理があったので、気は重かったが六ノ野のことも。
私たち3人は、園江支部長の前で彼の反応を待っていた。
「…ふう、しかし…小堀の同級生には困ったものだな…」
園江さんは大きくため息をつく。
「すみません、私が迂闊でした。あの…彼の処分は…どうなるんでしょうか…」
私はおずおずと園江さんに聞く。最悪の事態だけは避けられたらいいのだが…
「ああ、六ノ野崇志くん。彼は何のお咎めもなしだ。」
園江さんの口から出た言葉に、私たちは驚き顔を見合わせた。
「彼のお父さんから直々に謝罪の連絡を頂いたんだよ。ミヤコ興業さんは昔からシセツと浅からぬお付き合いがある。もちろん、六ノ野くんにもしっかり指導してくれたそうだ。」
ミヤコ興業とは六ノ野の家が運営している大手火薬製造会社だ。そういえば、一般的な産業用爆薬だけでなく、自衛隊などのための銃砲弾なども手掛けているという話だ。
つまり、シセツの武器庫にはミヤコ興業の弾薬が納品されているということだろうか。それにしても、パパに説教されて終わりとか、今後が心配で仕方ない。
「彼のことはともかく、3人ともよくやってくれた。6班の設立はまだ先になると思うが、前向きに進めていこう。」
「はあ…」
ニコニコの園江さんの表情に3人とも、何とも気もない返事をして支部長室を後にした。
3人は私の自宅へと集合した。
3人とも気が抜けた表情で、それぞれリビングのテーブルを囲んで座る。
座った上で、私は六ノ野の行動、園江さんの反応を反芻していた。繰り返し考えているうちに、沸々と怒りが込み上げてきた。
「…お咎めなしって何だよ…」
極小さく言葉を漏らす。カタンと織子が、私の方を覗き込んだ。
「おかしいでしょ、お咎めなしって!」
バチンとテーブルを叩く。2人がビクッと体を弾ませた。
「私がぁ…どれだけ心配したと思ってぇ…あの野郎ぉ…」
叩きつけた手の平を震わせながらグッと握り込んでいると、
「あ、あの、純ちゃん、でも良かったじゃない!六ノ野くん無事で!」
慌てて隣からカタンがフォローを入れる。織子は呆れ顔で、
「めっちゃ心配しとるやん。何だかんだ言って、あんたも満更じゃないんじゃないの?」
と茶々を入れたため、
「そんなわけあるか!あんな腐れボンボン!」
と私の怒号を浴びる羽目になる。織子は渋い顔で耳に手を当てた。
「でもさ、純ちゃん。」
怒りで肩を振るわせる私に、カタンが控えめに声をかける。
「六ノ野くんは純ちゃんが本当に嫌がることは、もうしないと思うよ。」
カタンの言葉を聞いて、少しだけ気分が落ち着いた。確かに、もう二度としない、と言った時の六ノ野の表情は真剣だった。
「あたしもそう思うよ。あの時のボンボンのオーラは、嘘ついてる人のやつじゃなかった。」
織子もカタンの言葉に賛同する。彼女が見たオーラがそうならば、まあ間違い無いだろう。
「…ふう、ごめん。勝手に荒れちゃって。」
「まあ、気持ちは分かるよ。」
私が謝罪すると、織子がうんうんとうなずいた。
こうして、ストーカー・六ノ野崇志の一件は幕を下ろした。
でも。
彼が、殺人を犯す私を見てしまったことには変わらない。見てほしくなかった。学校のイメージのままでいて欲しかった。
明日から、どんな顔で六ノ野と向き合えば良いんだろう。
うふふ、段々挿絵が難しくなってきました^^
次回のエピソードは挿絵無しの予定でございます。ちょっと休憩です。
これからラストスパートに入りますので、どうか最後まで見守っていただけたら嬉しいです。




